第14話 夫の帰還

 イエナの結婚式から七日が経過した。

 イエナの毎日は、植物園と薬を作る部屋の行き来に始終している。正直、毎日時間があっという間だ。植物園に没頭して大抵時間を忘れるので、食事ごとに侍女が呼びに来てくれるスローな毎日である。


 その日の昼、ラテと昼食をしていると、侍女のノンナが「猫様のベッドができあがりましたよ」と持ってきてくれた。ベッドが出来上がる日を聞いていたため、ノンナが店まで取りに行ってくれたのだ。ちなみに、食器やテーブルなどは、まだ出来上がっていない。


 昼食後、さっそくラテと侍女三人の前で、ベッドを箱から取り出した。


「みゃぁあああ! 【これ、ボクのベッド!? かっこいー!】」

「そうよ。かっこいいね」


 ベッドと言っても、果物を入れるような太い蔦で編んだ大きめの籠だ。上も半分だけ籠のように覆っており、その上に猫耳の飾り付き。しかも、薄手のカーテンまで付いている。もちろん、店に行った後、こういうのが欲しい、とお願いしたものそのままが出来上がっている。


 くるくるとベッドの周りを走るラテが大興奮だ。侍女たちの目じりも下がりっぱなしだ。ラテが可愛い。


「ラテ、寝てみたら?」

「みぅ 【いいの? いいのー?】」

「もちろん、いいよ」


 おそるおそるベッドの上に足を付けたラテは、ベッドの沈み具合を確かめながら、ベッドに丸くなった。「みゃみゃみゃー! 【ふっかふか! 気持ちいいよ!】」と喜んでいる。


 それから、一度ベッドから出たと思うと、今度は猫姿から人間姿になった。


「あのね、イエナ、ボク寝るから、ぽんぽんしてー?」

「いいわよ」


 ベッドには、ちゃんと枕もある。普段、人間姿で寝ることはないラテだが、人間のようにベッドに仰向けで横になった。イエナはブランケットをラテに首元まで掛けてやる。それから、ラテのお腹をぽんぽんとした。


「えへへ! ボク寝たよ。もう寝たからね!」

「はいはい」


 ラテが可愛い。

 そして、一通り、眠った真似に飽きたのか、ラテがベッドから出てきた。


「猫様、ベッドはどこに起きましょうか? こちらの窓辺が陽の光が当たりますので、おススメですよ。日向ぼっこできますよ」

「うん、そこにする!」


 イエナの自室に、ラテのベッドの定位置ができた。


「ラテ、今度から猫姿ではなくて、人間姿で寝るの?」

「……ううん。人間姿はベッドから落ちるから猫になって寝る」

「……」


 それは、暗にイエナの寝相が悪いと言っているのですね。


 その日の夜、これまでずっとラテと一緒に寝ていたイエナは、久しぶりに一人寝することになった。ラテは、イエナの部屋で、新しく作ったベッドで、すでにスヤスヤと寝ている。


 イエナは広いベッドに寝転がりながら、毎日ベッドから落ちて簀巻き状態で発見される寝相の悪さをどうにかしなければ、と真剣に悩んでいた。侍女たちに棺桶は却下されてしまったので、別の何かを街で作ってもらおうか。


 うーん、と悩みながらも、結局いいアイデアは浮かばず、イエナは眠りの世界に落ちて行った。





 温かい。そして、いつもより窮屈ではない。いつも簀巻き状態で目が覚めるイエナは、腕も足も伸ばせないほど、ぐるぐる巻きで窮屈なのに、今日はそんなことはない。


 少しずつ、意識が覚醒し始め、今日はいい目覚めができそう、そんな風に思いながら、うっすらと目を開ける。


「……」


 目の前に、人の顔がある。目が開いているその人は、ほんの五センチ先からイエナを見ていた。


「――キっ」


 「キャー」っと叫ぶ前に、口を手で塞がれる。


「まだ朝早い。叫ぶと誰かが来るから、黙っていて欲しい。俺が誰か分かるか? 君の夫なんだが」


 夫。夫って何だっけ。寝起きもあるだろうが、パニックすぎて、認識できるまでに時間がかかる。しかし、だんだんと夫という言葉が頭に浸透していくと、目の前にいるのが誰だか分かってきた。


 イエナの夫でありルキナ王国王太子ユーリ。


「俺が誰か分かったか?」


 イエナは頷く。


「では、手を離すから、叫ばないでくれな?」


 イエナはまた頷く。


 イエナの口元から手を離したユーリをじっと見つめ、イエナは声が大きくならないように注意しながら口を開いた。


「ユーリ様」

「ああ」

「どうしてここに?」

「ここは、俺のベッドだから」

「……ベッド」


 そういえば、今イエナは、ベッドにいるんだ。そして、はっとする。ユーリが目の前すぎるところにいて、急激に恥ずかしくなってきた。


「あ、あの! 起きたら、久しぶりのユーリ様が目の前にいるのは、さすがに恥ずかしいのですが!」

「一応、俺も最初は離れて寝てたんだぞ? 今、俺に抱きついているのは、イエナだ」

「……え?」


 イエナは自分自身を見た。確かにイエナはユーリに抱きつき、しかも、抱き枕にするように、足までユーリに巻きつけていた。自分の寝相の悪さを恨みたい。


「ご、ごめんなさ――?」


 全身の体温が急上昇するのを感じながら、ユーリから離れようとしたイエナは、逆にユーリに抱きしめられてしまう。


「あ、あの、ユーリ様……っ」

「まだ寝る時間だと思うんだ。もう少し、イエナを抱いたまま寝ていたい」


 寝ていたいって! いやいや、あなた、さっきイエナより先にバッチリ目が開いていたでしょう。


「さっき、起きておられましたよね!?」

「イエナに巻きつかれて目が覚めただけだ。でも、その後は寝顔が可愛いなって、見惚れてた」

「可愛……っ!?」


 あなた、口数少ない人ではなかったですか!? もしかして、中身違う人ですか!?


「と、とにかく! 目が覚めてしまいましたし、いったん起きましょう!?」

「いいけど……逃げないでくれるなら」

「逃げませんから!」

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