第5話 夏休み前の話

「浜中ー、おはよう」

「おはよう、羽生」


今日も今日とて爽やかな学級委員長が登校してきた。


「お?おまえスマホ、リングなんてつけてた?」

「あー、うん、まあ」

 そう、今、俺のスマホには金色のリングが付けられている。確かに、便利なものだ。便利では、ある。が、……


隣の席のギャル野間と駄弁っていた相崎が加わる。

ゆるやかに巻かれた毛先が揺れて、淡く香水が香った。


「ねー、それあたしも思った。浜中って猫好きなんだ」

「うん、かわいいしいいんじゃん?」

「さすが女子、可愛いもんには目ざといな」

「……まあ、だよな」


このスマホリング、猫耳みたいな形をしているのだ。

別に、可愛いものが嫌なわけではない。ただ、普段なら決して買わないし、付けもしないデザインだ。スマホリングは目立つし、おっ、という目線をスマホを使う度に向けられているような気がして落ち着かない。

しかも、くれた相手が相手なわけで、思い出すと、こう、なんというか。


「あれ、浜中っち、顔赤くね?」

「う、うるさい」


照れる、のだ。


                 *

 そもそもこのリングは、先輩と映画に出かけた時に買われたものだ。

 羊葉子原作の映画は面白かったがその分ファンタジー要素が強くてどんなメタファーが隠されているのか分かったものではなかった。映画の後、先輩と自然に話の筋を確認する名目でカフェに入って、感想を話して盛り上がって。先輩は俺の考察も、だいぶ熱が入ってしっちゃかめっちゃかな話だったはずなのに、面白そうに聞いてくれた。

 先輩はシンプルなTシャツにジーンズで髪の色を除けばいかにも清潔感のある好青年って感じだった。行く先全てで視線をかっさらう天才だ。

「先輩、意外と私服、シンプルなんすね」

「ん?まあ、初回くらいお前に合わせようと思って」

「合わせてくださったんすね」

「……予想通りだな」

「なんすか、その顔」

「いや?……いいんじゃない、普通な感じで。」

「馬鹿にしてるっすよね、それ」

「そのままでいーの。今度俺がプロデュースしようか?」

「あ、じゃお願いします」

 私服うんぬんで次の約束が一つ出来てので、それからデパートをうろつくことになって。

スマートだな、と感心しつつ先輩がよく行く店やら、俺がよく見る雑貨屋とか本屋なんかを見てまわった。

先輩はどうやらその途中でスマホリングを買ったらしい。帰りがけに、

「スマホ出して」

と言われ、渡すと勝手につけられたのだ。

「え」

「これ、おそろいってことで。勝手に外すなよ」

「は、……あ」

「分かった?」

「は、はい」

「んじゃあな」


去る先輩のスマホケースにも猫耳のリングがついていて、先輩は意外と可愛いものも許容範囲なのか、とか色々思ったが、時間が経つと気恥ずかしさが募る。

先輩はどんな顔でスマホを持つのだろうか。

何でわざわざお揃いなんかくれるんだろう。でもまあ、あの学校でのつまらなそうな、別世界みたいな先輩のもとに俺とのお揃いがあるってのは悪くない、かもしれないな。


「なーににやにやしてんの、浜中っち」

「え!?」

「なに、驚いて。もしかしてほんとになんかある感じ?」

「い、いや、別に……」

とりあえずギャル二人は目ざといし、何というか。

こんなに人に囲まれたのは初めてだな、と思うと同時に、全部先輩のくれたこのスマホリングのおかげだと思うと、何だかにまにましてしまう、らしい。

まったく。くだらない話だ。


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