第8話 女神の寵愛

 最初から出し惜しみする気はない。俺はフルオートでフードを被った男たちを片っ端から射殺していく。


「絶対に許さない!!」


 ミュリエルもまた弓矢でもってフードを被った男たちを射殺していく。あっという間に残ったのはカールスだけになった。だが仲間が殺されたというのに顔色一つ変えていない。


「羨ましい」


 カールスは斃れた仲間たちに向かってそう言った。


「お前は何を言っている?」


「彼らは敬虔なる女神の使徒だった。今ここで悪しき君たちに殺されたことで彼らもまた女神をこの世に呼ぶための贄になれたのだ。素晴らしいことではないか」


 だめだ。こいつ本物の狂信者だ。俺たちとは世界観そのものが違う。


「そこにいるエルフの少女は君が我らから奪った子だね?」


 カールスはミュリエルの正体に気がついているようだ。一端の組織のボスをやっているだけはある。バカではない。愚か者であることには間違いないが。


「奪ったんじゃない。助けたんだ」


「そうか。それは感謝する」


「感謝だと?」


 何を言っているのかわからない。意味不明な言動が俺を果てしなく混乱させる。


「そのエルフの少女がいなくなってしまったせいで、我らは罪もない赤ん坊を100人集めて火を熾す他なくなってしまった。これは大罪だ。女神は無垢を好む。我々は未来ある無垢な命を100個も犠牲にした。だからとてもとても償いきれない罪を負うことができた・・・・・・・・。ありがとう。これできっと女神は我らの声に耳を傾けてくれるだろう…」


 うっとりと自己陶酔に浸りながら語るカールスは常人には計り知れない理屈で俺らに感謝している。


「わたしがセンセーに助けてもらえたから、その子たちが死んじゃったの?」


 ミュリエルは震えている。見当違いの罪悪感を植えつけられて今にも泣きそうになている。


「ミュリエル!違う!お前は何も選べなかった!助けることを選んだのは俺だ!ミュリエル!そんな狂人の戯言に耳を貸すんじゃない!しゃんとしろ!!」


 もういい。これ以上の問答はしたくない。すでにカールスに味方はいない。今すぐにでも殺してやる。


俺はライフルの銃口をカールスの額に向けて引き金を引く。これでお終い。そう思った。だが。


「だめだ。軌道が丁寧すぎる。それでは私は殺せない」


 カールスはいつの間にか抜いた剣で俺の銃弾を切り裂いていた。今まで相手にしてきたチンピラとは格が違うようだ。


「だったら乱暴にしてやるよ!!」


 俺はフルオートで弾をばら撒く。


「それでも私を狙っているではないか。丁寧すぎる」


 カールスは俺の方に銃弾を切り裂きながら近づいてくる。どんなバケモンだよ?!チーターかよ!


「ちっ!ならこれは?!」


 俺は銃を撃ちながら、ついでに手榴弾のピンを抜いてカールスの頭上に投げる。頭の上の手榴弾に対処すれば、銃弾は切れない。銃弾を切れば、上の爆発に飲まれる。どっちにしたって俺に損はない。


「ふむ。なるほど。これも試練。ああ、そうか!これが試練なのですね!!女神様ぁ!!」


 そう叫んでカールスは剣を手から離した。


「はぁ?!」


 俺が撃った銃弾はすべてカールスの胴に当たった。さらに手榴弾が爆発して爆風がカールスを飲み込む。俺のいずれの攻撃もステータスシステムで強化してある。無防備な状態なら即死間違いなしのはずだ。だがカールスはその場に立っていた。


「ああ。駄目だ。私はもうすぐ死ぬ。死ねる。死ねてしまう。女神様。私は今から死にます。そう罪を犯したまま死ぬのです。あはは!あーはははははは!」


 すでにカールスの身はボロボロだ。銃弾と爆風はカールスの身をずたずたにした。右手はどこかへ吹っ飛んだし、左手だって今にもちぎれそうだ。顔の半分は吹き飛んでる。それでもまだ生きて立っていられるのは、その圧倒的な精神力によるものだろう。


「どんな化物だよ」


「化物?違う。私は罪を犯さざるを得なかったか弱き人間に過ぎない。そう。口減らしのために地球からこの開拓地に放り込まれた。そのあとは君たちの想像に任せよう。この異世界の汚辱の中で私は運よく大人になれた。この間違った世界で大人になってしまった。成すべきことを成さぬものたちのせいで罪を背負うしかなかった」


 こいつが言っていることが真実なら、それには心当たりがある。この開拓地は地球の人口爆発対策のために多くの人間が着の身着のままで放り込まれたという負の歴史がある。この男もその一人なら生き延びるためにギャングに身を落としたこともわからないでもない。だが。


「ギャングで散々悪さしといて自分が被害者だなんて口が裂けても言うんじゃねぇよ!」


「いいや。我々にはその権利がある。聞いたことはあるだろう?チーターの存在を」


 一応さっきそれらしき少年を目撃した。年相応のアホなガキだったが、間違いなく・・・・・俺よりも強いことだけは感じた。


「皆一応に言っている。神の誤りによってその生を奪われて、代わりにチートと呼ばれる力を貰って蘇ったという。ふざけた話だ。ある者などはトラックに轢かれてこの異世界に生まれ変わったなどとほざきよる。だが私は見たよ。その活躍を。私がゴミ箱を漁って飢えをしのぐ横を亜人の美しい女たちを連れて歩く醜いチーターをな。奴らの世界は狭い。私たちなど視界にも入らない。神は間違った者たちに力を与えてしまった。だから正すのだ。我らも同じ領域に立ってな」


 カールスは言うだけ言ってその場で膝をつく。もうすぐこの男は死ぬ。それでこの話はお終いだ。今日聞いた話は明日には忘れて、俺は自分の体を治すたびに出るのだ。














『嗚呼!なんて憐れな子なんでしょう!!』

















 ぞくっと体が震えた。女の声を聞いたような気がする。ミュリエルの顔色も悪い。同じ声を聞いたようだ。














『罪を犯してでもその意思を通さんとする高潔なる魂!嗚呼、何て綺麗なの』














 聞こえる声が聞こえるでもこれは絶対に聞いてはいけない声だ俺は耳を塞ぐ耳を貸すな貸すな絶対に貸すな。











「センセー怖いよ。なんなの?!なんなのこの声!何処にも誰にもいないのに!空気だって震えていないのに!なんで声が聞こえるの!!」


 ミュリエルは俺に抱き着いて恐怖に必死に耐えている。俺はさっきからステータスシステムにあるサーチ系スキルをフルに起動させていた。だけどどのスキルにもこの声の元を検知することは出来なかった。空気の震えはない。魔力による声の伝達でもないし、超能力によるテレパシーでもない。今この空間では声の元になるような物理現象は一切起こっていない。この声は絶対にまやかしのはずだ。


「嗚呼!女神様!やっと!やっと!そのお声を聞くことが出来た!女神様!我らの悲願を!チーターたちの殲滅する力を我に!」


 カールスは歓喜に打ち震えている。もう否定できない。儀式は成功してしまったのだ。何の合理性もない意味不明で残虐なカルト行為で『女神』かもしれない何かを呼び寄せてみせた。そして恐らくは儀式の狙い通りにこれから『チート』を授けるのだろう。そうなれば俺とミュリエルなんてきっと瞬殺される。残念ながら俺たちのあがきはここまでらしい。


















度会譜希わたらいほまれ。病魔に侵されながらも気高く生きるあなたにこそ『チート』は相応しい』





「女神様!何をおっしゃっているのですか!あなた様を呼んだのはこの私です!!」


 カールスは必死に女神に呼びかける。だが女神はカールスの言葉をスルーする。




『度会譜希。あなたの呼ぶ声は確かに届きました』





 まさかの発言に俺は思わず突っ込んでしまった。


「は?なーにいってんだ?俺はお前なんて呼んでない」


『度会譜希。あなたこそ世界の果てに至るでしょう』


「話きけこらぁ!俺はお前なんて呼んでない!!」


『さあどんなチートが欲しいかいってごらんなさい。もちろん力とは関係なくその体は治してあげましょう』


 その言葉に少し揺らいだ俺がいる。この世界に来たのは体を治すためだ。ここで女神なる存在からチートを貰えば、体は自動的に治る。なんて魅力的な選択肢だろう。だけど。































「うるせぇんだよくそビッチ!お前から貰うもんなんて何にもねぇんだよ!!」


 俺はすでに調月のヒモだし、ミュリエルでバイオレンスパパ活してるし、これ以上女から何かを貰う必要なんてかけらもないのだ。





















『そうですか…嗚呼。そう。きっとまだ混乱しているのね。本来ならば死した者にチートを与えて転生させるものですしね。生きたままではその肉体の刻んできた人生に縛られてしまう。そうね。だったら断ち切りましょう』


 そう女神が言い終わると同時に、カールスが悲鳴を上げ始めた。


「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああ!女神様ぁ!女神様ぁ!女神様ぁ!我らの祈りを裏切るのですか?!うぉぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 カールスの体がボコボコと膨らんでいく。そしてその肉の塊はだんだんとある生き物の姿に変わっていく。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 それは異世界ファンタジーの頂点たる存在。ドラゴンだった。







『度会譜希。あなたがもし地球にいた頃に私を呼んでいればこんな醜い生き物でなくトラック辺りで楽に人生を終わらせてあげられたのですが…。御安心をこの竜は十分強いです。あなたを楽に死なせることが出来るでしょう。では肉体の軛より解き放たれた後にまた会いましょう』


 そしてずっと感じていた嫌な気配は消えた。だけど目の前には殺意全開のドラゴンがいる。


「憐れだな女神の気まぐれで最後は獣に墜ちたか。だけどわかりやすくていいよ。ドラゴン殺しならまだファンタジーの範疇だ」


 俺はライフルを竜に向ける。


「そうだね。やっと決着がつけられる。わたし、あの子たちの仇、絶対に討つよ」


 ミュリエルは弓を構える。決着の時がやってきたのだ。





*****作者のひとり言*****



カールス…。女神は呼べても、女神に気に入られるとは限らないんだよ…。


おっさんの方がカールス君よりも女神的にはアリだったためこんな展開になりました。


徹頭徹尾意味のないバカ騒ぎ。無駄死に無駄死に無駄死にのオンパレード。


次回はやっとドラゴン退治というファンタジーだ!やったぜ!


次回もよろしくです。

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