第10話 男装の麗人な義妹

 朝食を終えたイエナは、戻ってきた侍女たちに着替えを手伝ってもらう。イエナのためにたくさんのドレスが用意されていて驚いた。ユーリではなく、ミハイルが夫だったら、こんなに用意はしてくれなかっただろう。侍女たちに翻弄されるように、わたわたと着替えるイエナを、猫姿に戻ったラテが興味深そうに見ている。


「いかがでしょうか、妃殿下」

「あ、ありがとう。とっても素敵になったと思うわ」


 ルキナ王国で今人気だというドレスを着せてもらった。ローズスト王国での流行りのドレスとは少し違うが、豪華であるものの、スカートの長さはひざ下で、ブーツ姿。可愛いのに、動きやすそうだ。ローズスト王国のドレスはスカートの長さが床上ギリギリタイプが多いのだ。


 普段しないようなイヤリングやネックレスまで装着されて、髪の毛も編み込んでもらい、化粧した鏡に映る自分は、いったい誰だと言いたい。自分ではないようだ。


「大変お綺麗です、妃殿下。妃殿下の菫色の瞳と、今日のドレスの色がお揃いで、とても映えて素敵です」

「ありがとう……」


 褒められ慣れていないので、どう返事すればいいのか分からない。


 イエナの淡い金髪に紫色の瞳は、双子の妹クララと同じ色だった。ただ、双子なのに、イエナの顔はクララとは少し違った顔つきだった。クララは美人な母に似ているが、イエナは童顔と言われていた祖母に似ている。


「にゃん 【イエナ、可愛い!】」

「ありがとう、ラテ!」


 なんとなく申し訳ないが、侍女の誉め言葉は少し信用していないイエナだが、ラテに褒められると、素直に嬉しい。ラテを抱えて、腕の中でラテの顔を揉んでいると、自室に来訪者がやってきたと侍女が告げた。


 部屋に来たのは、夫ユーリの妹である王女アデリーナであった。アデリーナは、昨日の結婚式ではドレス姿であったが、今日は男装の麗人のような姿だった。驚きつつも、美人なアデリーナに男装がとても似合うと惚れ惚れする。


 それにしても、アデリーナもだが、侍女たちも、みんな背が高い。ルキナ王国の民族的なものから、ルキナ王国の国民は背が高く体も大きい傾向にある。ユーリは二百センチあるが、アデリーナは百八十センチはありそうだ。侍女たちもアデリーナとそんなに身長が変わらない。イエナも百六十センチなので、ローズスト王国の女性としては背が高いほうだと言われていたのに、なんだか小人にでもなった気分である。


 アデリーナとイエナはそれぞれ面と向かってソファーに座ると、アデリーナが頭を下げてきた。


「イエナ様、昨日の結婚式に兄が戻ってこられず、本当に申し訳ない事をしたと思っております」

「アデリーナ様! 事情はお聞きしましたし、仕方ない事ですから。頭をお上げください!」


 顔を上げたアデリーナは、まだ申し訳なさそうに眉を下げたままだった。


「謝ってもまだ足りないくらいです。いくら魔獣討伐のためとはいえ、結婚式は一生に一度の事でしたのに。魔獣が活発する時期だとは分かっていたのですから、日取りを変更できたら良かったのですが……。ローズスト王国の兄ミハイルの結婚式とお兄様の結婚式は同日にする、と前々から決められており、変更もできなかったのです。ですが、それはただの言い訳です。イエナ様には、お辛い結婚式になってしまいましたでしょう。本当に申し訳ありません」

「いいえ、その、確かに昨日は辛かったですが……もう終わったことです。アデリーナ様に責はありませんし、お気になさらず」


 昨日、ユーリの母である女王陛下にも頭を下げられてしまったし、逆にイエナが申し訳なく思ってしまう。


「お兄様が帰ってきたら、お兄様にも謝らせます。昨日、夜遅くにお兄様から一報が届いて、すぐには帰ってこられなさそうだということでした。五日から十日ほどは帰って来るのに時間がかかるかもしれません」

「魔獣がそんなにたくさん出ているのですか?」

「A級の魔獣が多数暴れているようです。イエナ様は、我が国ルキナの国土の半分以上が『命の森』であることはご存じですか?」

「はい。詳しくはないのですが、そのように聞いています。確か、王宮の裏に見える森も『命の森』だとか」


 『命の森』とは、それこそいろんな生命が芽吹く森と言われるが、魔獣も多数棲みついていると聞いていた。


「王宮の裏手にある『命の森』からは、魔獣はほとんど出てきません。あそこの入口には、魔獣除け効果のある花がたくさん咲いています。ただ、別の『命の森』と国民が住む場所の境界線では、『命の森』から魔獣が出てきやすい場所というのがあって、今、そこでお兄様たちが討伐しているのです。魔獣の活発期は、特に魔獣が狂暴になりますから、現地が苦戦していると聞いて、お兄様が騎士団を連れて行きました。お兄様が向かったので、そう遠くない日には討伐は終わると思います」


 ローズスト王国では、魔獣の被害が多いわけではないので、そこまで魔獣討伐について聞くことはなかった。しかし、ルキナ王国では、魔獣は身近な存在なのだと、改めて思う。


「私も専属騎士団を持っていまして、本当でしたら私が行ければ結婚式にお兄様が出られたのですが、私では心もとないと、お兄様に大反対されまして……不甲斐ないです」

「え!? そんなことないです!」


 そんなに、落ち込まないで欲しい。王女なのに専属騎士団を持っているのもビックリだが、イエナの結婚式のせいでアデリーナに何かあってしまえば、それのほうが怖い。ユーリであれば魔獣討伐が危なげなく終えれるのなら、ユーリが行って正解だったのだ。


「本当にお気になさらないでください。お忙しいでしょうに、アデリーナ様がこのように来て説明していただけただけでも十分です。ありがとうございます」

「……こちらこそ、ありがとうございます。イエナ様にそう言っていただけると、安心致します。……イエナ様は、その……、あまりクララ様とは似ておられませんね」

「え……?」


 わぁ。これはもしや。ユーリの婚約者だったクララは、年に一度程度はルキナ王国を訪問していた。もしかして、家でやっていたようにわがまま放題だったのだろうか。ちょっと聞きたくないが、かなり迷惑をかけていたに違いない。申し訳なさすぎる。


「お兄様がお二人は双子でも似ておられないと言っていました。本当にそのとおりです」

「……クララが申し訳ありません。……あの、アデリーナ様、私も王太子妃になったのですから、何か公務など仕事があれば積極的にやりますので、なんでも言ってください」


 絶対に何かやらかしているに違いないクララの尻拭いは、イエナが働いて返すので、許してください。そういう気持ちを込めて、イエナが申し訳ない思いで口にした。


「まあ! ふふふ、クララ様はクララ様で、イエナ様はイエナ様です。公務などについてですが、さしあたり今お願いすることはありません。イエナ様は我が国で人脈を広げるところから始めた方がいいことは分かっているのですが、ローズスト王国とは違い、ルキナ王国は社交活動は少なめなのです。お恥ずかしい話、魔獣の関係で財政が圧迫しておりますので、パーティー関係も少ないのですよ。ですから、社交活動は、お兄様が帰って来てから、お兄様と話し合われた方が良いかと思います。なので、お兄様が帰って来るまで、ゆっくり過ごされてください」


 え、何ですか、その好待遇。ぐーたらしてもいい、ってことですか。


「そういえば、お兄様がイエナ様のために用意しているものがあります。お兄様に先走ってお見せすることにはなりますが、お兄様を待っている間、イエナ様が楽しむ時間も必要ですもの。お兄様は拗ねるかもしれませんが、先に案内させます。後程、案内人を寄越しますね」

「ありがとうございます?」

「ふふふ、楽しみになさっていてください」


 何を見せてくれる気なのだろう。ちょっと気になる。


 笑みを浮かべていたアデリーナだったが、少し言いにくそうな表情で口を開いた。


「イエナ様は、お兄様と話す機会はあまりなかったと聞いているのですが」

「ええ、そうですね。年に二度ほど、ローゼン家にいらっしゃったときに、時々話させていただいた程度です」

「そうですよね。であれば、ルキナ王国の男性の特徴と言いますか、傾向を知らないと思われるので、念のためお伝えしておきますと、ルキナ王国の男性は、少し熱心といいますか、会話するのも好きでして、お兄様もその傾向にあります」

「会話が好き……ですか?」


 そうだっけ。ユーリは口下手だったと思うのだけど。口数が少ないというか。いったい、誰の話をしているんだろう。


「家族や心を許した相手には、心配性と過保護も過ぎるといいますか。私は剣や武術に熱心な方で自分なりに強くなったつもりでいるのですが、お兄様には小さい頃のままの私としてしか見られておらず、今でも心配性が突き抜けているんです」

「な、なるほど?」


 まあ、可愛がっている妹に過保護になるのは、理解できる。


「お兄様は小さい頃から一途で、これと決めたものには過保護になりすぎるところがあるので、その、イエナ様は大変というか、暑苦しく思われるかもしれませんが、どうかお兄様を宜しくお願い致します」


 一途? それって、好意の話だよね。そこでピンときた。これは前の婚約者だったクララの事を言っているのだろう。ユーリは、今でもクララのことを好きだということだ。ユーリのクララを思う気持ちに、イエナが苦しくなるかもしれないから、覚悟しておくように、という助言なのだ。


「承知しました。お任せください」


 結婚相手が交換になってしまったのは、ミハイルとクララのせいであり、ユーリは悪くない。今まで婚約者だったクララへの気持ちが、簡単に消えないだろうということを責めるつもりはまったくない。


 ほっとした顔で、アデリーナは仕事があるからと部屋を去っていった。

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