帰郷

 辺境伯邸は、じいちゃんの家から馬車で三日ほどかかる。

 その間の道はあまり整備されてなくて、そのせいで馬車は常に揺れっぱなしだ。

 年に数回はこの道を通るけど、慣れるにはちょっと乗り心地が悪すぎるかなー。


 「ラルト様、無理されていませんか?」

 「ううん。平気だよ」


 横に座っているサンディウスが、心配そうに声をかけてくれる。


 「しかし、この馬車の揺れは相当ひどいではないですか」


 確かに、これが寄り合い馬車なら、同乗者たちと小言を言い合ってたかもしれない。

 けど、向かいに座っているお父様の騎士に向かって、そんなこと言えるはずないじゃないか。

 それなのに、サンディウスが騎士を睨んでるんだよねー。

 相手がずっとこっちを見ている時点で、絶対気づいてるからやめて欲しい。


 対して、騎士の方はずっと無表情。

 それはそれで、内心どう思ってるのか分からなくて怖い。


 二人を見ていると幸か不幸か、揺れよりもそっちの方に意識がいって、いつもよりお尻は辛くなかったりする。

 お尻の代わりに胃は痛くなってるけど。


 「ラルト様が我慢される必要はございません」


 再三心配してくれるサンディウスに今度はなんて返そうか。

 少し悩んでしまい言葉を詰まらせていたら、それを肯定と取ったのか。

 サンディウスは、今まで見せたことのない鋭い表情で騎士を睨みつけた。


 「おい、そこのお前。馬車を止めろ」


 あぁぁ! 遂に恐れていたことが起きてしまった。

 いきなりの失礼な物言いに、さすがの無表情騎士も、ピクリと眉を動かす。

 これはまずいぞ!

 僕は、ほぼ反射的にサンディウスの手を掴み、グイッと自分の方を向くように引っ張った。


 「サンディウス!僕は全然大丈夫だから。それより、サンディウスはどうかな。辛くない?」


 何とかこの場を穏便に済ませないと。

 あの騎士が本気で怒ったら、きっと大変なことになるよ。

 彼はお父様直属の騎士だから、相当の実力者のはず。

 サンディウスが一人旅ができるほどの腕前があるとしても、お父様の騎士に勝てるとは思えない。 


 僕は喧嘩にならないようにと、必死に祈りながらサンディウスの手を握った。

 すると祈りが通じたのか、サンディウスが穏やかな表情を取り戻し、ニッコリと僕を見つめ返してくれる。


 「ラルト様が私の心配を……。問題ありません!御命令とあらば、何年でもこの揺れに耐えてみせます!」


 いやいや、僕そんなこと絶対頼まないし、付き合うのもごめんだよ?


 「うん、後二日頑張ろうね」


 僕はサンディウスに適当な相槌をうって、弾む座席に背をもたれた。

 窓の外を見ると、ガクガクと揺れる視界に映る空には、高く登ったお日様が僕らを見下ろしている。


 はぁ、まだ数時間しか経ってなのに、もう疲労困憊だよ……。


 この先何も起こらないようにと、僕は燦々と輝くお日様へ切にお願いをした。

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