第2話 信奉──②

 とにかく今は、この人たちを逃がすことが先決だ。

 そうしないと、逃げることもできない。僕が。

 なるべくゼヘラの喋り方を意識し、ゆっくり口を開いた。



「我を殺すと言ったが……それは殺される覚悟があるということか?」

「魔帝を討つ。そう決めたときから、命なんて捨てている」



 命は大事にしなきゃダメだよ。そんな軽くないよ、命って。

 はぁ……どうやら、話し合いには応じてくれなさそうだ。


 それを隙と見たのか、剣士が僕に向かい、跳躍するように接近した……が。


 遅い……めっちゃ遅い。


 目算距離10メートル。それを助走もなく一歩で詰めるのは、かなりの芸当だ。普通の人間では、間違いなく真似できない。

 それを苦もなくやれてしまうあたり、この剣士は血を滲むような努力をしたのだろう。

 でも僕の目には、それらすべてがスローモーションに見えていた。


 これが魔族序列1位の動体視力……それに体も自由に動かせる。すごい世界だ。


 人生で初めて見る世界に、僕の魂は感動していた。

 でも今は、それどころじゃない。

 剣が僕の体に迫る。

 それを余裕を持って避けると、手に持っていた麻袋が斬られ、しまっていた白い服が宙を舞った。



「むっ、服……?」

「あ」



 やっべ、僕の家出荷物が……!

 宙を舞う服を、ルシアが受け止める。あぁ、幻滅される……!?

 だけどそれを見て……なぜかルシアは、薄ら笑いを浮かべた。



「なるほど、さすがはゼヘラ様です」



 え、何が? 何を納得したの?



「その昔、始まりの白と呼ばれる魔族が人間と戦う際、白に因んだ布を宙に放ったそうです。それが落ちるまでに相手を戦闘不能にし、空中でキャッチをした……そのような伝説があります」

「なるほどぉ〜。ゼヘラ様は人間の襲撃を察知していて、自らとの力の差を見せつけるために服を持っていたのねぇ〜。あぁ〜んっ、さすがゼヘラ様ぁ〜んっ」



 へえ〜、そうだったのか。知らなかった。

 え、他人事? 他人事だよぅっ!

 ルシアが僕へ服を手渡すと、否定もできず素直に受け取ってしまった。



「さあゼヘラ様。ゼヘラ様のご勇姿を、この場にいる者たちへ見せてやってくださいませ」

「この場……え」



 周りを見ると、50人近くの魔族が屋敷の前に集結していた。

 うっそ、いつの間に……!?

 全員キラキラした顔で、羨望の眼差しを向けてくる。

 こ……これはもう、逃げられる空気ではない。



「か、囲まれたぜ……!」

「どどど、どうしましょう……!」

「くっ……!」



 三人の冒険者も、冷や汗を流している。

 もちろん魔族たちは手出しをしようだなんて思っていない。みんな、僕の勇姿を見たいだけだ。



 え……えらいこっちゃ。ここで三人を逃がせば、ゼヘラとしての信用を失う。かといって殺せば、カレアとしての良心を失う。

 進むも退くも、何かを失う。


 だが、しかし……今の僕は魔族。ならいっそのこと、魔族の血に身を任せて……。


 悪魔の囁きが脳に響く。

 魔族になったからには、魔族の血と性を一生背負うことになる。

 しかもゼヘラは数千年を生きる魔族。そう易々と死ぬことはできない。自殺する勇気もない。

 ここで逃げて、無限に続く時間、姿を隠していける保証もない。

 なら……。



「あ、そうだ」

「「「ッ……!」」」



 思わず声が漏れてしまった。

 僕の呟きに、三人は身構える。



「そこの三人、逃げるつもりはないんだな」

「くどい!」

「そうか。もう一つ聞く。我を狙う人間は多いか?」

「ああ、全人類が狙っているぞ……!」



 全人類!?

 ま、マジか……とんでもない規模じゃん。

 はぁ……ならもう、やることは一つしかないじゃん。

 そっと嘆息し、少し高く服を放り投げる。

 直後、僕の視界のすべてが、スローモーションになった。

 ゆっくり動く三人に向かい、散歩をするように近付く。

 まず剣士の襟首を掴み、天高く思い切り放り投げる。

 続いて武闘家。続いて魔法使い。

 三連続同じ力、同じ方角に投げられた三人は……魔族たちの目にも止まらない超スピードで、視界から消えた。



「え……今ゼヘラ様、何をしたんだ?」

「わ、わからねぇ」

「いつの間にか人間が消えたぞ」

「だけどゼヘラ様が動いたってことは、何かしたっめことだよな……?」

「まさか、俺たちの動体視力を上回るスピードで人間を殺し、証拠すら消したってことか……!?」

「す、すごすぎる……!」

「はあぁ……ゼヘラ様、素敵……」



 僕の活躍に盛り上がる魔族たち。

 最後に、放り投げた服をキャッチすると、魔族たちは更に歓声をあげた。



「ゼヘラ様、さすがでございます。このルシア、余りの強さに改めて感服致しました」

「うむ」

「しかし、申し訳ありません、ゼヘラ様。なぜ人間たちを逃がすような真似を?」

「我が直接手を下すまでもないということだ。あの高さなら、落下の衝撃で死ぬだろう。死ななければ強くなり、また我を狙ってくる。その時おいしく調理するまでだ」



 実際は魔法使いがいるから、死ぬことはないと思う。そこはあの魔法使いの技量を信じるしかない。



「お、おぉ……! 下等な人間へ慈悲を与えるとは……さすがはゼヘラ様でございますっ」



 ルシアとルナが跪き、他の魔族たちも一斉に跪く。



「うむ。……屋敷へ戻る。ガルシア、ルナ、ついてこい」

「「はいっ」」



 二人を従え、ゼヘラは屋敷へ入る。

 心の中でため息をつき、ゆっくりと寝室へ向かった。


 さっきの剣士の言葉で、人間として生活は無理とわかった。逃げ出しても、この信奉具合いを見れば、いずれ配下たちに見つけ出される。

 となれば、やることは一つ。

 このまま魔族として生活して、なるべく普通の生活を送る……これしかない。


 正直ここの環境はら生まれ育った村とは比にならないくらい、いいものだ。

 すきま風の入ってこない建物。

 ふかふかのベッド。

 暖かく美味しい食事。

 そして……自分を慕う配下と、美女たち。

 改めて考えると、天国のような環境だ。


 決めた。僕はここで、普通の生活を手に入れる……!


 ゼヘラの心は、決まった。


 ────────────────────


 ここまでお読みくださり、ありがとうございます!

 ブクマやコメント、評価(星)、レビューをくださるともっと頑張れますっ!

 よろしくお願いします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る