第12話 薬師と需要

 昼食の後、再び植物園に戻ったイエナは、ラテの耳の中に収納していた、ローゼン伯爵家から持ってきた植木鉢などを全部取り出して、新しくもらった温室に置いた。家から連れてきた植木鉢たちも、元気な姿だったので、ほっとする。


 ローゼン伯爵家から持ってきたのは、薬作りのための機器もだった。新しくもらった機器より古いが、使い勝手がいいので、これも薬を作る部屋へ置く。


 それから、植物園の世話をした後、少しばかり薬作りをすることにした。


 手始めに、魔獣除け用の薬剤を作ろう。


 植物園から魔獣除け用の薬草を摘み、薬作り部屋へ移動する。薬草を潰して汁を出し、イエナの魔力を加えながら火で煮詰め、そして乾燥させる。そして、最後に古代語。


『□□□ □□□(効果三十倍)』


 このようにして、魔獣除けを十個ほど作った。

 それから、胃薬、化膿止め、痛み止め、殺菌成分ありの傷薬などを作成した。


 すると、いつの間にか夜になっていたようで、侍女が夕食だと呼びに来てくれた。いかん、植物や薬のことになると、夢中になって時間感覚が麻痺してしまう。


 夕食は、今度もラテの分は、子供用の食器に作ってくれた。ラテは大喜びで、自分でフォークに刺して食べている。人間姿でも手は猫の手なのだが、ラテは器用にフォークを使っていた。


 食事を終え、食後のお茶を飲んでいると、侍女が口を開いた。


「妃殿下、猫様用に猫様サイズの食器を作るのはいかがでしょう。子供用の食器は、猫様用には少し大きいですし。王都の街に、受注で作ってくれるところがあります」

「それはいいわね。ラテも小さい食器が嬉しいみたいだから。では、明日街に出かけましょう」

「……もしかして、妃殿下自身で行かれますか?」

「ええ、行きたいわ。それに、ちょうど用事があったの。よければ、おすすめの商会を教えて欲しいわ」

「商会……他に何か購入されたいものがございますか? 王宮に商会を呼び出すこともできますが」

「あ、違うの。薬を売りに行きたくて。できれば商会も目で見たいの。需要がどの程度あるか確認しておきたいし、ルキナ王国の物価も見ておきたくて」


 侍女は戸惑いの表情をした。


「薬を売る、ですか」

「……もしかして、王族が街へお忍びに行くなんて、駄目だったりする?」

「あ、いいえ。そんなことはありません。王太子殿下も王女殿下も、お忍びでなくとも、ふらっと街へお出かけになられますから」


 あ、そうなんだ。意外と庶民的というか、付き合いやすい王族なんですね。


「薬を買ってくれる商会ですね……いくつかございますので、明日出かける前までに商会の候補を出します」

「ありがとう。商会の帰りに、ラテの食器を作りに行きましょう。ローズスト王国を発つ前に、薬を売って得たお金が結構残っているから、色んな種類の食器が作れるかもしれないわ」

「ひ、妃殿下、もしや、手持ちの資金で購入されるおつもりですか!?」

「ええ、もちろん」


 イエナが買わないなら、誰が買うのだ。


「妃殿下には、財務部により妃殿下に割り当てられた資金がございますので、それを使用してくださいませ」

「え?」


 それから、まだ結婚式の次の日だから財務部がイエナのところに挨拶に来なかっただけらしく、侍女がイエナに割り当てられているという資金の書かれた書類を持ってきた。それを見たイエナは、頭がくらっとした。


「財政が圧迫しているって、アデリーナ様は言っていなかった……?」


 イエナに割り当てられた資金があまりにも高額だったため、イエナはそっとテーブルに書類を裏返して置いた。


「えっと、このお金は、そのうち、私が王太子妃としての公務ができるようになってから、頂くことにするわ……。ひとまず、私のお金がありますから、明日はそれを使いましょう」


 侍女たちは困惑顔だったが、イエナの方が、この大金を使えと言われても困惑する。気を取りなすように、イエナは食後のドーナツを食べてご満悦のラテの頬の食べかすを取りながら、ラテに聞いた。


「ラテは、どんな食器がいい?」

「かっこいいの!」

「かっこいいのかぁ。じゃあ、小さめの普通のお皿やコップを一通りと、猫耳の付いたお皿とかも作ろうか」

「猫耳! かっこいいね!」

「そうね」


 そんな会話をしながら、その日は深けて行った。


 次の日の朝。


 朝食をしながら、イエナは少し恥ずかしく思いつつも、侍女に口を開いた。


「今日、街へ出かけるついでに、よければ棺桶を売っているところも教えて欲しいのだけれど」

「棺桶ですか? ……差し支えなければ、何に使用するのか、お聞きしても?」

「……ベッドが広すぎて」


 昨日に引き続き、今日も寝相が悪すぎたイエナは、朝からブランケットの簀巻き状態でベッドの下から見つかり、侍女に助け起こされた。これはまずい。毎回恥ずかしすぎる。


「ローゼン家では、棺桶で寝ていたのだけれど、あの挟まり具合が良かったみたい。だから、今後は棺桶で寝ようと思って」

「ひ、妃殿下……!! おいたわしい!」

「え……?」


 揃いも揃って、侍女三人が号泣しだした。なぜ。


「ですが、大変申し訳ありませんが、棺桶はいけません! あれは遺体を納めるものです! ベッドは広いですし、毎朝私たちが妃殿下を起こさせていただきますから、何としてでもベッドで寝てくださいませ!」

「は、はい……」


 却下されてしまった。毎度助け出されるの、恥ずかしいんですけど。

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