第8話 初夜のない夜

 新郎のいない結婚式が終わり、今後イエナの自室となる部屋にて、イエナはゆっくりと風呂に入っていた。


 ああ、疲れた。結婚式には、招待されていた人が大勢おり、新郎がおらずとも、イエナは笑みを浮かべて挨拶をしなければならなかったのだ。


 実は結婚式が始まる直前、女王陛下に頭を下げられた。どうにも、王宮を一昨日出たルキナ王国王太子ユーリは、結婚式には戻ってこられそうにない、ということだった。理由は、魔獣の討伐のためだ。


 魔獣は森や林、街中にもいる。年に数回、魔獣の活発期というものがある。


 ローズスト王国の場合は、大聖女が加護を付与する薔薇水晶を持っている国民が多く、魔獣が活発となっても、薔薇水晶を持つ人間に近寄らないため、大きい被害にはなりにくい。まったく被害がない、とは言わないが、それでも他国に比べると魔獣の被害は少ないのだ。


 しかし、ルキナ王国には聖女がいない。個人商店で売っている魔獣除けはあるものの、一般的に売られている魔獣除けは一日程度しか効果がない。そのため、領を跨ぐ商人や騎士や兵士あたりしか使わない。だからか、魔獣被害が多いのだという。


 結婚式は予定されたものだったが、魔獣の活発期であり、最近魔獣被害が多く報告があったことで、王太子ユーリが魔獣討伐に向かったとのことだった。とはいえ、ユーリは結婚式には一時的に戻って来ると言っていたらしいが、戻ってこれない事態に陥っている、ということらしい。


 恐れ多くも女王陛下に頭を下げられ、イエナとしては何も言えなかった。では、結婚式は延期かと思いきや、他国から招待客を呼んでいる以上、予定通り結婚式はやる必要はあるという。


 仕方なく、イエナは結婚式には出たが、周りに嫌な思いをさせられて強くなったつもりのイエナでも、正直居心地が悪すぎて泣きたかった。数時間の拘束だったけれど、三日くらい苦行に耐えたような感覚がある。


 しかし、それもやっと終わって、ほっとした。今頃、結婚式に参列していたユーリの母の女王やユーリの妹は、まだパーティー会場で拘束されているようだが、イエナは部屋で休んでくれ、と言ってもらえたので、遠慮なく休むことにしたのだ。


 それにしても。


 イエナは、ちらっとイエナの髪の毛を丁寧に洗ってくれている侍女を見た。驚くことに、王太子妃となったイエナに専属侍女が三人も付いた。今まで自分のことは自分でしていたので、侍女はそんなにいらないと言ったのだが、「妃殿下に追い返されては怒られてしまいます」と侍女たちが困った顔をしたため、とりあえず、ここにいてもらっている。そのうち、こんなに侍女はいりませんと誰かに言おう。


「みゃみゃー! 【お水やだ!】」


 侍女の一人が、イエナが風呂につかる横で、ラテを瓶(かめ)に入れて洗ってくれている。


「ラテ、水から逃げないの。せっかくだから、綺麗にしてもらいなさい」

「みゃぁ! 【や!】」


 ラテは、お風呂が苦手なのだ。せめて、猫姿ではなく人間姿であれば、もう少し大人しくしてくれるのだが、ここで人間姿になるわけにはいかない。


 ふわふわの毛が水に濡れたラテは、同じ猫とは思えないほど、しゅっとしている。「みゃあみゃあ」とずっと鳴いていたラテだが、侍女たちが根気強く洗ってくれた。


 イエナとラテは風呂から上がり、体を乾かしてもらう。イエナは寝間着を着せてもらった。ローズスト王国では、ワンピースタイプの寝間着が流行っていたが、イエナが着せられたのは、上と下で分かれたタイプの寝間着だった。上は細い肩紐で吊るし、肩を露出するタイプで、下は膝丈までの緩いズボンタイプである。


 国が違えば、やはり少し違うタイプの服になるようだ。


 濡れたラテは、侍女の中に風魔法が使える子がいたので、風で乾かしてくれた。


 寝る準備は終わったので、侍女は下がってもらった。ベッドは続き部屋にあると聞いたため、イエナは続き部屋の扉を開けた。


「……でっか」


 ベッドが大きい。イエナが八人は寝られそうだ。大きすぎる、と思いながら、イエナが今使った扉とは違う扉があることに気づいた。その扉に近づき、扉を開ける。


「……」


 扉の向こうを確認し、イエナはそっと扉を閉じた。


「そういうことかぁ……」


 イエナは、少しだけ顔が熱くなるのを感じた。扉の向こうは、男性用の部屋だった。たぶん、イエナの夫になったユーリの部屋だ。ということは、このベッドのある部屋は、ユーリとイエナの二人が使用するベッドということである。


 怒涛のような今日を過ごしたためか、自分が結婚したのだと、本当の意味で理解できていなかった。ちらっとベッドを見る。もしかしなくても、今日ユーリがいたのなら、あのベッドでイエナは初夜の予定だったということだ。


 色々と、頭から抜け落ちていたことに、今更ながらに馬鹿過ぎると思いつつ、そっとベッドに近づいた。そして、ベッドにのそっと乗ると、手足を広げて寝転がる。


「うーん、広い」


 夫ユーリはいないのだから、ベッドはイエナが独り占めしても、誰も文句は言いまい。


「みぃあ 【もう寝る?】」

「うん、寝ましょ。とっても疲れたから」


 久しぶりの、ちゃんとしたベッドだ。イエナは、ブランケットの下に潜り込む。


「広すぎるね。棺桶が懐かしいわ」


 ラテも布団に潜り込み、そしてイエナの首元に落ち着いた。


「今日はゆっくり寝ましょ。お休み、ラテ」

「みぃー 【お休み、イエナ】」


 疲れすぎていたからか、イエナはすぐに眠りの世界へ落ちて行った。

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