十六話 開かずの扉と巨大な宦官
現場に到着すると、鉄扉の前に二人の、侍女らしき人たちがいる。
私を呼びに来た人を入れれば三人の侍女が、扉の前で難義していたということだ。
「こ、これはこれは。翠(すい)貴人がわざわざお出でになられるほどのことでは……」
みなさん、大物の登場に腰が引けているようだ。
西苑(さいえん)には翠さまより偉い妃はいない。
彼女たちは必然的に、翠さまより下位の妃の従者たちということである。
皆が遠慮している空気はお構いなく、翠さまは物品庫の鉄扉を一瞥し、侍女たちに訊いた。
「なんで開かないのか理由はわかったの?」
「い、いえ、はっきりとは。ですが、扉の向こうでなにかが引っかかっているのではと……」
侍女の一人が自信なさげに答える。
私も翠さまに倣い、扉を観察してみた。
さほど巨大なものではないけど、なにせ金属製なので、重そうである。
外側から単に押して開くだけの、簡単な様式の一枚扉。
体重をかけて押せばいいだけの代物なので、多少重くても開くはずだけど。
「じゃあみんなで一斉に押してみなさい。多少なにか引っかかってても無理矢理に押せば開くでしょ」
至極現実的な、力任せな対策を、翠さまは私たちに命じた。
私も混じって、力を合わせて、うんしょ、うんしょ。
「やっぱり、動きません」
「参ったわね。どうしようかしら」
私たちが弱音を吐き、翠さまが腕を組んでフームと考えていると、おずおずと困り顔の侍女が報告する。
「も、申し遅れましたが、中で一人、彩林(さいりん)という侍女が朝から作業をしているはずなのです。戻っておりませぬので、まだこの中にいるのではと……」
「はあ!? 人がいるの!? それをさっさと言いなさいよ!! この暑さでノビてるかなにかしたんでしょ!!」
えいっと扉に体当たりをして、見事に跳ね返される翠さまであった。
お転婆カワイイ。
翠さまの方が年上なんだけどね。
ちょうどそのときである。
ぬっ、と大きな影があたりに差し、壁のように巨大な、なにかが出現した。
「どうかなされましたか」
巌(いわお)を思わせる落ち着いた声を発したその存在。
麻耶(まや)さんたちと同じく、宦官の袍衣(ほうい)を着ていた、けど。
「でかっ」
思わず声に出ちゃった。
あまりにも、デカい。
デカすぎる。
身長2メートルは確実に超えてる。
そして、背が高いだけでなく、ゴツい。
体型の隠れるゆったりした袍衣のはずなのに、奥に隠れる岩や丸太のような筋肉の塊が、その存在感を強烈に主張している。
「巌力(がんりき)じゃない。いいところに来たわねあんた。ちょっとこの扉が開かないんだけどどうにかならないかしら。中に人がいるらしいんだけど返事がないのよ」
翠さまが巌力と呼んだその牡牛のような巨大宦官は、自身の髭のない顎をつるりとなぜて。
「それは困りましたな。奴才(ぬさい)も環(かん)貴人より、中にある器を取って来るように仰せつかっておりますので」
扉を軽く押し、開かないことを確認した。
彼は自分の一人称に、拙(せつ)ではなく奴才という言葉を使うらしい。
どうやら東苑(とうえん)のあるじ、環(かん)玉楊(ぎょくよう)貴妃の頼みで、こっちの物品庫に預けていた品を取りに来たようだ。
「この際だから扉が壊れちゃってもいいわ。こんなものいくらでも直せるし今は開かないことの方が問題なんだから。あんたならどうにかできるでしょ?」
翠さまにそう言われて巌力さんはふむふむと納得したように頷き。
「では皆さま、あぶのうございますので離れていただきますよう」
私たちを遠ざけて、姿勢を低く構え。
「どっせい」
ズドォム!!
巌力さんが相撲の立会いのように扉にタックルを仕掛けた。
結果として扉と壁を繋いでいた蝶番(ちょうつがい)が見事に破壊され、鉄の扉は変形し、こじ開けられた。
正確には扉上部の蝶番が完全に外れ、扉下部の蝶番はギリギリ千切れかかって繋がっている、という状態だ。
「でかしたわ巌力。これならもう動くでしょ」
外れかかった扉を、翠さまの指示でみんながグイィと押し開ける。
扉が強烈に押された衝撃で、奥でなにかが引っかかっていたのも解消された。
文字通り、吹っ飛んだようだ。
「宦官タックルやべー。超やべー」
私は目の前の衝撃映像に、おしっこちびりそうになるのであった。
いやいや、おかしいでしょ。
宦官は男性ホルモン少ないはずだから。
筋肉がつきにくいはずだから。
しかしそんな、私の机上のお勉強をあざ笑うかのように、ガチムチマッスル宦官が、目の前にいるのだ。
歴史や保健体育の本が教えてくれないことが、世の中いくらでもあるんだなあ。
「ってこれどういうことよ一体」
物品庫に入り、中の様子を見た翠さまが、怒りとも驚きともつかない声色で、言った。
「あ、ああ、さ、彩林、彩林……!」
私たちを呼びに来た侍女が、小さな悲鳴を上げて、その場に膝を崩して嗚咽した。
床に前のめりに倒れている、彩林さんという侍女。
巌力さんがその首に手を当てて、脈がないことを確認し、言った。
「どうやら、死んでおられますな」
なにかに驚いたような、目を見開いた彩林さんの死に顔。
それを見て一瞬、私は神台邑(じんだいむら)の惨状を思い出してしまったのだった。
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