第2話 信奉──①
「冒険者……」
僕が生活していた村にも、何人かいたっけ。
人類の未到達の地域を探索したり、実害を与える魔物を倒したり、中には魔族を倒して賃金を得る。それが冒険者。
記憶によると、毎日ではないけど、頻繁にゼヘラの命を狙ってくるらしい。
すべての対処は、部下に任せているみたいだ。
へで、ゼヘラも大変だなぁ。命を狙われるなんて、僕には到底……到底……?
…………。
……………………。
「あれ? これ、今の僕?」
ワォ。気付いてしまった新事実。
そう。今後狙われるのはゼヘラであってゼヘラでない。
そこで僕のくだす判断とは。
「よし、逃げよう」
逃げ、一択であった。
当たり前でしょ? 肉体は魔族序列1位だけど、魂と精神は人間……しかも人間の中でも、枯れ枝と揶揄されるほど弱い人間だったんだ、僕は。
フィジカルが強くても、メンタルがついていかない。
そんな状況で冒険者と戦うなんて、絶対無理。無理寄りの無理。
慌てて立ち上がり、逃げるための準備をする。
「えっと、とにかく着替えを……!」
食料はどうとでもなるだろう。服も最低限のものを麻袋に入れたらいい。
あとは見た目だが、ここはゼヘラの屋敷の中。今はこのままでいて、屋敷から離れたら変身魔法を使えばいい。魔法の使い方はわかる。
あとはいかにしてバレずに屋敷を出るかだ。
……正面から堂々と出ていき、命令で誰にも着いてこさせない。そうすれば……いけるっ。……いけるかな……?
ゼヘラを信じて従ってくれる従者には、なんとなく申し訳ないが……それでも僕は、普通の生活を送りたい。
さっき会ったばかりの魔族たちのために、命を張る義理も覚悟もないのだ。
適当に服を詰めた麻袋を手に、堂々と部屋を出て屋敷の玄関に向かう。
道中すれ違う従者たちに頭を下げられ、とりあえず一人一人に労いの言葉を掛けた。
もう会うことはないだろうから、せめてもの挨拶として。
と……その時。前から人影がこっちへ歩いてきた。
紫紺色のロングヘアーに、褐色の肌。スリットの入ったドレスを着た女性型の魔族。
魔族序列10位、ルナである。
「あらぁ? ゼヘラ様ぁん。どこ行くのぉ〜?」
「いや、少しその辺を散歩しようかと……」
「えぇ〜? そんなつまんないことしてないで、久々に私とお部屋で気持ちいいことしましょうよ〜」
「やっぱりお前とも……」
「え?」
「な、なんでもない」
ルナと
呆れていると、僕の腕に抱きつき、たわわな胸を押し付けるルナ。
さすがに体を押し退けようとし……思いついた。
いや待てよ? 相手は魔族でも、超ド級の美人。体と記憶は覚えていても、僕自身に経験はない……むしろ今──童貞を捨てられるチャンスなのでは……!?
ごくりと生唾を飲む。
逃げるのは……いつでもできる。多分。
でも今逃げたら、童貞を捨てるチャンスは、次いつ訪れるかわかったもんじゃない。
逃げるか、ヤるか。
……クズの発想だな、これは。
僕は立ち止まって思考の海に浸かっていると……後ろから、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「何をしているのかしら、ルナ?」
「げっ、ルシア……!」
え? あ、ルシア。
振り向くと、ルシアは冷たい目でルナを睨みつけていた。この子、こんな顔もできるのか。
つかつかと近寄ってきたルシアは、ルナとは反対側の腕に抱きつく。
白いモヤで局部を隠しているだけだからか、肘に当たる感触が生々しい。というかマジ全裸。
やば、これ。脳が沸騰しそう。
「ゼヘラ様の伽お相手は、私一人で十分です。あなたはさっさと消えなさい」
「こーわーいー。今日は私が相手するからぁ、ルシアの方が消えればぁ?」
バチバチに睨み合い、僕の腕を離さない。
僕を取り合っている美女が二人……なんだろう、すごく満たされる。
今まで女性には縁もゆかりもなかった人生だったからかな……すごく、潤う。
「離れろ。今は散歩したい気分なのだ」
「かしこまりました」
「はぁ〜い」
僕の言葉に、二人は素直に離れた。
今はチャンスを棒に振ることになっても……いずれまた、脱童貞のチャンスは来る。来るはず。来たらいいな。
そのことを願い、玄関から外へ出た。
──直後、森の奥から獣の雄叫びが聞こえ、広大な森へと響き渡る。
腹の底に直接響く雄叫び。これは……魔物の中でも凶暴として知られる、エビルウルフだ。
「あらぁ〜。怒ってるわねぇ〜」
「え?」
「ゼヘラ様、冒険者のようです」
「は?」
このタイミングで冒険者が来るなんて聞いてない。運悪すぎだろう。恨むぞ神様。
「だが、森の魔物が相手をするなら、問題はないだろう」
「並の冒険者なら大丈夫ですね。ですが……この気配、並ではありません」
嘘やん。
でもルシアの言う通り、遠くからものすごいスピードで気配が近付いてくる。
うわ、はっや。道中の魔物じゃ、相手にならないレベルだ。
屋敷内に逃げようか、足踏みしていると──三人組の男女が、姿を現した。
剣を携えている男。鉤爪のついたガントレットをはめている男。そして、魔法使いの女。
間違いなく、
剣士の男がゼヘラを睨み付けると、剣を向けてきた。
ひぇっ、怖っ。人にそんなもの向けるなってお母さんに習わなかったのか。
「お前が魔帝ゼヘラか」
「……いかにも。我に何用だ」
「お前を殺す」
うん、知ってた。ここまで来てそれ以外の目的なわけがない。茶を飲みに来たわけじゃあるまいし。
ゼヘラの眼力が、無意識のうちに三人の戦闘力を瞬時に見極める。
うーむ……カレア感覚からしたら、かなり強い。
だけど、ゼヘラ感覚からしたら……弱いな。この屋敷にいる誰より。
そもそも人間と魔族では、生物として大きく違う。
姿形は人間に似ていても、身体能力や魔法力など、全て人間より魔族が勝っているのだ。
この屋敷に仕えている魔族は、序列100位以内にいる化け物たち。
万が一にも負けるはずがなかった。
このままやり合うと、この人たちは間違いなく死んじゃうよなぁ……元人間として、それだけは避けたい。
どうしようか悩んでいると、後ろに控えていたルシアとルナが憤怒の形相で前に出た。
憤怒というか、もはや悪魔と言っていい。人様にはお見せできない顔だ。
「貴様らァ! 下等種族の分際でェ! ゼヘラ様に剣を向けるとはいい度胸じゃねぇかァ!?!?」
「とりあえず……ひき肉とミンチ、どちらがお好みですか?」
「待て待て待て待て」
魔族だから血の気が多いにしても、問答無用で喧嘩を売るのはいただけない。
二人の肩を優しく叩いて後ろへ下がらせると、僕が前に出た。
さて、どう交渉したものか。
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