バイト先は後宮、胸に抱える目的は復讐 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第一部~
西川 旭
第一章 神台邑(じんだいむら)
一話 私は麗央那! 誰かここがどこだかわかるか!
「誰かー」
声を出す。
返事はない。
「誰かいませんかーーーーッ!?」
さらに大きく、遠くへ聞こえるように、叫ぶ。
遠くから、同じ声が返ってくるだけだった。
こだまでしょうか。
はい、そうです。
「ギィ、詰んだ」
女、北原(きたはら)麗央那(れおな)。
満年齢で十五歳。
私の人生、ここで一巻の終わり、と言わざるを得ないのか。
「どうすんのよこれ」
と、一人空の下、ぼやいてみたところで、状況は良くならないのだ。
少し、思い出しながら状況を整理しようと思う。
◇ ◇ ◇
私はこの春にめでたく、第一志望だった高校に合格することができた。
入学準備のため、地下鉄に乗って街中に買い物に来たのだ。
よく晴れた春休み中の好日。
「相変わらずごちゃごちゃした店だなあ。どこになにが置いてあるのか何回来ても分からん」
私は、派手な看板で有名な雑貨屋に来ていた。
新しく通う高校で必要になるであろう文房具や、書籍、はたまた学校が指定する色や長さの靴下など。
そうした細々としたものを買い集めるために、なんでも売ってる店は好都合だ。
お母さんから必要な金額と、多少のお小遣いを貰って、少し浮かれてお買いもの。
買い物が終わったら、古書店の並ぶ街にも足を伸ばそう。
「なにか、焦げ臭くない?」
そう考えていたときに、誰かが言った。
近くに焼肉屋でもあって、その煙が流れ込んできたのかな、なんて思った。
「火事だ! 下で燃えてるんだ!」
そんな叫び声が聞こえて、周辺のお客さんたちが騒然となった。
「ダメだ、ダメだ、ヤバい」
「避難しろ! 非常口に行け!」
別の誰かたちが、そんな騒ぎを生み出していた。
その頃には、目に見えるくらいに煙が立ち上って来ていた。
ここは四階だったかな?
いや、三階だ。
非常階段から、降りないと!
「どけ、空けろ!」
「押さないで! 痛い!」
「お、お客さま、落ち着いて、落ち着いてください!」
店舗の中は混乱の絶頂にあった。
そもそも非常口はどこだ!?
人波に乗った方がいいのか、それとも混乱から離れた方がいいのか。
私はわからず、売り場の中に立ち尽くしてしまった。
どす黒い煙はどんどん濃さを増して行く。
「い、痛い! 足が! 足が折れたの! 誰か助けてください!!」
避難口を探し求めて魚の群れのように人が流れる中に、そんな声が聞こえた。
怪我人がいるんだ、助けなきゃ!
でも、どこにいるんだろう!?
店の中がごちゃごちゃしていて、わからない。
「非常扉が開かない! 窓を割れ!! みんな外に飛び降りろ!! 頭を下げて移動しろ!!」
充満していく生暖かい煙の中で、誰かがそう言った。
冷静な人がこんな状況でもいるんだと、私は少し、安心してしまう。
でも、窓。
窓なんてどこにある?
店の壁一面は、商品が所狭しと並べられている。
どこに行けば助かるのか、さっき足の痛みを訴えていた女性は大丈夫なのか。
わからない、なにもわからない。
そうしているうちに、人の流れが私のいる方に向きを変えた。
「ちょ、狭い、こっちに窓はないです!!」
私が必死で叫ぶも、煙から逃げるように四方八方から人が押し寄せてくる。
「う、く、苦しい、場所を、開けてください。怪我をしてる人もいるんです!!」
そんな訴えは周囲の怒号と嘆きにかき消されて。
「あ、ダメ」
私は、意識を喪ったのだった。
◇ ◇ ◇
そうして、今である。
私は全く見覚えのない河原に一人、ぽつんと立っている。
「川幅ひっろ」
私が今、立っている砂利浜から対岸まで、目測で軽く百メートルは超えている。
空気は美味しく、少し湿り気はあるけど良い風も吹いている。
上空には雁らしき鳥が綺麗な列をなして飛んでいた。
それでも。
「なんにもなさすぎでしょここ」
そう、人工物が全く見当たらない。
電気を通す鉄塔と電線もなければ、列車も線路もない。
当然のように河川敷は護岸整備もされていないし、人っ子ひとり遊んでいない。
周囲にあるのはひたすら広い空、遠くの山にわんさと生える木々、やたらと水量の豊富そうな大河。
「川なのに渦巻いてるし」
要するに、すごく深く、流れが複雑であるということだ。
人間が泳いで渡れる河川でないことは明らかだった。
そして土、砂、砂利、たまに流木。
川面を前にした私の背には、鬱蒼とした林。
「あ、カニ」
小さくて可愛い、水棲の生き物たちが足元にうごめいている。
若草の広がる原っぱには、多種多様な虫や、その幼虫たち。
テントウムシが好きです。
「なにがどうして、こんなところに」
私の独り問いに反応してくれる誰かも、いない。
「これからどうすればいいかな」
煙を吸って、人波に圧迫されたことで感じていた体の不調は、目覚めた今ではすっかりなくなっている。
意識もすっきりして、体もどうやら絶好調の私、北原麗央那。
乙女盛りの十五歳。
志望校に合格して、達成感と安堵感もフルマックス、精神のバイオリズムはストップ高。
自分史上、今がおそらく最も心身ともに充実している気がする。
それだというのに、現状を打破する手段が、全く浮かばないのであった。
「天は我を見放したー」
そんなバカ言ってるけど、実は余裕なんて全くない。
動き回って周囲を散策して、状況を確認するべきか。
それとも無駄な体力を使わずに、なんらかの助けが来ることを期待してここで待ち続けるべきか。
私は河原の一角をうろうろしながら、その二つの考えの間で迷い続けるのだった。
「思いっきり泣けばいいかも」
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
私は今、思考の迷路に足を踏み入れ、さ迷いかけている。
行動すべきか、留まるべきか。
トゥ、ドゥ?
オア、ノット、トゥ、ドゥ?
答えが定かでない問題に脳のカロリーを浪費するのは愚かなことだ。
それよりも今、自分の置かれている状況を正しく認識し、年頃の若僧らしく、泣きわめいて助けを求める方が、ひょっとすると合理的かもしれない。
「ふぇぇ」
そう思うと、なんだか本当に泣きたくなってきた。
買い物してたはずのビルも見当たらないし、駅も街もどこに行けばたどり着けるかわからないし。
なにより、こんなに不安で右も左もわからない場所に放り出されたのだから、当然のようにお母さんに会いたいし。
「うううう」
肺から口に、頭の奥から涙腺にこみ上げてくるものを感じながら。
私はありったけの肺活量を酷使して、周囲を轟かさん限りの慟哭と絶叫を。
「グルルルルルル……!」
上げようとしたら、林の方から、なんか聞こえた。
恐る恐る、振り向いてみると、そこには。
「コハァァァーーー……」
私の背丈の倍はあろうかという体高を持った、目が四つ、耳も四つある、なにか。
見たこともない生物。
え、なに?
「い、犬? 熊?」
あるいは史上最強の陸上肉食獣と言われた、アンドリューサルクス!?
絶滅したはずでは!?
涙と嗚咽が引っ込んでしまった私は、素っ頓狂な声で目の前のクリーチャーに問いかける。
もちろん、それに対して律儀に返答してくれるような存在ではなく。
「グルルァァアアアアーーーーーーッ!!」
「ギャーーーーーーーーッ!! 助けてーーーーーーッ!!」
周囲に絶叫を響かせるという私の目標は、とりあえず達成された。
涎を垂らしながら、私を追いかけてくる謎の怪物、と言うおまけを連れて。
「やだーーーーーーーッ!! こんなの無理ーーーーーーーーーッ!!」
私の記憶が確かならば、さっき、ビル火災で死にそうになってたと思うんだけど。
このわけのわからない場所で、わけのわからないシチュエーションで、もう一度死んでしまうのだろうか。
河原を全力で駆け、叫びながら、私はそんなことを考えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます