第1話 転生──③
ガウンから上等な服に着替えた僕は、屋敷の屋上へと上がって来ていた。
階段でかなり昇ったけど、まったく疲れない。カレアの体だったら、恐らく最初の最初でへばってただろうね。
これも、魔族の体に転生した恩恵、かな。
頂上からバルコニーに出て、周囲を見渡す。
見渡す限りの深い大森林。
記憶によると、ここはゼヘラ山の山頂に建っている屋敷で、元は人間の貴族が建てた別荘らしい。
それを数百年前に奪い、住んでいる、と。
ゼヘラ山……ゼヘラには悪いけど、ダサい。さすがの僕も、それはダサいとわかる。
そっとため息をつき、眼下に広がる森を見つめてルシアへ話しかけた。
「さっきの人間たちは、逃げられたと思うか?」
「全滅でしょう」
「だよな」
…………。
「え、無理なの?」
「はい。森の中には、ゼヘラ軍が使役している強力な魔物が数千体ほどいますから」
「……あ」
確かに、記憶にある。やべ、マジだ。
思い出そうとしないと思い出せない仕組みに頭を抱えていると、森の中から悲鳴が聞こえてきた。
「助けた方がいいな……?」
「え? ゼヘラ様は、逃げられないと知りつつ逃がしたのでは? てっきり余興かと……?」
「そそそそそうだ。そうに決まっているだろう。我を疑うのか、ルシア」
「滅相もございません。我らはゼヘラ様の忠実なる下僕ですゆえ」
ルシアは胸に手を当て、お辞儀をする。
この扱いにも慣れないなぁ。なんと言っても、まだこの肉体になって一時間も経ってないからね。
はぁ……ごめんね、人間のみんな。僕が知らなかったばっかりに……。
心の中で謝罪をするけど……正直、そこまで罪悪感はなかった。
これも、ゼヘラの精神に引っ張られてるから……なのかな。
さて、これからどうしよう。
普通に生活したいとは思ってるけど、ここで下手に動くのは得策じゃないだろう。
今は様子を見る……しかないか。
襲われている人間たちの断末魔をなるべく耳に入れず、ゼヘラは屋敷の中へ戻っていった。
「我はしばし休む。ルシア、誰も部屋に近づけるでないぞ」
「承知致しました」
ルシアに背を向け、僕は自室へと脚を運んだ。
誰もいないことを確認。魔族の気配も、部屋の近くには感じられない。完全に僕一人だ。
僕はベッドに体を投げ出すと、枕に頭を埋めた。
「…………」
…………。
………………。
……………………。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
〜〜〜〜ッ……! はぁ、少しスッキリ。
とった行動としては間違いない。むしろ、よく今まで我慢したと言っていい。よくやった、僕。
人智を超えた大絶叫のせいで、部屋の壁や天井にヒビが入った。けど、それも一瞬で修復された。
どうやらゼヘラの魔法によって、屋敷には破壊不能の魔法と、自己修復魔法が掛けられているらしい。
そんな屋敷に声だけでヒビを入れるゼヘラの声帯。とんでもないな。
ぜぇ、はぁと息を荒らげて、大量の汗を流す。
と──ルシアの気配が近付いてきた。やべ、やりすぎたかも。
さすがにあの大絶叫を聞いていてもたってもいられなかったのか、ルシアがものすごい勢いで飛び込んできた。
「ゼヘラ様、ご無事ですか!? 今の絶叫は!? 賊ですか!?」
「ち、違う。なんでもない。ただスッキリしたかっただけだ」
「左様ですか……? ……はっ。し、失礼致しましたっ! ご命令に逆らい、部屋に入ってしまい……!」
「ゆ、許す。許すから下がっていろ」
「は、はい。失礼します」
ルシアが部屋を出たのを見送り、ゼヘラはベッドの縁へ腰を掛けた。
頭を抱え、とにかく思ったことを吐き出す。
「はぁ……どうしてこうなった」
転生については理解した。これが現実なのもわかる。
目を逸らそうとしても、ゼヘラの肉体と記憶と知識が「現実を受け入れろ」と言ってくる。
多分、僕の魂が呼ばれたのは偶然だろう。同じ時に死んだ魂だったら、誰でもよかったはずだ。
どうして僕が……なんて自問自答は、無駄だろう。
なら、この先どうするかだ。
落ち着け。落ち着け、僕。まずはゼヘラの記憶から、日頃何をしているかを思い出すんだ。
ゼヘラは眉間を指で抑え、記憶の掘り起こしに集中する。
起床後……ルシアと一発ヤる。
「ふんっ!」
──ゴスッ!!
唐突に部屋の壁を頭突きをかました。もちろん頭に痛みはない。壁も崩壊したが、直ぐに元に戻った。
「毎日ではないみたいだけど……待て待て、落ち着け僕。とりあえずそれは無視しよう」
頭を振り、再度記憶に没頭する。
朝食を食べながら、人間の裸踊りを見る。
その後、人間とヤる。
「ふんぬっ!!」
──ゴスッ!!!!
さっきより強く壁に頭をぶつける。まったく痛くはないが。
余りの生々しい記憶に、普通に興奮してきた。
その後は昼寝。飼っている魔物の飼育。部下の体調管理やメンタル管理。鍛錬、と……領地経営と管理に関しては、部下に一任しているっぽい。
「……意外とまともなこともしてるんだ」
カレア時代に聞いていた魔族の話は、とにかく残虐非道で仲間にも容赦なく、破壊と破滅を振りまくものとして語られていた。
魔族序列1位ということは、その最たるものだと思っていたけど……ゼヘラは、仲間思いの魔族だったらしい。
だからルシアも、ジェドも、他の魔族たちも。僕に恐怖の念を抱いていなかったんだ。
「……ん?」
記憶の中から、気になるものが出てきた。
これは──ゼヘラの命を狙って屋敷へやってきた冒険者の、殺戮だ。
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