第1話 転生──②

 屋敷の中を歩くこと数分。

 ルシアが綺麗な細工が施された扉を開くと、中から香ばしい香りが漂ってきた。

 匂いだけで、急にお腹が空いてきた。ごくり。


 中に入ると、朝から誕生日パーティーかと錯覚するほど、料理が並んでいる。壁際には、身なりを整えた従者のような魔族が控えていた。

 毎朝の記憶通りの光景だけも、思わず呆然としてしまった。

 料理の数も。部屋の広さも。従者の人数も……すごい。すごいしか、言えない。



「ゼヘラ様、こちらへ」

「あ、うん……」



 ルシアに促され、席へと座る。

 広大な机に広がる料理。だがテーブルに席は1つしかなく、ゼヘラだけが座っている。


 まさかこれ、僕だけに用意されたもの……?


 周りからの視線……は感じない。

 従者たちは僕や料理には視線を向けず、ただ真っ直ぐに虚空を見つめて立っているだけだ。


 うぅん……居心地が悪い。でも、食欲をそそる匂いには勝てないのは、生物の本能だろうか。

 手は……合わせない方がいいかな。記憶の中のゼヘラは、そういうのしてないみたいみたいだし。

 一応、心の中で手を合わせ、近くの肉にかぶりつく。



「! ……うまい」

「なんと……! 今のお言葉、料理長も喜ぶでしょう……!」



 思わずこぼれた言葉に、ルシアは胸に手を当てて頭を下げた。

 いや、本当。お世辞抜きにうまい。

 食べたことがないほど旨みの強い肉。それなのに柔らかく、食べ応えがある。

 じゃあこっちのスープは?

 スープを口に含むと、芳醇で奥深い味が口いっぱいに広がり、鼻から抜ける香りがなお美味しい。

 こんなものを毎日食べてたのか、ゼヘラは。僕なんか、その日生きていくのも大変だったってのに。


 あれもこれもと手を伸ばしていると、ルシアが不意に指を弾いた。

 部屋に響く反射音。

 直後、部屋の左右が開き、10人以上の女性が現れた。

 多分、人間……かな。見た目も異形ではないし、気配も魔族ではない。

 が、別の意味で目を見張った。


 ──全員、全裸だった。



「ぶっ!?」

「ぜ、ゼヘラ様っ、大丈夫ですか……!?」

「だ、大丈夫ッ。あ、あれは……?」

「何って……毎朝ご覧になられている、奴隷の裸踊りですが」



 奴隷!? 今、奴隷って言った!?

 なんてことだ……奴隷制度なんて、何十年も昔に廃止になったって聞いてたんだけど。

 けどそれは、人間の中での話。

 今、ゼヘラは人間じゃない。魔族だ。

 つまり魔族の中では、人間を奴隷にする常識があるということ。

 あまりのギャップに、頭がクラクラしてきた。

 とにかくやめさせないと。目の毒すぎる。

 記憶を頼りに、なるべくゼヘラっぽい喋り方を思い出し……。



「やめろ」



 重厚で、圧を撒くように言葉を発する。

 たった一言で従者たちは跪き、それに遅れて人間の女性たちも跪いた。

 おお、ちょっと爽快……?

 だがしかし、ルシアだけが心配そうにゼヘラへと寄り添い、そっと手を包み込んだ。



「ゼヘラ様、如何されましたか? やはり、どこかご気分が……?」

「えー、あー……きょ、興が冷めた。この屋敷にいる人間たちを今すぐ、屋敷の前へ集めろ。全員だ」

「畏まりました」



 ルシアの指示で、裸踊りをしていた人間。そして屋敷中にいる人間全員が、屋敷の前に集まった。

 その数、実に数百人。全員女性で、ほぼ全裸。圧巻卑猥すぎる。

 僕は捕まっていた人間たちの前に立つと、軽く咳払いをした。

 これから何をされるのかわかっていない女性たちは、青白い顔で僕を見てくる。

 あの、せめて大事な場所は隠してほしい。目のやり場に困る。

 できるかぎり女性たちの体には目をやらず、虚空を見つめるように口を開いた。



「あー……貴様らにもう用はない。解放してやるから、故郷へ帰るなり好きにするといい」



 思いもよらない言葉に、女性たちはザワついた。

 従者たちも不思議そうな顔をしているが、唯一ルシアだけは微笑みを絶やしていない。



「ルシア」

「はい、ゼヘラ様」



 僕の意図を汲み取ったガルシアが、指を弾く。

 すると、女性たちの手足に着いていた鎖や鉄球が砕け散った。



「行け。次はない」

「「「「「は、はい……!」」」」」



 女性たちは自分たちが全裸だということを忘れ、森の中へ散り散りになっていった。

 どっと疲れた。なぜこんなことに。

 そう思っていると、その場にいた一人が前に出た。

 確かこの人は……魔族序列18位。異形の顔に異形の腕、人の体と足を持つ魔族、アガレスである。



「ゼヘラ様、ご質問をお許しくださいませ」

「許す」

「ありがとうございます。……なぜ、人間を解放したのですか?」



 う。やっぱり聞かれるよね……。



「そ、それはだな──」

「アガレス。あなたは考えが足りないのです」

「え」



 言い訳を考えていると、ルシアは知ったような顔で解説し始めた。



「ゼヘラ様はおっしゃいました。貴様らに用はないと。……それはつまり、我ら上位種族である魔族には、劣等種族である人間の力はいらないということなのです。人間の奴隷の力などいらない……そう、ゼヘラ様は人間を解放することで、魔族こそが至高の存在だと指し示したのです!」



 へぇ、そうなんだ。知らなかった。

 ルシアの言葉に感動したのか、アガレスや他の従者たちは震え上がっていた。

 唯一ついていけていないのは、当の本人だけである。



「おぉ……! さすが我が君。そこまでお考えでしたとは。このアガレス、感服いたしました……!」

「う、うん。まあ……そういうことだ」



 まったくもって思っていないが、とりあえず胸を張っておく。もう何がなにやら。

 頭が痛い。まだ起きて数十分なのに、もうどっと疲れが……とりあえずまだガウンだから、着替えよう。

 自室に戻り、肩の力を抜く。もう人の目もないから、二度寝でも……。



「ゼヘラ様。お着替えをお手伝い致します」

「うん、お願……は?」



 え、ルシア? いつの間に背後に……!?

 ルシアは自然と僕の前に回り込むと、躊躇なくガウンの紐に手を伸ばし……って!?



「るるるるルシアっ、何を……!?」

「如何されましたか? いつもお手伝いをしているではありませんか」

「そっ……そうだったな……」



 そうだけど、そうじゃない。今の僕は、ゼヘラであってゼヘラじゃないんだ。

 ゼヘラの転生魔法によって転生させられた人間……魂は、カレアそのものなんだよ。

 肉体としてはルシアの体を隅々まで知っている記憶があっても、魂は純潔清らか童貞のまま。

 だから裸体を見られるのに抵抗がある。というか普通に恥ずかしい。



「……ゼヘラ様。今朝からご様子がおかしいですが、如何されたのですか?」

「そそそそそそう? ぼ……わ、我はいつも絶好調だぞ。絶好調以外のナニモノでもない」



 明らかに絶好調とはほど遠いが。

 ルシアは一瞬不審そうに目付きを鋭くして、僕を睨めつける。ひえ、怖い。怖すぎて目を逸らせない。

 ど、どう言い訳しよう……。

 なんて考えていると、直ぐに顔色を青白くして土下座するように頭を下げた。



「も、申し訳ありません、ゼヘラ様ッ。私如きが、我が君を疑うような真似を……!」

「よ、良い、許す。というか、この程度のことで一々頭を下げるな。目障りだ」

「ハッ……!」



 ルシアが頭を下げている間に、ゼヘラはクローゼットから服を取り出して急いで着替えた。


 うーむ……これで良かったんだろうか。多分、ゼヘラならこんな感じで言ったと思うけど。


 今は亡きゼヘラは、記憶の中にしかない。

 転生前の僕は、こうして敬われることはなかった。当たり前だけど。

 少し気持ちいいと思う反面……フツフツと、ある気持ちが湧き上がってきた。


 どうしよう……普通に生活したい。


 少しだけ、君の気持ちがわかるよ、ゼヘラ。


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