最強の魔族に転生したのは、臆病者の村人でした。

赤金武蔵

第1話 転生──①

 人生思いがけないことの連続だ。その連続が人生に起伏を与え、豊かにする。

 昔の人はそう言ったらしい。──が。



「……これは予想外すぎる……」



 目の前にある巨大な鏡。

 そこに映っている姿を見て、僕は愕然としていた。

 腰まで長い漆黒の髪に、まじまじと見るのもはばかれるほどの凶悪な悪人面。頭の横に生えている禍々しい角。ガウンの袖から見える、筋肉が隆起している腕。すべてを八つ裂きにしそうな爪。

 手を握って開き、頬に触れてみる。

 思うように動かせるし、頬を触る感触もある。完全に、僕がこの人物の体を操っていた。



「え、何これ?」



 声も、知っている声ではない。自分で言うのもなんだが、もっとなよなよっとした声だったはずだ。

 それに、僕の記憶が正しければ、普通の村人だったような……。

 名前はカレア。非力で、村のお荷物とさえ呼ばれていた。

 角もなければ爪もない。ましてやこんな筋骨隆々でもない。どちらかと言えば枯れ木と呼ばれるほど、村の人たちから疎まれていた。

 なのだが……この姿はどう見ても、ひ弱とか非力という言葉とは正反対に位置する見た目。それどころか、人間ですらない。


 明らかに人類の敵──魔族だった。



「いやいやいや。さすがに夢でしょう、こんなの」



 HAHAHA、と枯れた笑うが零れる。

 そうだ。夢に違いない。なぜって、ちゃんと寝た記憶が……あれ? ちゃんと寝たよね、僕……?



「……あ、いや……違う。寝てない」



 そう言えば僕は、行商用の馬車で別の村に向かっていた。

 居眠りをせず、他の村人と少ない言葉で会話をして……突然、馬車が大きく揺れたんだ。

 そこで記憶は途切れている……と。



「いったい、どうなってるんだ……?」



 着ているガウンを脱ぐと、腕だけではなく体全体が筋肉の鎧で覆われていた。村一番の力持ちと言われていたいじめっ子も、ここまで筋肉はない。

 それに、全身に入っている、炎のような痣。これは魔族特有の痣だ。なんでこんな痣があるのかはわからないが、魔族にはこのような痣があるらしい。


 そして……もっと下。見慣れていた小指サイズの息子は、引くほどのモノへと変貌していた。



「でっか、こっわ……!」



 意味がわからなかったからとりあえずガウンで隠し、鏡から離れ、部屋の中を見渡す。

 見たことがないほど豪勢な作りの部屋に、ふかふかのカーペット。それだけじゃなく、大量の本が書架に並べられている。



「夢……にしては、リアルすぎるよね……」



 書架から一冊の本を取り出し、開く。

 見たこともない文字に、図形と絵画。なんて書いてあるんだろう?

 首を傾げていると……突然、頭の中にはスラスラと内容が入ってきた。

 間違いなくこれは、魔族の歴史に関する本だ。けどなんで、僕はこの文字や図形が読めるんだ……?



「これは……どういうことだろう……?」



 さまざまな本を取り出しては開き、取り出しては開く。

 どれもこれも簡単に読めるし、理解できる。

 それだけじゃない。なぜかものの数分で、複数の本をすべて記憶できた。

 ……違う。元から知っていたかのように、思い出したといった方がいいかもしれない。



「……ん?」



 なんだろう。机の上に手紙がある。

 本の文字と同じ、見たことのない文字だ。でも……読める。読めてしまう。



『貴様がこの手紙を読んでいるとき、我は既に死んでいるだろう。

 我が名はゼヘラ。貴様が宿っているその肉体の、元の真名だ。

 そして貴様は、我が魔法に寄って呼び寄せた外部の魂。言わば転生魔法だ。貴様が魔族か、人間かは定かではないが、混乱している貴様のためここに手記を残す』

「……はい? 転生魔法……?」



 魔法の存在は知っている。魔力を元に発揮される超常の力で、何かの法則に則って行使されるものだ。人間でも、限られた人間にしか使えない高度なものだと聞いたことがある。

 もちろん、僕は魔法のまの字も知らない。

 知らないはずなのだが……なぜだか、頭に魔法に関しての知識が湯水のように溢れてきた。



『我は数千年を生きる魔族なり。しかし、生きることに疲れてしまった。

 奪い、殺し、食い、犯し。全てに疲れ果てた。もうこの人生を終わらせたい。

 だが、我の存在は魔族にとって必要不可欠……そこで、死に逝く我の肉体に別の魂を入れることを考えた。この世にいる同じ時に死んだ者……それが、貴様だ』



 と、ひとつの文に止まった。

 この世にいる同じ時に死んだ者。ということは、僕のもとの体は……。



「し、死んだ……? 僕が……?」



 にわかには信じられない。でも、信じるしかない。僕の魂が、これは本当のことだと言っている。

 これが現実だとしたら、僕はゼヘラという魔族に転生した……否、転生させられたのだ。



『転生魔法については、我が死んだ時に記憶から抹消する。

 次なるゼヘラよ。我の勝手を許してくれ──』



 そこで手紙の文は終わった。

 ……勝手だ……勝手すぎる。

 すると、手紙は火種もないのに燃え上がり、一瞬で灰になってしまった。

 これで、この事実を知るものは僕一人になってしまった。



「……どうしてこうなった」



 こんなこと、誰に説明すればいい。どうしたら信じてもらえる。

 いや、そもそもこんな場所で、僕の味方なんているのか……?

 心配と不安で押し潰されそうになった……その時。部屋の扉が、控えめにノックされた。



「は、はひっ……!?」

「失礼致します、ゼヘラ様」



 くぐもった声とともに巨大な扉が開き、一人の女性が入ってきた。

 ……綺麗、だ。いや、美しすぎる。まるで美の結晶のような女性だ。

 白銀のショートヘアーに、緋色の瞳。

 性欲をそそる肉付きのいい体は、驚くほど布面積の少ない下着だけ。

 ……いや、あれは下着じゃない。青白いモヤのようなもので隠されている。たぶん、魔法によるものだろう。

 それに……僕の中にあるゼヘラの記憶が、彼女のことを思い出させた。



「る、ルシア……?」

「おはようございます、ゼヘラ様」



 ルシアはゼヘラの前に跪き、深々と頭を下げた。

 困惑。圧倒的、困惑。今まで誰にも頭を下げられたことのなかった人生だったから、こんなことされると困る。

 記憶を頼りに、ルシアのことを思い出す。

 ガルシア。魔族序列8位。年齢は4530歳。ゼヘラの部下にして右腕。夜のパートナー。

 夜のパートナー……パートナー!?

 と、また別の記憶がよみがえってきた。

 付き合っているわけでも、結婚しているわけでもないのに、ゼヘラに何度も抱かれるルシアの記憶が……って、こんなの思い出すんじゃない! ど、童貞の僕には刺激が強すぎる……!


 頭を振って、別の気になる情報に意識を集中した。



「……魔族序列……?」



 これはなんだろうか。魔族に序列があるなんて、聞いたことがない。カレアだった頃は、世間の情報には疎かったからかもしれないが。



「……ゼヘラ様、どうかされましたか? やはり、昨晩何か思い詰めていたことが原因で……?」

「い、いや、なんでもない」

「左様ですか? お食事の準備ができております。こちらへ」



 ルシアが前を歩き、ついて行く。

 巨大な屋敷……いや、城だろうか。窓から見える眺めからして、かなり巨大な建物らしい。

 ゼヘラは朝日を浴びつつ、さっきの頭に浮かんだ言葉を思い出していた。

 魔族序列8位。これはいったいどれだけの地位なのだろうか。

 更に深く記憶を手繰り寄せる。

 ……出てきた。魔族序列を一覧にしたリストだ。

 その数、約333万人。100年に1度、序列が入れ替わるらしい。

 魔族序列8位ということは、333万人中8位ということ。とんでもない強さだ。



(じゃあ僕は……?)



 ルシアの主人ということは、それより上のはず。

 そう思い、リストを順に確認していくと……いた。いや、順に確認することもなく、見つかった。

 ゼヘラ。魔族序列──1位。


 どうやら僕の転生体は……とんでもない、化け物らしい。


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