四十五話 女の決闘

 戌族(じゅつぞく)と私たちの睨み合いの中。


「あの棒きれ持ったサル女を抑えろ。邪魔だ」


覇聖鳳(はせお)が横にいる邸瑠魅(てるみ)に言った。


「任せときな。決着をつけてやるよ」


 長弓を槍に持ち替えた邸瑠魅が、騎馬のまま翔霏(しょうひ)の前に進み出てきた。


「さあさあこの邸瑠魅さんが下品なサル女を退治するよ! 邪魔をしないでしっかり見ておきな!」


 邸瑠魅が名乗りを上げながら仲間の兵を脇に散らして、広い空間を作る。

 翔霏はいつもと同じ無表情で、手持ちの棍に歪みや亀裂がないかを確認していた。


「あんた、神台邑(じんだいむら)の翔霏って言ったっけね。馬は持ってないのかい? それとも乗れないのかい?」


 嘲るように放たれた邸瑠魅の言葉。

 せっかくの一騎打ちなら、騎馬同士で戦いたいとでも思っているのか。

 邸瑠魅は馬上にあって鐙(あぶみ)、馬に乗るための姿勢保持の足場をつけていない。

 よっぽど馬の扱いに慣れているんだろう。

 混乱した戦場にあって、鐙の紐が足に絡まることを嫌ってのことかもしれない。

 翔霏は邸瑠魅の言葉を、全く意にも介さずに。


「麗央那(れおな)、塀が今にも崩れそうだぞ。本当に大丈夫なのか?」


 目の前に立つ片目の女戦士よりも、後宮のことを心配してくれている。


「うん、気にしないで、思う存分やっちゃって」

「わかった」


 私の確認を取った翔霏は、ダン、と強く足を前に踏み、構えに力を入れて。


「一つ目のメス狗(いぬ)一匹か。まとめて来た方が手間が省けるんだが」


 お前なんかまるで眼中にない、という顔で、脇見をしながら言ってのけた。

 翔霏は一騎打ちという形式を信用していないのだろう。

 いつなんどき、他の兵が襲って来てもいいように、周囲への警戒を怠ることがない。


「コイツ! 舐めてんじゃないよーッ!!」


 大いにプライドを傷つけられた邸瑠魅が、鬼の形相で突進する。

 駆け抜けざまに槍の一振りを翔霏にお見舞いしようとするも。


「ほっ」


 くるりんと風車のように美しい側宙で、翔霏は槍の攻撃を難なく躱す。

 鮮やかに着地したその勢いのまま、まるで世界のホームラン王のような見事な片足立ちスイングで、したたかに馬の軸足の関節をブッ叩いた。

 バギィン! と嫌な音が鳴り。


「ブヒヒーーーン!!」


 邸瑠魅の乗っていた馬は大いに体勢を崩し、地面に倒れ込んだ。

 翔霏は戦闘中でもどこに注目しているのかわかりにくいので、邸瑠魅もまさか馬が狙われるとは思っていなかったのだろう。

 可哀想に、あの馬は骨が折れたか。

 競走馬なら予後不良の安楽死で、居酒屋の馬刺しに成り果てるところだ。

 知ってる? 馬の膝に見える関節は、実は足首なんだよ?


「ちぃッ!!」


 かろうじて、馬体の下敷きにならずに済んだ邸瑠魅が、槍を構え直そうとする。

 鐙がないことが幸いした形になるな。

 しかし、邸瑠魅には別の不幸が待っていた。


「ふんッ」


 翔霏が槍の柄を左足で踏んで邸瑠魅の動きを封じ、右足で顔面に膝蹴りを叩きこんだ。

 プロレスで見たことあるような、華麗ながらも烈しい挙動の、鋭く重い踏み込み膝蹴りだった。

 モゴッと鈍くて嫌な音が鳴る。


「ぶっぐ!」


 槍から手を放して後方に吹っ飛び、尻餅をつく邸瑠魅。

 馬も得物(ぶき)も失ったのだから、勝負ありだろうと私は思ったけど。


「……ち、ちっくしょう! 殺す! 絶対に殺してやる!」


 鼻柱を折られてボタボタと大量に血を吹きながら、邸瑠魅は腰に帯びた小ぶりな剣を抜いた。

 邸瑠魅がピンチだというのに、覇聖鳳は表情を変えず、助けにも出て来ない。

 塀を壊すための破壊活動を仲間に指示して、連続的な爆発音、衝撃音が周囲にこだましている。


「前は仲間を守るのに夢中だったからな。まさかいい勝負になるとでも思っていたのか?」


 挑発のつもりではない、翔霏の、おそらくは正直な感想。

 それが余計に邸瑠魅の怒りを呼ぶ。

 翔霏は無表情で相手をバチクソ煽り倒すから、余計に神経を逆撫でさせるんだろうなあ。


「調子に乗んな、このサル女がーーーーッ!!」


 咆哮を上げて邸瑠魅が翔霏に立ち向かおうとする、その間を置かずして。


「ぐぎゃんッ!?」


 翔霏が地面からいつの間にか左手に拾っていた、握りこぶし大の瓦礫を思いっきり、邸瑠魅の顔面に投げつけた。

 あれ、翔霏ってば地味に両手利きなのかな。

 左構えでも右構えでも、全く遜色ない動きをさっきからしてるぞ。


「良い所に当たったな」


 眼帯をしていない方の眼に瓦礫は直撃し、邸瑠魅の視界はほぼ完全に奪われた。

 翔霏は投打の二刀流もイケるらしい。

 生まれる場所が違えば年俸数十億円を稼ぐ名選手になっていたことだろう。


「ふ、ふざけやがって! 勝負の最中に、ガキみたいに石なんか投げてきやがって!?」


 邸瑠魅の言葉は、悔しさと同時に、混乱の感情を滲ませていた。

 おそらく邸瑠魅は、武人としてある意味「美しく、誇り高く」闘って、決着をつけたかったのだろう。

 武士が名乗りを上げて一騎打ちをする以上、卑怯なマネはしない、という感覚が戌族にもあるのだな。


「これだけ痛めつけているのに元気な奴だ。そこだけは褒めてやる」


 けれど軍人でも戦士でもない、小さな邑の民として怪魔を狩って生きてきた翔霏。

 彼女にとって、戦いは美しいものでも誇り高いものでもない。

 単なる生存のいち手段、生活の一部、日々の作業でしかないのだ。

 だから武器や蹴り技を使う延長で、馬の足だって容赦なくぶん殴るし、石だって躊躇なく投げる。

 そもそも翔霏は目の前の障害を蹴散らしているだけで、勝負や技比べをしてるつもりなんて、微塵もないのだ。

 路傍の石を蹴るのも、藪の草木をナタで払うのも、怪魔や邸瑠魅と戦うことも。

 翔霏にとっては全く同質の、延長上の行為でしかない。


「お、奥方を助けろ! 死なせちゃならねえ!」

「囲んで一斉に襲い掛かれ!」


 邸瑠魅が殺されそうになると危ぶんだ周りの仲間たちが、加勢して翔霏を襲い始めた。


「結局こうなるなら、はじめから大仰に恰好つけなければいいものを」


 群がる雑魚を文字通り風のような速さで薙ぎ倒しながら、翔霏が呆れた声を放つ。

 そのさまはまるで、人の姿を得たつむじ風だ。


「翔霏、後ろ!」


 少し離れたところから、翔霏を狙って火薬矢を放った奴がいる。


「む」


 私の声に反応した翔霏は、高速で飛んで来た矢の中ほどを素手で掴んで。


「鬱陶しい!」


 火薬の炸裂する先端部分を、近くにいる戌族の兵に、ダーツのように手投げした。


「あがぁっ!?」


 ボゴォン! と激しい音が鳴り、矢を投げつけられた兵の肩から上腕部分が、血と肉片をまき散らし、弾け飛んだ。

 飛んで来た矢を、手で掴んじゃうなんて。

 翔霏の強さはもう、常人である私の想像の範疇を軽く超えていて、神がかりと言えるものだった。

 そんな、自慢の親友の活躍とは裏腹に。

 ときを同じくして、とうとう後宮の塀は、ひび割れた部分に穴が開き、後宮内部に貫通した。

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