第17話 微糖

 『命の森』からユーリに抱き上げられたまま帰ってきたイエナは、イエナが帰ってこないと心配していた侍女たちに迎えられ、大反省するのだった。今度から、イエナの時間管理は侍女に任せよう。


 夫のユーリはというと、まだ仕事が終わっていないらしく、去っていった。


 イエナは、遅くなった夕食をし、風呂に入り、ソファーでゆっくり座って、イエナの膝の上でゴロゴロ音をたてるラテの体を指で揉んであげる。


「明日は街に行きましょう。何か美味しいものでも食べようか」

「にゃ! 【食べるー!】」


 ゴロゴロ言っていたラテが、キラキラの瞳で顔を起こした。食い意地が張っている。


「何が食べたい? ラテが好きなパンケーキ屋さんはあるかな? 持ち帰りができるところに行きたいわね」

「にゃうにゃう! 【アップルパイとか、ベリーパイでもいいな!】」

「いいわね。いいところ見つけたら、買って帰りましょ」


 そんな話をして、その後、ラテをラテのベッドに寝かせ、イエナは寝室へ向かった。


 ユーリは先ほど「遅くなるから、先に寝ていて欲しい」と言っていた。それを聞いて、実はほっとした。まだユーリと意識があるうちに一緒に寝るのは、緊張するから。


 ベッドに入り、広いベッドの片側に寄って横になった。もしかしたら、夜中、ユーリが帰って来る可能性もある。


 ユーリの仕事が遅くなるのは、もしや、イエナが森から出るのが遅くなったせいもあるのだろうか。そうなら、悪いことをしてしまった、と気分が落ち込む。


 そんなことを考えているうちに、イエナは眠るのだった。






 はっと目が覚めた。辺りが少し明るいので、すでに朝に違いない。そして昨日に引き続き、体が温かい。そっと顔だけ上に上げると、やはり目の前にユーリの寝顔があった。


 かぁっと顔が熱くなるのを感じながら、そっと体を見ると、今日のイエナは、完全にユーリの体の上に乗っかり、またもやユーリを抱き枕のように腕も足も巻き付けていた。


 もう、いやぁぁぁぁああ!


 この寝相の悪さが恨めしい。内心悶絶しながら、ユーリを起こさぬよう、そっとユーリから体を離そうとすると、離れられなかった。イエナの背中にユーリの腕が完全に回っていて、しかも離す気配を一切感じない。


「……ユーリ様、起きていますね?」

「起きてない」

「起きてるじゃないですかぁ! 離してくれませんか!?」

「嫌だ」


 嫌だとか言っているよ、この人! どうしたらいいんだ。


「せめて、ベッドの上に寝ていいですか……」


 ユーリの上に寝ているイエナの今のこの状況は、心臓に悪い。


 少しユーリの腕が緩んだので、ベッドに降りていいんだ、と思ったのが間違いだった。腕の力が緩んだのは一瞬だけで、なぜかイエナの体が上に横ずれさせられた。ユーリの体の上から、体の上に移動しただけだった。何も変わっていない。むしろ、上にあったはずのユーリの顔が目の前に来てしまい、恥ずかしさが上がっただけだった。


「どうしてこんなことに……」

「イエナは抱きしめていないと、ベッドから落ちるだろう」

「どうして、寝相が悪いことを知っているのですか……」

「俺が夜中にベッドに来た時は、すでにブランケットぐるぐる状態でベッドから落ちかけてたぞ?」


 おぉう……。そうでしたか……。


 恥ずかしさいっぱいで、ユーリの顔も見れず、結局ユーリの首元に顔をうずめ、じっとする。


 大きい体のユーリは、薄手のゆったりとした服を着ているが、体温が高い気がする。筋肉があるから高いのかな。そんなことを考えている自分が恥ずかしい。


 すでに結婚はしているわけだし、初夜こそしていないものの、この状態は別におかしいわけではない。恥ずかしがり過ぎているイエナが、たぶんおかしいのだろう。それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。これからもユーリとは夫婦でやっていくのだから、早く慣れなければならない。


 温かいユーリに、恥ずかしさが、だんだんと心地よくなっていき、いつのまにか、またウトウトとし始めた。


「恐れ入ります、王太子殿下、妃殿下。王太子殿下、そろそろ起きなければならない時間と聞いておりますので、起こしに参りました」


 はっとイエナは目を開けた。ベッドの横には、申し訳なさそうな顔の侍女ノンナがいた。


「ノ、ノンナ!」


 何も悪い事はしていないのに、真っ赤な顔で侍女の名を呼ぶイエナ。そのイエナごと、ユーリが体を起こした。そして、イエナの頬にキスをする。


「悪い、イエナ。朝から会議が入ってるんだ。俺は先に出るから、イエナはゆっくり寝ていていい」

「は、は……ぃ」


 ユーリの膝に乗った状態のイエナを抱えて、ユーリはそっとイエナをベッドに下ろす。そして、イエナに笑みを向けて頭を撫でた後、寝室を出て行った。


 片付けのために寝室をウロウロとするノンナが、イエナの傍にやってきた。


「妃殿下、起きられますか?」

「……私、熱があるんじゃないかしら」

「ふふふ、確かに、全身のお肌が真っ赤ですね」


 ですよね。イエナは夫の甘い雰囲気に、酔いそうだった。

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