第7話 女神に捧ぐは無垢
正面から殴りこんでもいいんだけど、堅気さんにはあんまり迷惑はかけたくない。
「ねぇセンセー。もうちょっとスカート短い方がいいんじゃないの?男の人って女の子のパンツ好きなんでしょ?」
俺は北のスラム街の宿の部屋で最後の準備を行っていた。俺はビジネススーツを纏い、ミュリエルには逆にセクシーな夜の女の格好をさせていた。
「わかってないなぁ。パンツ見えてるのって逆に萎えるの。見えそうで見えない感じが一番いいんだよ」
ミュリエルには森から出てきたばかりの素朴さはもうない。派手な化粧をさせたから同一人物とは簡単には見えないだろう。
「さて。手筈は頭に入ってるな?」
「うん。ミーミルに入ったら、奥のカウンター席に座る。そこでわたしはお目目をぱちぱちさせてせくしーな顔をする」
「そうそう。で俺はお前を売りに来た女衒のふりをするから。うまく合わせろ」
「はーい」
飲み込みが早いのか、すでになんかエロい笑みを浮かべてお尻を振るような歩きで部屋の中をうろうろし始める。
「こんな感じでいいよね。パパ?」
「その耳捩じってやりたいけど、今日はその呼び方の方が自然なんだよなあ」
俺とミュリエルの装備は大きめのバックに入れて俺が背負って持っていくことにした。
「では作戦開始!ごーあへっど!」
「ごーあへっど!」
俺たちは部屋を出た。
繁華街は賑わっている。冒険帰りの連中が酒場で騒いで楽しんでいる。あるいは純粋に観光できた地球人なんかもいた。表通りから一本角を曲がるとそこは妖しげな雰囲気の風俗街になっていた。
『ぬるぬるマッサージスライム亭』
『けもみみソープ』
『逆に地球人ヘルス』
『エルフスパ』
どれもこれもひどい名前ばかりだ。ふっと気がつくと『けもみみソープ』の前で唸っている少年がいた。黒髪黒目で雰囲気から行って日本人っぽい。黒いロングコートに1mくらいはありそうな大剣を背負っている。絶対チートの冒険者だ。
「なんでだ!?なんで俺の足は動かない!ドラゴンを前にしてもビビらなかったS級冒険者の俺の足がなんで止まるんだ?!動いてくれぇ!」
ああ。ああいう童貞ムーブが懐かしい…。おじさん思わずにんまりしちゃう。あの頃のドキドキ感ってほんと今思えば最高の思い出である。
「なんだよおっさん!俺を見て笑ってんじゃねーよ!」
「うるせぇ童貞」
「ど、ど、ど、ドレミファソラシどうていじゃねえぃし!!」
「もうちょっとひねってほしかったね。変にボケようとしてるところが童貞臭くて実にいいぞ」
俺は親指をぐっとする。少年はプルプルと震えている。
「人生の先達として言うけど、いきなり本番ありの店はやめておいた方がいいぞ」
「なんでだよ」
「裸の女を前にして足が震えるから」
「な、なに?!そうなのか?!」
少年は俺の言葉に動揺している。
「そうそう。男はゆっくりと女の体に慣れていかないと。いざってときアレが役に立たなくなっちまう。だから今日のところはここら辺の店はやめとけ」
「ぐ…ぅ…俺は…でも…夜を楽しんでみたいんだ…」
少年の考えていることはよくわかる。俺だって仕事帰りには飲みに行きたいし、出来れば女とホテルとかいっていろいろ発散したくなる。
「だったらまずはコスプレ系のガールズバーとかにしておけ。表通りにバニーガールのガールズバーがあった。そこで女の色気にまず慣れて見ろ」
「ふん。バニーガールなんて俺には見慣れてるんだよ」
「それどうせ二次元の話だろ」
「ぎくぅ」
「リアルのバニーガールって意外と迫力あるよ。童貞だとマジでくらくらするくらいにな。ほらこれくれてやる」
俺は少年にそのバニーガールのお店のクーポンを渡した。昼にギルドのパンフレット置き場に置いてあった奴を貰ってきたのだ。
「おっさん…」
少年はクーポンを握りしめて、決意に満ちた男の顔をしている。
「あんたいいやつだな。俺の名は
少年はスキップで表通りに向かっていた。
「頑張れ少年」
「おとこのこってばかしかいないのかな?」
ミュリエルはやれやれと首を振ったのであった。
風俗街の一角に酒場風の店があった。看板にはミーミルと出ている。表に値段表を出していない強気の営業スタイル。絶対にぼったくりバーだよ。だけどここにはぼったくられるためにきたわけではない。むしろ逆である。俺とミュリエルは堂々と店の中に入る。店の中は淫靡な雰囲気に満ちていた。男たちが酒を飲みながら女たちに接待されている。時たま男が女を連れて店の奥の方へと消えていく。なるほど。まずはキャバっぽい感じで顔を合わせてから、好みの子を指名できるシステムなのか。むしろパネマジない分良心的?
「いらっしゃいませ。何にいたしますか」
カウンター席に着いた俺とミュリエルは注文を聞かれる。
「遊びにきたわけじゃない。実は商談だ。この子を見てくれないか?」
俺は隣のミュリエルの肩を抱く。ミュリエルはセクシーな笑顔を頑張って浮かべている。ほっぺは少し赤いけど。
「ほう。超上玉のエルフですね。うちの店で働かせたいと?」
「そうそうそういうこと」
「なるほど。ではスカウトバックの割合もろもろの商談をしましょうか。奥の応接間にお通しします」
黒服がやってきて俺たちを店の奥へと連れていく。廊下を通ったときに、壁の声が薄いのか女の嬌声がアンアン聞こえてきてなかなか鬱陶しい。
「うるさいですからこういう時は地下にご案内してます」
よし地下に通してくれた。そして簡素な応接間に俺とミュリエルは通された。そしていかにも若頭感のあるギャングの男が入ってきて、部屋には三人だけが残された。
「あんたか?キャストの紹介にきたのは。へぇ超上玉のエルフだな。いいぜ弾むよ」
商談を担当している男はまちがいなくフィマフェングのメンバーだろう。両手に入れ墨入ってるし、指輪や腕時計で手元がジャラジャラしている。こういう小物で威嚇してくるのは間違いなく反社の手口である。
「ところで実は噂を聞いたんですがね。そちらではいま売春婦ではなく何か別の用途でエルフの女を探してるとか?」
目の前の男の眉がぴくっと動いた。俺への警戒を隠そうとしない。だが同時に俺へ興味があるような感じの顔もしている。
「噂の出所は気になるが、たしかにそうだ。そっちのお嬢ちゃんクラスの美貌を持ったエルフが欲しかった」
「欲しかった?もういらないと」
「ああ。噂を聞きつけて商売したかったんなら、手遅れだな。もう代用品は見つかった。まあ質は劣るがなんとかなるだろう。そう。もう何とかなるからエルフはいらねぇんだよ」
男は懐から拳銃を取り出して、俺に向ける。
「なんのまねだ?」
「俺たちがエルフを探してた噂をどこで聞いた?それにどこまで知ってる?」
「はぁ。なるほど。あんたたちはなんかそうとう悪さをしようとしてるわけだ。女神とチート」
拳銃を持った男が口を引き結ぶ。焦りが出ている。情報の流出に怯えているようだ。
「あんたはよく知ってるみたいだな、わりぃがここで死ねや!」
男は引き金をひこうとする。だがその前にカチッと音がして男の額から血が流れて死んだ。
「男の人って女の子のこと全然警戒しないんだね。変なの」
ミュリエルの手にはサイレンサーつきの銃が握られている。銃はスカートの中に隠させていた。
「男は女を前にすると頭バカになるからね。その恰好じゃこの先きつい。着替えろ」
「はーい」
俺が持ち込んだリュックの中にはミュリエルの戦闘服も入っている。ミュリエルは現代的な都市迷彩型の戦闘服に着替えて弓と矢を装備した。ついでにこの間貰ったスナイパーライフルを背中に背負う。俺はジャケットを脱いでタクティカルベストを装着し、サイレンサー付きのアサルトライフルを装備した。腰には鞘に入った刀とハンドガンの入ったホルスターがついているベルトを巻く。
「じゃ地下に潜入成功しました。ここからはバトルだ。準備はいいな?」
「うん。まかせて!」
ミュリエルも準備オッケーのようだ。俺たちは部屋を出る。足音を立てずに廊下を先に進む。途中ギャングのメンバーが現れたが騒がれる前に俺のアサルトライフルかミュリエルの弓で射殺された。
「店の規模に比べると随分広い地下だな。これミリシャに許可とらずに工事してるっぽいな」
階段を下りてさらに地下に潜っていく。まさしく秘密基地といった感じだ。だけど警戒がざるだ。べつに見つかっても構わないのだが、監視装置も最低限のものしかないのが解せない。むしろ記録を残さないようにしているような感じだ。
「なあミュリエル。女神を呼ぶってどんなことなんだ?」
「さあ?わたしは知らない。でも女神の伝承は聞いたことあるよ。森のエルフにはこう伝わってるの。『まやかしの女神に選ばれ世界の果てを臨む者。汝の求めるものはそこには決してないだろう』」
「抽象的過ぎて意味がよく分からないな」
「長老がいうには女神なんていう存在は悪魔のことで、その誘惑に負けないで、日々を真面目に生きろっていう言い伝えらしいけど」
そういう言い伝えは案外正しかったりするって聞いたことはある。その女神なる存在はエルフにとっては何か危険ななにかなのだろう。それがフィマフェングがやろうとしていることに関係あるかはわからないが。階段で一番下と思わしき階についた。そこからは廊下が一本だけ伸びていた。その先には大きな扉がある。扉に手をかける。鍵がかかっている。仕方がないからショットガンで扉の鍵穴を撃って破壊して開けた。するとすぐに異臭が鼻をついた。
「なにこれ?すごく臭い。何かを燃やしてる?」
ミュリエルは顔を顰めている。俺は嫌な予感がビンビンにしていた。このにおいと似たものを昔嗅いだことがある。
「ミュリエル。この先何を見てもおどろいちゃだめだ。いいね」
「うん?うん。わかった」
扉を開けるとそこは大きなドームになっていた。中心部に黒くて深いローブを被った男たちが円陣を作って何かの呪文を唱えている。円陣の中で火を焚いている。まだ俺たちの存在には気づいていないようだ。
「世界が偽りになったがためにまやかしとなった女神よ。我らは世界を正さんと誓うものなり。我らが声に慈悲をかけ給え。我らは正義のために悪徳を成すことのできる勇者なり」
その気味の悪さには虫唾が走った。
「これが儀式?こんなことしたって召喚獣だって呼べやしないよ。魔力も龍脈の力も何も感じないもの」
この世界に来て魔法を何度か見たけど、ステータスシステムのお陰で魔力の流れのようなものを感知できるようになった。そんな俺でもこの儀式からはなんの異能の力も感じない。だけどなんで心臓がバクバクと震えるようになり続けているのだろう。
「ていうかあいつら何を燃やしてるの?」
俺からは何が燃えているのかが見えていた。だからそれが何なのか分かった。怒りで指が震える。それが伝わったのか、円陣の中で燃えている何かが崩れた。そして燃えているものの正体がはっきりと見えた。
「えぇ?うそ?うそうそうそうそうそだぁ。いや!いあやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ミュリエルは大声で叫ぶ。叫ぶのは仕方がないと思う。だって燃えていたのは
「誰だね君たちは?我らの悲願を邪魔する君たちは誰だね?誰だ?誰だ?誰だ?女神を呼び我らを勇者に転生せしめる儀式の邪魔をする君たちは誰だね?」
一人の男がローブを脱いだ。スキンヘッドで顔から頭まですべてに入れ墨を入れている不気味な男だった。
「あんたがフィマフェングのボスだな?」
「そうだ。その通りだ。女神の忠実なる使徒であるフィマフェングのリーダー、カールハインツ・カールスがこの私だ。君たちは誰だね?」
カールスの目は常人のそれじゃない。反社だってこいつに比べればまだかわいげがある目をしてる。
「名乗る気にさえなれない。お前らのような下種になんか名乗りたくない」
「下種といったかね?我々が?むしろ我らは女神の忠実なる使徒だ。世界の果てを悪しき者どもから守ることを誓った勇者が我々だ」
「わかったわかった。お前らは何かのカルトなんだろう。お前らの教義なんざどうでもいい。赤ん坊を燃やして悦に浸るような奴らの言葉なんて聞く価値もない!!」
この儀式の詳細が何なのかわからない。だけど赤ん坊を山のように積んで燃やしてぶつくさ呪文を唱える連中は頭のいかれたカルトだ。これを放置してはいけない。今ここでこいつらを皆殺しにしなければならない。俺はライフルを男たちに向けて発砲した。
****作者のひとり言****
ヴァンちゃんが前回手のひらをくるりとした理由がお分かりだと思います。
ちなみにですが、ミュリエルがおっさんに救われた結果、代わりに儀式の犠牲になったのが赤ん坊たちです。
もうなにこのノワール。どこ行っても地獄しかねぇ。
では次回またお会いしましょう。
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