第56話 トキなのか?
今度は王妃さまの宮殿に来ていた。幸い女の子達は転送されなかったようだ。
なにが起こっているのか。未だ男達は事態をしっかり把握出来ていないらしく行動が鈍い。連中の隙をみて、直ぐユミさんにメールを送った。
「わたしと王妃さまはテロリスト達と共に宮殿に来てしまいました。一体どうなっているのですか?」
「結翔さん、実はこちらにも数人のテロリストが残っています。彼らは大変興奮していて、とても危険な状態です」
「テロリスト達だけを他の土地に飛ばしてしまうと言うような事は出来ないんですか?」
「それが、連中のひとりが威嚇の発泡をした際、どうやらマシンのどこかに当たってしまったのです」
事態は最悪だと分かってきた。メールを送る程度なら出来るが、人の移転は出来なくなってしまったようなのだ。研究所の混乱から、始めはメイドカフェで次は宮殿の一室と、目まぐるしく転送されてしまった5人のテロリスト達。タイムマシンの噂は聞いていても、実際に時空を超えるのは初めてなんだろう。直ぐには状況が飲み込めないようで、腰が引け、固まってなにやら相談をしている。下手に刺激するのはまずい。
だが王妃さまがおれに耳打ちをして来た。
「ユイト、直ぐ衛兵を呼び――」
「王妃さま、今銃を持っている連中を刺激するのはまずいです。少し様子を見ましょう」
「 ……分かりました」
幸いこの部屋は王妃さまの厳命で、時空移転の事情を知っている者しか入ってはいけない事になっている。しかし事態はそうのんびりしていられる状況ではないようだ。
「おい、お前達、ここに来い」
言葉は分からないが、ドアの側に行った男が銃で手招きをしたから、多分そう言っているのだろう。
「ここを開けるんだ。他の部屋を見る。先に行け」
ここは王妃様の寝室から通ずる秘密の部屋であるがゆえに、まだ誰もこの事態を把握している様子はない。おれが思わず振り返ると、さすがこの宮殿は王妃さまの領分だ。毅然とした態度を示し、
「行きましょう」
それでも心配になったおれは、ドアを開けながら王妃さまに聞いてみた。
「王妃さま、衛兵は呼べば直ぐ来れるのでしょうか?」
「この建物はとても広くって、駆けつけるまでには少し時間が掛かります」
「…………」
「衛兵は外から進入しょうとする敵に対処する為配置されているんです。内部に敵が出現する事は想定されておりません」
その時、苛立った声が王妃さまとの会話を遮った。
「なにをブツブツ言ってる」
テロリストの男が銃を振り上げた。
「やめろ!」
王妃さまが銃で殴られそうになったのだ。男から王妃さまを庇ったおれの頭に激痛が走る。
「ウッ!」
そのままおれは気を失った。
「ユイト、大丈夫?」
気が付いたおれは床に寝かされ、王妃さまが看護をしてくれていた。
「王妃さま、イテ!」
起きようとしたおれは頭に違和感がある。王妃さまが手にするハンカチに血が滲んでいるではないか。どうやら自動小銃の硬い台尻で、したたか殴られたらしい。骨が割れなかったのが幸いだった。寝室の隅には数人の小姓、貴族らしい男女のグループがひとかたまりにされている。
「衛兵に連絡は行っているんですか?」
「この状況を知らせる者は行っているはず――、ほら、見てユイト、衛兵が来たわ」
一つのドアが開くと数人の衛兵が銃を構えて入って来た。
「まずい、王妃さま床に伏せて」
「え?」
おれが王妃さまの身体を掴み強引に引くのと、テロリスト達の自動小銃が火を噴くのは同時だった。
「キャー!」
部屋に凄まじい小銃の発射音と甲高い悲鳴がこだました。
「皆んな床に伏せろ」
今更言っても遅いだろうが、それ以外に言いようが無い。
銃を持ち入って来た衛兵に刺激されたのか、テロリストの男達が無差別に発砲を始めてしまったのだ。
「ユイト」
「…………」
何処からかおれを呼ぶ声がする。
「ユイト、大丈夫?」
「ん?」
何が起こったんだ?
銃声が止み、やけに静かだ。
「ユイト」
またおれの耳元で声がした。
王妃さまではない、この聞き覚えのある声は……
まさか。
「トキ!」
おれの耳元で語り掛けて来るのは、あの地球を去ると言っていたトキではないか。
「トキなのか?」
「そうよ」
おれは何もない空間に向かって話し掛けた。
「だって――」
「私が地球に居られなかったのは、何度も実体化していたからなの」
「…………」
こうしてコミュ二ケーションを取っているだけなら問題ないと言うのだった。
「それにこの18世紀ならネットゲームの魔物もいないでしょ」
確かに、それはそうだ。おれが鶴松に転生してその後、トキも人の身体に転生してアパートに来ていた。だけど同じアパートの住人がプレイしていたらしいネットゲームの魔物が、トキの超自然な能力に引き寄せられてリアル世界に出現してしまったのだった。そのせいでトキは地球を離れざるを得なかった。
「あっ、じゃあ連中はどうなった?」
おれは周囲を見回した。テロリスト達はどうなったんだ。王妃さまは無事なのか?
起き上がると、傍に王妃さまが居た。
「王妃さま」
「ユイト」
「大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫よ」
結局テロリスト達は、トキが砂漠の彼方に飛ばしてしまったと知った。
やはりトキは地球を離れた後もおれを注視していて、この危機から救いに来てくれたのだった。
しかし、この後の王妃さまの質問におれはうろたえる事になる。
「ねえ、ユイト」
「えっ」
「今ユイトは誰と話していたの?」
「あっ、いや、それは……」
これは困った、なんて説明したらいいんだろう。
「トキって呼んでたわよね。ユイナさんでもユミさんでもなく、一体誰の事?」
「えっ、あっ、あの……」
王妃さまがじっとおれの目を見つめている。
「もしかして、ユイトが無意識で名前を呼んだ方って……」
「いや、あの、王妃さま、それはちょっと違います」
なにが違うんだか、おれも不必要に狼狽してしまった。まずいな、これは何て説明したらいいんだ。
「あの王妃さまトキって、その、時、つまり時間を意味する言葉なんです」
「…………」
「それで、無限の時間に向かって話しかけていたわけです」
かなり苦しいいい訳だが、王妃さまは何とか納得してくれたか。
「だけど王妃さま、まだユミさんの所にはテロリスト達が居ると思われます。今からすぐに助けに行かなくてはなりません」
「分かりました」
テロリスト達が居なくなったこの宮殿には、もう危険は無いだろう。
「トキ頼めるか、ユミさんの所だ」
「分かったわ」
再び周囲の空間がゆがんだ。
マリーアントワネットとナポレオンの類似点は、調べてみるとふたりとも大変な読書家だったようです。ナポレオンが外国に遠征する時は、かならずその国の文化や歴史を徹底的に調べつくしたという。
彼の強さの秘密は勘や経験には頼らず、戦場で起こりうるあらゆる状況を想定したシミュレーションを駆使した事に有る。彼は自分の図書館といってもいいくらいの蔵書に囲まれて、長い時間を過ごしていたようだ。棚の高い処にある本を手にするには梯子を利用しなくてはならないし、中2階に上がって行く螺旋階段まで備え付けられていた。
一方マリーアントワネットの書斎はナポレオン程の規模では無かったが、彼女が蔵書に囲まれて過ごした穏やかな時の長さは、あまり知られていない。しかし彼女はフランス革命で不自由な囚われの身となった後も、あらゆる手段で長文の手紙を書いている教養人だったようです。
「ユミさん」
「ユイトさん!」
タイムマシンにも頼らず、突然研究所に現れたおれにユミさんはびっくりしている。
「一体どうやって?」
「それよりユミさん、テロリスト達は何処に居るのですか?」
ユミさん達は狭い部屋に閉じ込められていた。
「今もマシンの側にいるはずです」
「分かりました。トキ、頼む」
おれがタイムマシンの部屋に移動すると5人ほどのテロリスト達が居た。勿論この期に及んで問答無用だ。すぐトキに連中を砂漠に追いやってもらう。結局タイムマシンは修復するのにかなりの時間を要するらしいと結論が出ていた。
「ユイトさん、本当に、一体どうやってここに……」
「それは、説明が難しいのですが――」
「やはり日本のタイムマシンだったのですね」
「あっ、いや、そうではなく……」
結局今回も、トキの存在で時空移転出来ているとは分かってもらえなかった。ましてや転生などという事は、理解の範囲を越えているらしかった。
おれは一旦現代に戻る事にした。
「トキ、頼む」
「分かったわ」
アパートに戻ると結菜さんが夕食の支度をしているところだ。
「ただいま」
「あら、王妃さまは?」
「うん、先に帰えられたよ」
「せっかく美味しい料理を作って待っていたのに」
面倒だからテロリストとか秋葉のメイドカフェとか、いろいろあった話をするのは後にして、おれはシャワーを浴びた。
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