第3話 待遇の転落

 ローゼン伯爵家でのイエナの待遇は、五歳までは妹クララと同じであった。両親に同じように愛され、三人兄妹の兄にもクララと同じように可愛がられていた。


 しかし、五歳の時、魔力値を測定する儀式の時、イエナとクララの待遇は、そこで分かれることになった。魔力値の測定器は、人間の魔力量を数値で表すことができる。


 イエナの魔力量は三十五。魔力持ちの人の平均魔力量が二十から三十と言われているので、平均より少し多い程度。対して、クララの魔力量は二百と、歴代の大聖女と並ぶほど多い。


 父や兄は聖魔法は使えないが、魔力量は百前後と多く、家族の中ではイエナが一番低かった。魔力量が低かったことで、家族はがっかりし、特に次代の大聖女を産まなければならないというプレッシャーのあった母からは、憎悪というような視線を受けることになった。


 魔力量が多いことで、家族や周りから甘やかされ、さらに可愛がられるようになったクララは、イエナが持つものを何でも欲しがるようになった。


 ドレスに始まり、魔力量が少ないイエナと部屋の大きさが一緒は嫌だと、イエナの部屋は取り上げられ、クララの衣裳部屋となった。イエナは使用人より狭い部屋に入れられた。それを両親も良しとしたのだ。


 家族の態度がそうなのだから、使用人のイエナに対する態度も悪化していく。


 家族の手の平を返すような態度に、イエナも小さいころはよく泣いていた。それでも、今のイエナが生きていけるのは、父の母である祖母だけはイエナを可愛がってくれたからだった。


 祖母も家の中では肩身の狭い思いをしていた人だった。本当であれば、祖母は大聖女、つまり女児を産む必要があったが、祖母は子供は父しかできなかった。そのことで、当時はずいぶん当代大聖女に責められたと聞く。


 当代大聖女、現在の主の大聖女は、祖母の双子の姉だ。ローゼン伯爵家の当主は男女に決まりはない。大聖女と祖母は二人姉妹であり、大聖女でありクラミナ公爵家に嫁いだ姉に代わり、祖母はローゼン伯爵家の当主となった。


 しかし、祖母は次代の大聖女を産めなかったと責められ、父が成人すると、早々に父に当主を譲った。それからは、元々趣味だった薬草集めや薬師に生きがいを見つけ、屋敷の庭にある温室で大半を過ごすことになった。


 そんな祖母が五年前に亡くなるまで、一緒の時間を過ごしていたイエナは、祖母の持つ薬草ばかりの温室を譲り受けた。


 温室まで両親やクララに奪われそうになったが、薬草を使った祖母直伝の美容液や髪のトリートメントなど、イエナが手作りして両親やシエナに使ってもらうことで、気に入ってもらえたため、温室だけは取り上げられずに済んだ。まあ、それ以外はとても令嬢とは言えないような生活だけれど。


 ラテの食事が終わると、イエナは目をこすった。もうそろそろ限界だ。眠すぎる。


 さきほど婚約者交換を提案されるまで王太子であるミハイルの婚約者だったイエナは、当代大聖女の次代の大聖女として、一昨日王宮で大聖女としての仕事をしてきたばかりだった。魔力量の少ないイエナでは、その重荷すぎる大聖女としての仕事をすると、魔力が枯渇し毎度ぶっ倒れている。その疲れがまだ残っていて、眠すぎるのだ。


「ごめんね、ラテ。少し寝るわ。お散歩行くなら、ちゃんと猫姿になるのよ」

「ううん、お散歩いかない。お腹いっぱいだから、ボクも寝る」

「そ?」


 イエナは、寝間着のワンピースに着替えた。ちなみに、イエナの服は、大聖女の仕事用の神官服、妹のお下がりの茶色のドレス、寝間着、フードローブしか服と言えるものは持っていない。


 イエナはベッド代わりの棺桶に寝転がった。そして、体を横に向け、抱き枕を抱える。一応、中には布を敷き詰めているため、固くはない。むしろ、棺桶の狭さがピッタリで、挟まり具合は丁度良く、イエナは実は棺桶は気に入っている。


 そもそもだが、なぜ棺桶で寝ることになったのかと言うと、部屋が狭すぎてベッドが入らず、ベッド代わりに探して見つけたのが棺桶だったのである。ベッドが入らず困っていたイエナに棺桶を勧めたのは妹クララであったが。最初は棺桶と聞いて眉を寄せたイエナだったが、思いのほか気に入ったのが救いだ。


 棺桶とイエナの顔の隙間に、猫姿に戻ったラテが丸くなった。イエナはラテの顔を撫でる。


「明日、私が起きなかったら、起こしてね」

「みぃ 【分かった~。お休み~】」

「お休み」


 イエナは眠りの世界に落ちて行った。

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