第6話 夏 燦燦

ついに夏休みに入った。

例年、特にすることはない。いつもより少し遅めに起きて、宿題を少しやって、あきたらテレビを付けたり、スマホをいじったり。

今年は、でも、何だか例年よりも通知が多い。……先輩は意外と連絡魔だったのだ。昨夜のうちに来ていた先輩のラインを無視した形になっていた。

「おい」

「おねむか?」

「起きたら電話よこせ」

との連投で、俺は少しドキドキしながら電話をタップした。

こんな気軽に電話とかしていいものなのか、というのはあまりに非リアな考えなのだろうか、とかしょうもないことを考えながら。


「……おはようございます」

「……ん、おはよ。……おまえ、朝早いな」

「そうっすか?もう七時っすよ」

「いつも何時に起きてるんだっけ」

「五時っす」

「おじいちゃんかよ」

「俺宿題朝やるタイプなんすよ」

「……へえ。だから夜連絡するとバブちゃんなわけね」

「ば、いや、眠いっすけど、その言い方は、その、」

「まあいいや。んじゃあ俺もお前に合わせようかな」

「え」

「おまえ五時とかに起きるんでしょ?俺そんな時間に起きたことないし。起きたら俺に電話かけて」

「は、……え?」

「ちゃんと毎朝な。忘れんなよ」

そのまま電話は切れた。夏休みはもっと遅くに起きるんすよ、とかえ、毎朝っすか、とかどうして俺なんすか、とかマジっすかとか、いろいろ言いたいことはあったのに、何も言えなかった。

それにまあ、せっかくの提案なわけだし。俺が先輩の日常に浸食できるんなら、まあ。

「……え?今……」

 ……ついでに自分の心情もよく分からない。


ぴこん、とラインの通知が鳴る。先輩からか、と飛びつくが、ただのクラスラインだった。八月の中盤の花火大会の誘いで、行く人を募集しているらしい。

俺は静かにスマホを伏せた。


                   *

「おはようございます」

コール音は案外短くて、電話の向こうで布がこすれる音が響いた。

「……おはよ」

いつもより低くて、かすれた先輩の声は新鮮で思わずたじろぐような、何というか色気を持っていた。そりゃあ女も落ちるな、とぼんやり考える。

「……何してんの」

「え……っと、麦茶取りに行こうかな、と」

「……ふーん」

あ、声音が低くなった。

「なんすか」

「寝起きいいんだ?」

「まあ、はい。……歯磨きもしましたし」

「……俺、起きたら電話しろって言わなかった?」

「……えー、っと」

「お前だけ俺の寝起き一声目聞けるのずるくない?」

「はあ」

「明日は起きたら即電話かけてこいよ」

「……っす」


先輩、結構束縛激しいタイプっすか、とは流石に自惚れすぎ、かな。










湿気が鬱陶しい夏がやってきた。

黒猫は段々懐いてきて、モーニングコールの了承は受けた。


あとは、大人しく起きたら即電話するようにしつければいい。


夏は長いのだから。




「…………欲が出るな」


惚れた方が負け、と言うのならばすでにもう負けているのかもしれない、が。

少年は頭を振った。

「真昼、か」


朝を共有できるのならば、昼も、なんて。

そんなことを考えて、金髪の少年はうっそり笑った。

 

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僕らの嫌いな話 巻貝雫 @makigaitown

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