第18話 夫が付いてきます

 起きたイエナは、朝食をして、午前中は植物園で植物の世話をする。その後、昼食をして、街へ出かける準備をした。


 ラテと侍女のノンナを連れ、街へ出るために王宮の中を歩く。その時、ちょうどユーリと遭遇した。ユーリは見知らぬ男性を連れている。


「イエナ。どこかに行くのか?」

「はい、ちょっと街へ出かけてきます」

「……俺も行く」

「はい!? 殿下、これから俺と境界線対策の話をする予定ですよね!?」

「それは後に回せばいいだろう。どうせ、良い対策など、すぐに見つからない」


 何やらユーリが揉めている。その相手が、イエナを見て、さっと頭を下げた。


「ご挨拶が遅れました、妃殿下。俺はニキーソン公爵家のアダムと言います。殿下の副官です」

「アダム卿、初めまして」


 アダムは初めて見る顔だ。結婚式にもいなかった気がするので、ユーリと一緒に魔獣討伐に行っていたのだろう。


「ユーリ様、街へはノンナも連れて行きますし、大丈夫ですよ」

「いや、俺も行く。俺が行きたいんだ」


 仕事をしたほうがいいのでは? そして、イエナの腕の中でラテがユーリを警戒して、「シャー!!」と言っている。完全にラテの中でユーリは敵になってしまっているようだ。


「ちょっとした甘いものを買いに行くのと、商会に行くだけです。すぐに帰ってきます」

「うん。だから、俺も行く。邪魔はしない」

「……」


 そうですか。ノンナは澄ました顔だが、アダムはあきれ顔をユーリに向けている。


 結局、ユーリとアダムまでついてくることになってしまった。どうしてこうなった。


 イエナはローブのフードを深々とかぶり、ユーリ、アダム、ノンナを連れて街を歩く。ラテは腕の中で、すでに甘いお菓子を食べたいモードでご機嫌に「にゃーにゃー」言っている。


「ノンナ、このあたりで、持ち帰りができる、甘いお菓子が売っている店ってある?」

「たくさんございますよ。どういったものをご所望ですか?」

「ラテはパンケーキが好きなの。あと、昨日はパイもいいなって言ってたけど」

「パンケーキかパイですね。……パンケーキとは少し違うかもしれませんが、パンケーキのような生地の中にジャムやチョコレートなどを入れて焼いたお菓子がございますよ。ちょうど、あの店です」


 すでに甘い良い匂いがする。


「みゃああ! 【美味しそうな匂いがする!】」

「いい匂いね。ラテ、今日はこれにする?」

「にゃ! 【する!】」


 店の前に立ち、メニューを見る。


「チョコレート、ジャム、ナッツ、色々入れられるのね。ラテは何がいい?」

「ふみゃ! みゃみゃ! 【チョコレートとナッツ! 苺ジャムも!】」

「分かったわ。注文いいですか? チョコレートとナッツを一つ、苺ジャムを一つ、ブルーベリーを一つ……」


 自分の分とユーリ、アダム、ノンナ、他お留守番の侍女二人の分も頼み、お菓子を受け取ると、今度は商会へ移動する。


「みぅ? 【もう帰る?】」

「商会に行ってからね」


 しゅんとちょっとテンションの落ちているラテを見て、お菓子を買うのは、商会の帰りに寄ればよかったな、と思いつつ、商会へ到着した。今日は店舗側ではなく、裏の入口から入る。


 受付をして、複数あるテーブルの一つで待っていると、前回と同じおじさんがやってきた。


「お、今日は大所帯なんだな、お嬢さん」

「こんにちは。魔獣除けは売れました?」

「三日くらいで売れたよ。お嬢さん、ローズスト王国では、ちょっとした有名人だったみたいだな。猫球印を知ってるやつが多かったぞ。ほれ、今回の売上明細だ」


 やはり商会だけあって、ちゃんとイエナのことを調査したようだ。


 おじさんが売上明細をくれたので、それを確認する。値段と手数料など、正しい数字が書かれてあった。おじさんは売り上げのお金もテーブルに置いた。


「また持ってきてくれるか? あと、サンプルでくれた薬もよかった。いくつか卸してくれると、手数料は少し安くできるよ」

「ちょうどよかったです。今日少し持ってきました。魔獣除けもあります」

「お、いいね」


 ここ数日、楽しくて薬を作り過ぎてしまった。テーブルに薬を並べる。それを見て、おじさんが今日納入分の明細を書いてくれながら口を開く。


「ローズスト王国に寄ってきたという商人が、五日くらい前にここに来たよ。猫球印の薬は売り切れだと言ったら、悔しがってた」

「どこの国の商人ですか?」

「それは言ってなかったが、言葉遣いが変だったから、あれはたぶん、バエル王国のものだな」


 バエル王国は、ルキナ王国の南にある国だ。イエナがローズスト王国を去る時、商会のおじさんにルキナ王国に行くとは言っていないが、猫球印というところから情報が漏れたのだろう。商人は情報が命だものね。


「あ、ちょっと待ってください、おじさん。その痛み止め、値段が違います。これを参考に値段設定してくれますか?」


 明細を書いていたおじさんにストップをかけた。イエナはバッグから薬の値段を書いた紙を出した。


「ローズスト王国では、この値段でやってたんです。一般的な薬と、入っている個数や薬効も違うので、こっちの値段でお願いします」


 おじさんは紙を受け取り、頷いた。

 一般的な売っている薬より、イエナの薬は、微妙に高いのもあれば微妙に安いものもある。できるだけ一般のものと値段を合わせているが、イエナの薬の方が、どちらかというと安い。中身の個数や量が違うし、薬効が高いからだ。


 今回納入する分の明細をおじさんにもらい、口を開いた。


「また数日後に来ます。もし、また誰かが訪ねてきても、無視してもらえれば結構ですから」

「分かった。薬はまた持ってきてくれよな」


 そこで商会を出て、イエナ一行は王宮へ帰る。いつの間にか、イエナの手をユーリが握っていた。うーん、なんだか、恋人みたいだな。手が熱い。


「殿下に聞いておりましたが、妃殿下は、薬を作られるんですね」


 ユーリの横からアダムが顔を出した。


「はい。趣味なんです」

「趣味! 素晴らしいです。そういえば、魔獣除けも作れるんですね。先ほど売られていましたが」

「はい、作りますよ。もし必要であれば、お一つ差し上げましょうか? 王宮に帰れば、まだ在庫はありますから」

「いいんですか!? 嬉しいです!」

「お前は、何で俺も貰っていないのに、イエナから何かを貰う気でいるんだ?」

「あ、ユーリ様も欲しいですか? 一つ差し上げますよ」

「……ありがとう」


 ユーリが微妙な顔をした。あれ、魔獣除けが欲しいわけではないのかな?


「そういえば、アダム卿は従魔と契約されていますか?」

「していますよ。鳥ですが」

「あら、鳥の従魔って、流行りですか? 結構多いんですね」


 商会の人も鳥の従魔だったし、ノンナの兄も鳥の従魔だった。


「そうですね。従魔を持つ人は、鳥の従魔が多い傾向はあります」

「分かりました。ユーリ様も狐の従魔と契約していると聞きましたが、合っていますか?」

「ああ」

「分かりました。であれば、お二人には、魔獣除けと魔獣除け阻害の組紐も差し上げますね」

「……魔獣除け阻害?」

「私の作る魔獣除けは、範囲が十五メートル程で、三十日はもちます。近くにいる従魔の子も反応して苦しい目に合わせるのは忍びないので、魔獣除け阻害は付けておくことをおすすめします」

「「三十日!?」」


 ユーリとアダムの声が揃った。


「はい。三十日です」

「……これは。殿下」

「ああ」


 なんだ? ユーリとアダムが考え込みながら互いに話し合っている。そうこうしている内に、イエナたちは王宮へ戻って来るのだった。

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