十九話 れおなにおまかせⅡ

 引き続き後宮西苑(さいえん)、物品庫。

 いつの間にか、入口の前にギャラリーが集まりつつあった。

 手の空いている宮女や宦官たちが、なにが起きたのかといぶかしんで、足を留めたのだ。


「構わないわ。始めなさい」


 翠さまに促されて、私は話し始める。

 人が多いとちょっと緊張しちゃうけど、頑張ろう。


「まずはじめに、入り口から三歩ほど離れたこの場所に、彩林(さいりん)さんは倒れていました」


 扉を破壊して物品庫の中に入ったとき、最初に目にしたことから私は説明を開始した。

 物品庫は入口扉は狭いけど内部はそれなりに広く、その中ほどに彩林さんはうつぶせの格好で倒れていた。

 巌力(がんりき)さんがそこに補足を加えてくれる。


「庫内に荒らされた形跡や、ご遺体に目立つ傷がないことは、奴才(ぬさい)も念入りに確認いたしました」


 そう、だからこそ翠さまも「病気か体調不良」と最初に推測したのだ。

 私は続きを話す。


「はい、なによりこの物品庫は外から入れないようになっていました。ホウキの端が扉に挟まっていたためです」


 私は地面に落ちている竹ぼうきを指し示し、枝の端が扉に潰されて千切れている状態を確認する。

 ホウキの枝が扉の下部と床の隙間に挟まる位置にあったため、引っかかったことにより摩擦でドアに噛んでしまった。

 物品庫内は外部からの立ち入りがない、密室状態であったのだ。


「だ、だから、人の手によるものではなく、呪いの類だと……!」


 博柚(はくゆう)佳人が私の説明に異議を出す、けど。


「ちょっと黙ってなさいよ。最後まで説明を聞いてから口を挟みなさい」

「う……」


 ぴしゃりと翠(すい)さまにたしなめられて、黙った。

 人の話を途中で遮らないの、大事。

 続きを話すように翠さまに顎で促されて、私は首肯し言葉を続ける。


「おそらく彩林さんは物品庫での作業を終えて、戻る前に床の履き掃除をしようかと思い、ホウキを手にしたのだと思います。そのときに突然倒れて、手から離れたホウキが扉の開閉を邪魔する位置に転がったのでしょう」


 開かずの扉の真相は、単純なものだった。

 しかし当然の、そして核心である疑問を巌力さんが口にする。


「しかしなぜ、些細な変哲もないこの場所で、彩林侍女は卒倒の憂き目に遭いなされたのか。持病や心身の不調はなかったというお話でございましたが」

 

 彼が持つ当然の疑問に対する私の回答は、こうだ。


「それは一時的にこの物品庫の中で、毒ガス、ええと、毒を持つ気体が発生したからです。不幸にも彩林さんはそれを吸ってしまったんです」

「はぁ!?」


 博柚佳人は声を上げて驚いた。

 まるで、そんなことはありえないと、確信しているように。

 けれど、じろりと翠さまに睨まれて、悔しそうに押し黙るしかなかった。


「ど、毒気が……?」

「私、昨日物品庫に入ったわ、大丈夫なのかしら」


 入り口前に集まっている人たちも、ざわ、ざわ、と不安げな様相を呈していた。

 普段使ってる倉庫から毒ガスが漏れて出るなんて、そりゃ驚くよね。

 彼らを安心させるのが主目的ではないけど、私はハッキリと明言する。


「今は全く害はありません。ですけど、彩林さんには非常に不運なことに、彼女が作業していた朝方午前中だけ、庫内で毒が発生する条件がそろってしまったのです」

「……そ、それは、どういうことなのでしょう? そんな奇妙な話があるとは、到底、信じられませんわ」


 まるで毒虫を目にしたかのようにイヤな顔で私を睨んで、引き攣った口から博柚佳人は説明を求めた。

 凄い怖いけど、残念でした。

 そんな威圧にひるむ私じゃないぞ。

 なんたって私のご主人は、あんたより数段、偉いもんねー!

 などと非常に性根の貧しい小者感を抱きながら、私は努めて冷静を装い、その謎解きを開陳する。


「こちらの棚に、硫黄と鉄粉が積まれております。そして、鉄粉を入れている麻袋はところどころ破れており、その粉が硫黄の箱の中に流れ込んでいるのです」


 ネズミにでもかじられたのか、鉄粉を詰めている麻袋は破れてしまっていた。

 鉄粉の下に保管されている硫黄の箱に、中身が零れ落ちている。

 巌力さんと私が物品庫の中を検分しているときに確認していたことだ。

 だからこその質問を、巌力さんは私に投げる。


「近くで調べていた奴才や麗女史には、なんの害もありませぬ。浅学な奴才にも分かるようにお教えいただきたい」


 ド迫力で思慮深そうな巌力さんに「素人質問で恐縮ですが」のムーブを喰らい、麗央那、若干緊張するの巻。

 答え自体は、それほどややこしい話ではない。


「それは、太陽が真上に十分に昇った、昼の今だから無害なんです。でも、彩林さんが庫内の整理をしていた午前中は当然、東の壁に開いた窓から日光が入り込みます」


 私の言葉に、その場にいる全員が壁に開いた格子窓を見た。

 正午を過ぎて太陽が高くなった今、陽光が庫内に真っ直ぐ入り込むことはない。

 けれど午前中の早い時間は、直射日光が当たる角度である。

 

「熱さってことね」


 翠さまがぽつりと呟くけど、それだけじゃない。

 私は頷いて補足を提示する。


「そうです。東から入って来た太陽の光は、本来この倉(くら)になかったはずのものを照らしました。それは環貴人が所有する、この大きな銀盆です」


 私が手で差した先には、巨大な銀メッキのお盆。

 東苑(とうえん)のあるじ、環(かん)玉楊(ぎょくよう)貴人から貸し出されて、返却のために巌力さんが取りに来たものだ。

 見事な輝きを放ち、人の顔も鮮明に映すほどのその逸品は、凹面鏡の役割を果たす。

 太陽の光を集めて、その先にあるものを高温に加熱する、熱線装置になってしまうのだ。

 私は畳みかける。


「銀盆によって凝集され反射された太陽の光と熱が、鉄粉と硫黄の混合物を照らし加熱すると、どうなるでしょうか。それは、吸い込んだ生き物を死に至らしめる、強力な毒気が発生するのであります!」


 ドーン!

 と私の脳内で効果音が鳴った。

 ここで、周囲の反応を窺うけど。


「信じられませんわ、そんな与太話」


 博柚佳人の冷めた言葉が返って来ただけだった。

 な、なんですってー!? とお約束のように驚いてくれるガヤ役は、いない。

 困っちゃった私は、お助けキャラ扱いして申し訳ないと思いつつ、泣きそうな顔で翠さまを見る。

 フンス、と軽い溜息を吐いて翠さまが言ってくれたのは。


「本当にそれで生き物が死ぬのか試してみることはできるの?」

「できますけど」


 後宮という高貴な場所のど真ん中で、毒ガスの生体実験をやってみろとの命令だった。

 目の前で毒の実験をする。

 穏やかでない話を切り出され、博柚子佳人たちも、周りの見物客も、どよめいている。


「さすがにこんなこちゃこちゃしたところでやるわけにはいかないでしょ。庭に移動するわよ」


 軽く言い放ち歩き出した翠さまのあとを、みんなが付いて行く。

 私も物品庫の中から必要なものをいくつか持ち出し、中庭に出るのだった。

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