第19話 皇太子妃の初の仕事

 王宮の自室に帰り、そこにはユーリとアダムまでやってきていた。そして、とりあえず、お茶と買ってきたお菓子で休憩しましょう、とみんなでソファーに座ったイエナだったが、困っていた。


 イエナの隣に座ったユーリに対し、猫姿のラテがイエナの膝上で盛大に「シャー!!」と威嚇しているのである。


「ラテ、どうしてそんなに威嚇しているの?」

「みゃみゃ! みゃみゃみゃみゃみゃ! 【ユーリは敵! イエナをいじめる! ボクのイエナはボクが守るんだから! どっかに行っちゃえ!】」

「これは念話か? 何を言ってるんだ?」


 念話なので、ラテの抗議はユーリに通じていない。プンプン怒っているラテは、くるっと一回転すると、人間姿になってしまった。


「イエナをいじめたら許さないんだからな!」


 人間姿のラテに、ユーリとアダムが目を大きくした。


「ラテ、ユーリ様は、私をいじめないわ。……そうですよね?」

「もちろん。いじめるわけがない」

「ほら、ね? 私は大丈夫」


 むーっとした表情をするラテは、いつの間にかイエナの肩を抱き寄せていたユーリの手を、ラテの可愛い猫手でペチペチとパンチしている。


「ボクのイエナに触るな! ボクの! ボクのぉ」


 ぼたぼたと、可愛い目から大粒の涙を流しながら、「みゃぁああ」と泣き出した。ラテは人間姿でも泣き方は猫である。


 これは、あれですね。ラテは嫉妬しているんですね。

 昔もこういうことがあった。近所の猫が可愛かったので撫でたら、その後、ラテは拗ね拗ねだったのだ。


 イエナはラテを抱き上げ、抱きしめた。そして、背中をぽんぽんとする。


「ラテ、私はずっとラテと一緒にいるわ。ラテが大好きだもの。ラテは私の家族だから。でも、ユーリ様も家族になったの。私をいじめたりしないし、これからユーリ様も一緒にいるの。だからって、ラテをどこにもやるつもりはない。ラテは私のラテだもの。ずっと一緒にいるのよ」


 まだ泣いているラテは、「みゃあみゃあ」言いながら顔を上げた。


「イエナのいい子いい子は、ボクのものなのにぃ!」


 あ、そっち? 毎日ラテを「いい子いい子」と撫でまわしているものね。


「いい子いい子はラテにしかしないわ」

「うみゃ? ほんと?」

「本当よ」


 どちらかというと、ユーリにいい子と撫でられるのは、イエナの方かもしれない。


「ほら、機嫌治して。毎日ラテに、いい子ってしてあげる」

「……うん。いい子いい子してね。ボクだけにしてね」

「ラテだけにするわ」


 ちょっと落ち着いたのか、ラテはイエナをよじ登り、ぺろぺろとイエナの口元をなめ出した。ラテの機嫌が治ってきたようだ。良かった良かった。そう思い、ふとユーリを見ると、じろっとした目でラテを見ていた。


 やめて。まさか、ラテのこれをキス認定なんてしていないよね。ラテがイエナをなめるのは、いつものことだ。せっかく落ち着いたラテを突くのだけは、やめてほしい。


 イエナは、慌てて口を開いた。


「さあ、ラテ。お菓子を食べましょうか! 楽しみにしていたでしょ!」

「……!! うん! お菓子!」


 お菓子の存在を思い出したようで、ラテはイエナの膝の上に座った。それから、侍女のノンナにお菓子を貰う。まだ目の周りに涙が付いているのに、ラテはニコニコとお菓子にかぶり付いた。


 ふーっと内心、安堵していると、アダムが口を開く。


「従魔って、人間の姿にもなれるんですね。初めて見ました」

「あ、普通の従魔は、人間の姿にはなれないと思います。うちのラテは、少し特殊で」

「そうなんですね。なんだ、うちのは人間にはなれないのか。うちのと会話してみたかったな」

「アダムのところも念話はしてるだろ」

「それはそうですけど、あれって、こっち側は独り言になるじゃないですか。だから、人間になって会話できるなら、いいなと思ったんです。そういえば、妃殿下の猫ちゃんは、念話の時に鳴いてますよね」

「それなんですけど。うちのラテは、元々よく鳴く子ではあるのですが、最初は念話の時は、鳴いてなかったんです。それで、念話の時、案の定、私の独り言になってしまって。だから、ラテに念話の時、鳴いてほしいとお願いしたら、鳴きながら念話をしてくれるようになりました」

「へぇ! 猫ちゃん、器用ですね」


 ただ、独り言と、猫と会話する危ない人認定と、どっちが良かったのだろう、という疑問はあるが。まあ、にゃあにゃあと鳴いて可愛いので、危ない人認定を甘んじて受けることにしている。


 やっと全員でお茶とお菓子で一息つきつつ、ユーリが口を開いた。


「さきほど、魔獣除けの話をしただろう。イエナの負担になりすぎない程度で、可能であればお願いしたいことがある」

「なんでしょう?」

「結婚式に俺が出席できなかったことに関連しているんだが、『命の森』というのが、国の半分以上を占めているのは知っているか?」

「はい」

「その『命の森』と人間が住む場所の境界線で、特に魔獣が出やすい場所がいくつかある。『命の森』に棲む魔獣が、時々人間が住む側へやってくるんだ。そこに、魔獣除けの花を植える計画があったんだが、失敗している。花がなかなか育たなくてな」

「王宮の裏庭の『命の森』の傍にある花の事ですね」

「ああ」


 あの花は、育てにくいのだ。たとえ育ったとしても、ずっと咲いているとも限らない。


「それで、イエナの作る魔獣除けを使えないかと思った。三十日も効果があって、範囲は十五メートルと言っていただろう。特に日数がそこまでもつのは、なかなかない。三十日ごとに取り替えれば済むのなら、毎日取り替える必要があるものと手間にかなり違いがある」

「分かりました。魔獣除けを作ります」

「……!! 助かる! ありがとう!」

「お気になさらず。私もルキナ王国の王太子妃になったので、何か役に立てるのなら、嬉しいですから」


 ずっと何かお返しがしたいと思っていたのだ。ユーリと結婚して、まだ短いけれど、こんなに穏やかで楽しい日々を過ごせられるのは、ユーリのお陰なのだから。


「いかほど必要なのでしょうか」

「あー……それが」


 ユーリがアダムに顔を向けた。アダムは、テーブルにルキナ王国の地図を広げる。そして地図のある部分に指を指した。


「このあたりが魔獣が出やすい場所でして。その距離、三十キロほど。妃殿下の作る魔獣除けが十五メートルですから、約二千個ほど必要です」

「イエナにそこまで負担はかけられない。もっと少なくて百個ほどでも、十分助かる」

「えっと、作るだけでしたら、十個分も、百個分も、二千個分も、そう時間的には大差ありません。そうですね、薬草を潰す、煮るなどは手作業ですから、十個分と二千個分であれば、一時間くらいは差がでるかもしれませんが、そんなものです。だから、二千個でも問題はないです。ただ……」

「ただ?」

「問題は、材料と包みですね。二千個分の材料は私の手元にないので。また、作った魔獣除けを包むのも手作業なので、そちらが時間がかかります」


 まあ、材料は市場にもよく売っているものなので、入手は簡単だろう。その時、侍女のニーナが手を上げた。


「私が包むのを手伝います!」

「私も!」


 侍女のマルタも手を上げた。イエナは頷いた。


「みんなが手伝ってくれるようなので、二千個作れそうですね」

「助かる! 材料はこちらで手配しよう」


 そんなこんなで、魔獣除けを大量に作成することになった。





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こちらは「嫁入りからのセカンドライフ」中編コンテストへの応募作のため、ここまでで一区切りとさせて頂きます。


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大聖女失格を告げられた薬師令嬢の交換結婚 猪本夜 @inomotoYoru

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