第16話 森を探検
寝室から出たイエナは、侍女にガウンを羽織らせてもらっていると、ちょうど自室の向こうからラテが走って来るのが見えた。
「にゃにゃー 【イエナ! おはよー】」
「おはよう、ラテ。新しいベッドはどうだった? ゆっくり眠れた?」
「にゃ! 【眠れた!】」
イエナにジャンプし、イエナの腕の中でゴロゴロ言っていたラテは、イエナの後ろにいたユーリに気づく。
「にゃっ!? 【ユーリ!? イエナ、裏切者だよ! 離れてー!】」
「そ、それがね、私の勘違いだったみたい……」
「にゃ? 【勘違い?】」
正直、イエナも何が何やらで、いまだ信じられないが、ユーリが好きなのはクララではなくイエナだと判明し、勝手な勘違いをラテに告げてしまっていることがユーリに申し訳ない。
「イエナ。もう少し一緒にいたいが、今日は仕事が立て込んでるから、もう行かなければ。また夜に話そう」
「はい……」
そう言うと、ユーリは笑みを浮かべ、イエナの片手を取って、手の甲をキスをして去っていった。本当に、誰だ、あれは。イエナの知るユーリとは違いすぎて、ついて行けない。
はぁ、っと顔が熱くなって手で仰いでいると、もう片方の腕の中で、ラテがプンプンしていた。
「にゃにゃっ! 【あいつ! キスした! クララのことが好きなくせに!】」
「ち、違うのよ……クララではなくて、私の事が好きらしいの……」
「みゃう! 【じゃあ、クララからイエナに乗り換えたんだ! 敵!】」
「違う違う、乗り換えたってことじゃなくて、あの感じだと、たぶん、クララのことは何とも思っていなくて、最初から私が好きだったみたい」
詳しくはまだ聞けていないけど、たぶん、そんな感じを受けた。
その後、ラテと朝食をして、着替えてから、その後、植物園へ向かう。しかし、どうにも思考がユーリに向かってしまい、まったく集中できない。別のことで気を紛らわせたい。
あっという間に昼食の時間になり、イエナはラテと昼食をしながら侍女に口を開いた。
「確か、王宮の裏庭って行っていいと聞いていたから、午後はそちらを散歩しようと思うの」
「承知しました。お供致します」
「ううん、大丈夫。王宮内でラテもいるから」
「そうですか? もし私たちが必要でしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ええ」
昼食後、一度植物園へ行き、散歩用のバッグを取り、ラテと共に王宮の裏庭へ向かう。
「あら、素敵ね」
王宮の裏庭は、小さな花がたくさん咲き乱れた絨毯のようだった。裏の庭だから、庭師も手入れはしていないようだが、手入れしなくとも、自然の草花が十分綺麗だった。蝶々が飛び、ラテが蝶々を追いかけて跳びはねている。
「裏庭を好きに使っていいって聞いているけど、この綺麗な庭を、別の植物を植えるために耕すのは、気が引けるわ……」
今でも植物園で十分広いから、しばらくここを使うことはないだろう。
さらに庭の奥へ目をやると、森が見えた。
「あれが『命の森』ね」
森の傍まで歩いて行く。王宮の敷地内のはずだが、塀もなく、すぐに森が広がっていた。森の入口には、水色の可愛い花がたくさん咲いている。これは魔獣除け効果のある花だ。ユーリの妹アデリーナが言っていたとおり、たくさん咲いている。
「なるほどね。これがあれば、A級以下の魔獣は来ないわ」
イエナが使う魔獣除け用の薬草とは違う植物だが、これも十分魔獣除けの効果がある花だ。
「うーん、これって、自生したのかな? そうだとしたら、育てにくい花だから、良い場所に咲いてくれたって感じね」
何株か根ごといただいて、イエナが育ててみてもいいかもしれない。そんなことを思いながら、森に目を向ける。『命の森』の木は、その辺にある木より何倍も大きい。太さも高さも三倍以上は違う。
「ラテ、森の奥から魔獣の気配ってする?」
まだ蝶々と遊んでいたラテが、イエナの声に反応し、イエナの傍にやってきた。
「うにゃ 【魔獣は近くにいないよ】」
「そうだよね。でも、森から魔力の気配がしない?」
「にゃう 【する。森自体に魔力がありそうだね】」
「そうよね」
魔力を微量持つ植物はある。イエナの植物の植木鉢にも、魔力持ちの植物があるのだ。
魔力を持つ『命の森』だから、魔獣も棲みやすいのだろう。それに、イエナの欲しいキノコや植物なんかもたくさんありそうだ。
「ふふふ……。少し入ってみましょうか」
ローズスト王国にも、微量に魔力を持つ森なんかもあった。時々、そういうところに出かけて行って、森を探検するのが好きだったのだ。いろんな土産もたくさん持ち帰れるかもしれない。
持ってきたバッグからビンを二つ取り出し、近くに落ちていた小枝の先にビンから水を付けた。そして、もう一つのビンに小枝を突っ込む。小枝をビンから引き抜くと、小枝の先に粉がたくさん付いていた。しばらくすると、粉が発光を始める。この粉は、水に反応して発光する特殊な粉だった。イエナが植物から取り出して作り置きしているものだ。
「さ、行きましょうか、ラテ」
ラテを連れて森の中へ入っていく。
森の中は薄暗い。しかし、発光させた小枝が辺りを照らすので、歩くことに問題はない。ずんずん歩いて行き、あるキノコを発見する。
「これは……! 五日くらいお腹を下すけど、死ぬほど美味しいキノコ!」
つまり、毒である。
「ああ……!? これは、幻で幸せになるキノコ!」
つまり、幻覚剤である。
「楽しくなるキノコ発見!」
笑いが止まらなくなる毒キノコだ。
「あ、ラテ、それ触っちゃ駄目よ。全身からキノコ生えてくるから」
「に゛ぁっ……!? 【キノコ生える!?】」
そのようにして、ハイテンションで森を探検し、イエナはある場所を見回していた。
「このあたりって、畑が作れそうよね。木の根が少ないもの。明日、スコップ持ってこようかな。……あ、駄目だわ。明日って、商会に行くことにしてたんだった」
ぶつぶつ言いながら、自分と会話していたイエナ。同じくキョロキョロしていたラテが、ふとイエナを向いた。
「にゃぁあ 【そろそろ帰ろうよ。お腹空いたよ】」
「え? ……そういえば、今何時かな? まさか、もう夜だったりする?」
森の中は元々薄暗いが、さらに暗くなっていることに気づいた。楽しくなり過ぎていて、時間の感覚が麻痺している。
「今日は帰りましょうか」
ラテと王宮へ戻る道を歩く。いろんなキノコや植物も採取できて、気分はホクホクだ。足取り軽く帰っていると、森の王宮近くまで戻ってきたところで、何やら明るいのを感じた。何だろうと思いながら森を出ると、たくさんの騎士とユーリがいた。
「あら、ユーリ様。今から森へ行かれるのですか?」
「……!! イエナ!」
ユーリが走ってきて、イエナを抱きしめた。
「裏庭から帰ってこないと聞いて、心配したんだぞ!」
「え……」
森から出た空は、すでに星空だった。完全に夜である。
もしや、この騎士たちは、イエナの捜索隊? イエナは青くなった。
「ご、ごめんなさい。夢中になり過ぎて、帰るのが遅くなりました」
「そうだろうと思った。侍女たちが植物園にいるとイエナの時間感覚がおかしくなると言っていたから、裏庭に行っても同じようになってるんだと思ってたんだ。でも、まさか森の中に行ってるとは」
体を離してくれたユーリが、安心した顔をイエナに向ける。
「心配かけてごめんなさい」
「この森は一人で行くと危ないんだぞ」
「あ、そこは、ラテがいるから大丈夫なんです」
「……ラテは、やはりただの猫ではなく、従魔か?」
「そうです」
ローズスト王国のローゼン家で、ユーリが訪問していたときにラテを見ていたので、ユーリはラテという存在は知っているのだ。三年生きているラテは、いまだ子猫のままで、さすがにただの猫ではないと、ユーリは気づいていたのかもしれない。
「……ラテが従魔だったとしても、今度から一人で森には行かないでくれ。せめて侍女を一人は連れて行ってくれないか」
「え、でも……」
「あの三人の侍女は、誰を連れて行っても戦えるから、何かあってもイエナを守る。それに、イエナが夢中になっても、引き戻してくれる」
「う……」
ソウデスネ……。時間を忘れてしまうイエナが悪いのだ。
「分かりました……」
イエナがそう言うと、ユーリはほっとした顔をして、なぜかイエナを抱き上げた。
「戻るぞ!」
ユーリの声掛けで、騎士たちも王宮へ足を向ける。
「あ、あの!! 私、歩けますが!?」
「疲れただろうから」
「疲れていません!」
先ほどまで背が高いユーリを見上げていたのに、急に目の前にユーリの顔があって、恥ずかしい。しかも、ユーリはイエナを片腕だけで抱き上げていて、完全に子供抱きである。
抱き上げられているイエナを見て、ラテは「に゛ゃあに゛ゃあ」と怒って抗議しながらついてくるし、ユーリは下ろしてくれる気配もないし、どうしていいか分からないイエナは、自室に戻るまで、恥ずかしいまま移動することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます