第15話 突然の告白

 抱きしめられていた手が緩み、イエナはさっと起き上がった。ああ、朝から、なんだか疲れた。そんなことを現実逃避気味に思っていると、ふわっと体が浮く。


「なぁ!?」


 ユーリがイエナを抱き上げ、ベッドを少し移動すると、ユーリが背中を壁に付けてから、イエナを膝の上に乗せた。


「ど、どうして膝の上!?」

「逃げないと言ったと思うんだが?」

「逃げませんけれども!!」


 ハンターのような視線のユーリ。なにゆえ、イエナは、今追い詰められているような気持ちになっているのだ。


 しかし、急に頭を下げて「すまない」と言ったユーリに、イエナは首を傾げた。


「どうして謝るのですか?」


 顔を上げたユーリは、眉を下げ、口を開く。


「せっかくの結婚式を、イエナ一人に出席させてしまった。結婚式には戻るつもりだったんだが、どうしても戻れない事態になった。だが、それはただの言い訳だ。俺が悪い。許して欲しいとも言わない。ただ、俺にイエナの夫だと堂々と言ってもいいように、挽回するチャンスをくれないか」

「……」


 この人は、妹のアデリーナと似ている。悪かったことは、素直に謝れる人だ。


 結婚式に新郎がいなかったことは、確かにショックだったし、もう二度と嫌だと思う。でも、ここで過ごしている数日間は、今までで一番幸せな数日だった。イエナが好きな植物園や薬を作る部屋を用意してくれていたことは、イエナに好きに過ごしてもらおうという優しさを感じる。侍女達もいい子で、妹王女アデリーナや女王陛下も良い人たちだ。ローズスト王国にいた時より、何倍も良い時間を過ごせている。


 それは、ユーリがおらずとも気持ちよく過ごせるように、ユーリが用意してくれたものからつくられたと思うのだ。だから、心の底から、ユーリを怒っていない。


「挽回だなんて。私はユーリ様を怒っていません」

「……だが」

「本当ですよ。魔獣の討伐のためで、仕方なかったことだと理解しています。……まあ、もう二度とはごめんですが」

「二度としないと約束しよう。……ただ、もしよければだが、もう一度ウェディングドレスを来てもらうことはできないか? 作った本人が見られないのではな。俺もイエナのドレス姿を楽しみにしていたんだ」

「……私のをですか?」


 そういえば、なぜかウェディングドレス、採寸していないのに、ピッタリだった。


「あのドレスって、クララのサイズで作られたんですか?」

「まさか。イエナはクララとは背の高さも腰の太さも胸の大きさも全然違うから――」

「ちょ、ちょっと待ってください!?」


 聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。


「私の体のサイズは、どこで知ったんですか!?」

「ローズスト王国で、ウェディングドレス用の採寸を測っただろう?」

「そうですね」

「あれは、俺の手の者にやらせてる」

「……はい? あれは、結婚式用のウェディングドレスの採寸をするって、聞いていましたが?」

「だから、俺との結婚式用のドレスの採寸をしたんだろう」

「……ミハイル様との結婚式用ではなくて? あれ、一年くらい前に採寸しましたけど」

「ああ。イエナはさすがだな。一年後も体のサイズは変わっていなかった」

「いや、そうではなく……」


 どうしよう。頭がこんがらがってきた。


「えっと、一年前は、私の婚約者はミハイル様でしたよね」

「そうだな」

「では、なぜ、一年前にユーリ様が私のドレスのサイズが必要なんですか?」

「結婚するからだろう」

「いやいやいや!? ユーリ様の一年前の婚約者は、クララでしたよね? その時点で、私と結婚する話はなかったですよね?」

「そうだな」


 あれ? 堂々巡り?

 どうやら疑問符だらけのイエナの表情がおかしいようで、ユーリはふっと笑う。


「そんなに合点がいかないか? まあ、できるだけ表に出さないようにはしていたしな」

「何をですか?」

「俺がイエナを愛しているということを」

「………………え」

「イエナがあまりにも可愛いから、強引に持って帰ることも考えたんだが、それは駄目だとアデリーナや母上も言うんだ。確かに、次代の大聖女を誘拐などしようものなら、騒ぎになるだろうしな。誘拐は止めて、周りを誘導する方に変えたんだ。まあ、クララは扱いやすいから、そっちから誘導することにした」

「……」

「クララもミハイルと結婚したがっていたしな。クララに『婚約者交換でもしない限り、俺とクララの結婚がなくなることはない』と言っておいたら、案の定、ミハイルに婚約者交換のことを提案してたな。予想通りだ」


 ちょっと待って。ミハイルとクララ主導だと思っていた婚約者交換は、まさかのユーリ発案? いや、その前に、この人、イエナを愛していると言った?


 顔が熱くなる。突然の激重発言にも驚きだが、この人、実はこんな人だったの? という驚きもある。そして、「愛している」と言われて、嫌ではない自分にも驚きだ。


「わ、私の事が、本当に、す、好きなのですか?」

「イエナが好きだよ。愛してる」


 いつ、そんな風に思われることになったのだろう。そう疑問を思いつつも、今はいっぱいいっぱいで、これ以上、聞く余裕がない。


「ははっ、イエナは可愛いな」


 近づくユーリの顔に、イエナはぎゅっと目を瞑った。唇にキスされるのかも、そう思ったけれど、キスされたのは頬だった。そっと目を開けると、笑みを浮かべたユーリがいた。


「本当は、唇にしたいが、少しだけ先に取っておく」


 イエナはうんうんと頷いた。もうこれ以上は無理。


 それからユーリに抱きしめられ、イエナの早鐘の心臓にユーリは気づいているだろうな、と思うが、今は恥ずかしくて、顔も上げられない。


 その時、ドアを叩く音がした。


「妃殿下、失礼しますね。起こしに参りました――!?」


 抱き合うイエナとユーリを見た侍女は、一度固まり、それから真っ赤な顔でそっと扉を閉めた。


「申し訳ありません! ごゆっくり!」


 いやいや、ゆっくりなどしません――!


 イエナは慌ててベッドから抜け出すのだった。

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