第13話 薬の取引き

 朝食後、侍女たちに手伝ってもらいながら着替える。今日は、街にお忍び予定なので、街娘のような恰好をしたいと言ってみたところ、ございますよ、と侍女たちが豪華ではない街娘のような軽めのワンピースを着せてくれた。


 軽く化粧や髪を整えてもらいながら、イエナは口を開く。


「そういえば、ルキナ王国では、薬の需要って、どのくらいあるの? みんなの感覚的にはどう思う? 医師もいるのかしら」

「王宮には王族用の医師はいます。街にも街医師はいますが、多くはいません。医師がもっと増えるといいと思いますが、なり手が少ない職業なんです。産婆はもう少しいるのですが、医師は少ないですね。怪我や病気なんかは、たいてい店で薬を買って対応するので、薬の需要は高いと思います」

「そうなのね。ローズスト王国にも、産婆は一定数いるけど医師は少ないわ。あっちは聖女がいるから極端に医師が少ないの。でも、薬の需要は高いのよね」


 ローズスト王国には、大聖女以外にも、普通の聖女が十五名ほどいる。聖女は、聖魔法が使える女性だ。家柄以外に大聖女との違いは、魔力の多さと、古代語ができるかできないかの違いがある。


 ローズスト王国の普通の聖女の仕事は、聖魔法で人々を治癒させることにある。病気や怪我など、治癒させてくれるのだ。だからといって、では医師がいらないかというと、そうでもない。聖女だけで全国民の怪我や病気を治癒させることは不可能であるし、そもそも聖女の治療は高額だ。だから、聖女の治癒は貴族や資金持ちの平民しか使わない。そのため、薬の需要が高いのだ。


 ちなみに、他国の聖女といえば、普通は一人いればいい方だと言われる。ルキナ王国には、イエナが来なければ聖女はいなかった。十人以上聖女がいるローズスト王国が異常なのである。だからか、聖女は他国から誘拐されがちで、聖女には最低一人は護衛が付くことになっていた。しかし、なぜかイエナだけには、護衛もいなかったし、一度も誘拐などされたことはない。魔力が低いだけで、聖魔法は仕えたイエナだけれど、裏では似非大聖女などと言われていたため、イエナが聖女だとは、もしかしたら誰も信じていなかったのかもしれない。


 イエナのお忍びの用意が整い、最後にイエナの持ち物である猫耳付きローブを羽織る。


「では、街の地図をいただける?」

「お渡ししますが、私もご一緒致します」

「え? そんな、大丈夫よ。地図は見れるの、私」

「そんなわけには参りません。妃殿下を一人で街に行かせるなんて」

「あら、一人じゃないわ。ラテもいるもの」


 猫姿のラテを抱えて、ラテの右手を握って、ふりふりと振った。そのたびに、ラテが「にゃん、にゃん」と言うから可愛い。


「か、可愛いですが……! 猫様は可愛い担当で、護衛はできません!」

「ご、護衛? 王都って、そんなに治安が悪いの?」

「治安は悪くありませんが、妃殿下を王宮の外に一人では行かせられません。何かあったら、どうするんですか!?」


 何もないと思うけど。うーん。それに、実は最終兵器、可愛い猫様ラテは、実は強いんだよね。子猫だから、甘えっ子でビビりなところはあるけれど、実は強々だったりする。


「えっと、でも、ノンナに護衛もできないと思う。危ないわ」


 実は、三人娘の侍女たちの名前も判明している。ノンナ、ニーナ、マルタという。驚くことに、兄一人、八人姉妹の三女、四女、五女の姉妹だった。


「武術に剣術は習っております。護衛は任せてください」

「そうなんだ……」


 ルキナ王国って、女性はみんな、武術ができたりするの? 夫の妹アデリーナも騎士団を持っていたし、色々と知らないことだらけだ。


 結局、ノンナに押し切られる形で、護衛侍女付きお忍びに行くことになった。ノンナも、お忍びと言うことで、街娘姿である。まあ、ローブの下に帯剣しているけれど。本当に剣が使えるんですね。


 王都の街は、人が多く、なかなか活気がある。イエナはローブの猫耳フードを深くかぶり、まずはノンナの紹介した一つ目の商会へ向かった。商会には、まずは店舗の方へ入って、市場調査の意味で物品の値段を見ていく。


 見たところ、物価的には、物に寄るが、ローズスト王国とそう変わらなそうだ。若干ルキナ王国の方が安いものもあるかな、という具合である。


 他にも二つの商会を見て回り、それから、イエナ的に好印象だった商会に戻る。そして、薬を売りたい、と店員に言った。すると、店舗の裏へ案内される。


 いくつかあるテーブルの内、一つのテーブルを指定され、そこでノンナとラテと待っていると、部屋の奥の扉から一人のおじさんがやってきた。なぜか、扉の奥から、鳥だろうか、暴れているような音と「ギョエー」っという鳴き声が聞こえる。


「薬を持ってきたんだって?」

「あ、はい。今日売りたいのは、これです。……ところで、裏の騒ぎはなんですか?」

「……ああ、なぜかたった今、飼っている鳥が急に騒ぎ出してな。さっきも騒いでいたが、収まったと思ったのに、また騒ぎだして。いったい、何なんだか」

「あ~……もしかして、その鳥、魔獣だったりします?」

「ああ、そうだ。商会長の従魔なんだが」

「やっぱり……それ、私のせいかもしれません。その鳥の足首の太さって、どれくらいですか?」

「ん? このくらいかな」


 おじさんが自身の親指と人差し指を近づけた。イエナは頷き、持っていたバッグをごそごそと探って、紐を出した。


「これ、魔獣除け阻害の術式を組み込んだ、組紐です。差し上げますので、その従魔の鳥の足首に結んであげてくれますか?」

「あ、ああ」


 イエナはバッグに下げている飾りを指さした。


「これ、中身は魔獣除けの薬草なんです。一般的なものより効果の範囲が広くて、十五メートルくらいあります」

「十五!? わ、分かった。とりあえず、組紐してくるから、待っててくれ」


 おじさんが戻って来るまでの間、ノンナがこそっと口を開いた。


「それ、魔獣除けだったんですね。猫様には効かないんですか?」

「ラテはいつも魔獣除け阻害を付けてるのよ」


 ラテの腕にしている腕輪を指先でツンツンとした。


 生まれたばかりのラテは、近くに魔獣除けがあったために、ずっと鳴いていて、最初はなぜ鳴くのか分からず、すごく困ったのだ。すぐに気づいてやれなくて、あの時のラテには、悪いことをしたと思う。


「でも、困ったわね。ノンナたちの言うとおり、ルキナ王国には、意外と従魔がいるのね。こんなに影響あるなら、魔獣除けは売らないほうがいいのかな」


 おじさんが戻ってきた。どうやら扉の向こうの騒ぎも収まったようだ。


「いやぁ、あの組紐のお陰で、鳴き声がぴたっと止んだよ。暴れなくなったし」

「それはよかったです。一応、このバッグについている魔獣除けと同じものを、五個持ってきたんですけれど、買い取ってもらえますか? 魔獣除け阻害の組紐は、今回は他に持ってきていないので、売れないのですが」


 本当は魔獣除けは十個は作っているが、今日売るのは五個だけだ。売れるか様子を見たかったのである。


「もちろん買うさ。魔獣除けで十五メートルはすごいよ。普通はその半分だから」

「はい。それと、この魔獣除け、効果は三十日あります」

「……は?」

「一般的な魔獣除けは、効果は一日程ですよね。距離も七メートル程度で、銅貨八十枚。私が作っているのは、十五メートルで、効果は三十日です。価格は手数料抜きで一つ銀貨五枚。ここの商会って、手数料はいくらですか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。効果は三十日? 聞いたことないぞ」

「今までローズスト王国で売っていたんです。効果も検証済みで、ローズスト王国では、この魔獣除けを欲しがるお客さんは多かったんですよ。猫球印で調査していただければ、知っている人もいます」


 特に、商会関係で地方を行き来する人から人気が高かった。おじさんは考え込みながら、魔獣除けとそれ以外の薬を見てる。


「こっちの薬は?」

「こっちは、胃薬、化膿止め、痛み止め、殺菌成分ありの傷薬です。これはサンプルで持ってきました。よければ使ってください。今日売りたいのは、魔獣除けだけだったんです」

「サンプル……」


 おじさんは思考した後、頷いた。


「分かった。ただ、買取ではなく、委託販売になるが、いいか? 手数料は四割だ」

「はい。それで結構です」


 手数料四割なら、前のところと同じだ。問題ない。

 その後、おじさんに卸した魔獣除け五個分の明細を貰い、商会を出た。


「じゃあ、次はラテの食器を作りに行きましょうか」


 食器を作ってくれる店で、ラテ用の食器をいくつか作ってもらう依頼をする。それから、ノンナの勧めで、ラテ用のベッドと食事用の椅子とテーブルまで、違うお店で作ってもらった。出来上がりが楽しみだ。


 その日は、その後、王宮に帰るのだった。

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