第33話 ポルス軍との戦闘


 ポルス家の残虐な仕打ちに対する復讐を誓ったダニエルは、城下の兵を増員し始めた。新たに集められた者を含め、歩兵、軽騎兵、重装騎兵を合わせると総員約1万の軍がポルス家に勝負を挑むことになった。

 ダニエル家が戦争の準備をしていると知ったポルス家は、配下の将軍に出動を命じる。しかし格下だとダニエル家を見下している将軍とその側近の者らの間には、楽観的な雰囲気が漂っているという。ポルス家が奪い取った多くの知行地も、元はと言えば長くダニエル家の領地だった。ダニエルがまだ幼いころ奪われていたのだが、領民の中には未だにダニエル家を慕う者は大勢いる。ポルス家の内情はダニエル家側に筒抜けだったのだ。




「ダニエルさん、私もお供します」


 おれは従軍を申し出た。戦場は日本の戦国時代で十分経験している。足手まといになどならない自信が有った。


「わたくしも参ります」


 おれに続けて申し出たユミさんにはびっくりした。


「えっ、ユミさん。危険ではないですか」


 ユミさんも安兵衛に会うまでは帰らない覚悟をしたのだろうか。

 もっともそれ以外の理由も芽生え始めていたようなのだが、まだこの時点で、のんきなおれはそこまで女性の心理は分からなかった。


「いざとなればこれが有ります」


 ユミさんは銃のような物を取り出し見せてくれた。スタンガンだ。


「ユート殿、ユミ殿、今回は厳しい戦になりますよ。覚悟して下さい」


 この時代のヨーロッパで女性の従軍はさほど珍しくは無いし、後方支援の意味もある。兵士の家族や家畜までもが揃って従軍する例もあるくらいだ。

 ダニエルさんは特に反対する風もなく、兵力に関してはこちらが劣勢になるだろうという事と、この後の戦の展開予想を話してくれた。そして広大な知行地を持つ敵は、兵員を集めるのに時間が掛かる。それまでに陣を築き、後方の準備を整えると言うのだ。おれはその話を聞いていて疑問が生じた。


「ダニエルさん、何故敵の兵力が揃うまで待つのですか?」

「――――!」


 騎士道なんか関係ない、勝てば官軍なのだ。ましてや敵は既に奇襲を掛けて来ていると言うではないか。陣地の確保なども必要ない。敵が一度に揃わないというのなら速攻で決めるべきだ。

 おれの奇襲提案を聞いたダニエルさんは、豪快に笑いだした。そして全軍に出陣命令を出したのだった。




 ポルス軍の将軍は合流地点に来ると、後続部隊の到着まで進軍を待つようにと本隊に命じた。合わされば2万の兵力になる。遠隔地の貴族からはさらに5千の援軍が来る予定である。総兵力は2万5千となり、斥候の報告から知った1万のダニエル軍とは、数では圧倒的な有利を見込めるポルス軍であった。急ぐ必要は無かったのだ。

 しかし思いのほか早く、ダニエルの騎兵隊がポルス軍の本陣を襲ってきたのでポルス軍の将軍は慌てた。さらに鉄砲の一斉射撃を受ける。後続部隊の到着を待つとのんびり構えていたポルス軍は、一時後退を余儀なくされる。だがこの初期攻撃はダニエル軍の牽制に過ぎなかった。ポルス軍の注意を前方に引き付けている間に歩兵が横から更なる奇襲攻撃を加えると、ポルス軍の歩兵は浮足立ってしまう。続けざまに今度は重装騎兵がポルスの本陣に突撃を敢行した。後続の軍がまだ到着してないこの段階での本格的な戦闘開始は、ゆっくり構えていたポルス陣営を慌てさせた。

 ポルス軍の将軍と側近達が後退と称して敗走し始め、それを知り武器を捨てて逃げだしてしまう兵も出る始末。ポルス軍は全軍が揃う前に、本隊がみじめな潰走を始めてしまったのだ。

 さらにダニエル軍は北上し、ポルス軍本陣を包囲した。しかしここでポルス軍の総司令官である将軍がダニエル軍の隙を見つけ包囲網突破を図ると、まんまと脱出に成功。だがポルス軍の脱出経路には罠が仕掛けられていたのだ。逃亡するポルス軍本陣は流れで途中から峡谷に入ってしまう。


「これは、もしや……」


 周囲を見渡してつぶやく将軍の予感は不幸にも的中する。真正面と側面から現れたダニエル軍の猛烈な銃撃と、背面から騎兵隊の追撃を受けて総崩れとなった。ポルス軍の本隊は壊滅し、負傷した将軍は捕虜となってカヤンの城に送られた。


 思わぬ敗戦を知ったポルス家の当主は激怒した。直ちに3万人の軍勢を呼び集めて出陣を計画する。さらに4千から8千規模の大・小貴族部隊を招集、5千人を超える町人・農民を無理やり徴収し加えた。全軍の兵力は5万から6万を超える大軍勢となった。

 これに対してカヤンの城では、兵を1万5千人まで増員させ防備を固めた。

 さらに食糧の確保を指示しているダニエルさんに聞いてみた。


「ダニエルさん、難しい展開になりましたね」

「斥候の話を聞くと、その兵力差ではさすがに籠城を選択するしかありません」


 おれはユミさんとも相談をしていた、


「ユミさん、何か良いアイディアは無いでしょうか?」

「援軍を呼べればいいのですが」

「聞いてみましょうか?」


 だが、それは既に聞いているが、援軍のあてはないとの返事だったそうだ。


「結翔さん、ラウラさんを探しましょう」

「えっ」


 ユミさんの説明では、ラウラ・アレクシアはタタール人傭兵集団とのつながりがあるようなのだ。規模はあてには出来ないかもしれないが、タタール人傭兵の勇猛ぶりは世に知れ渡っている。その傭兵集団が援軍に来てくれれば、流れを変えられるかもしれないと言うのだった。


「だけどどうやってラウラさんを探すんです?」

「結翔さん、私に考えが有ります。一度戻りましょう」


 ダニエル氏には暫く周囲の状況を見て来ると言って、城を出た。


「結翔さん、私の側を離れないで下さい」

「わあっ」


 気が付くと研究所に戻っていた。過去を変えてしまった事で、元の時代には戻れないと覚悟をきめていた。だがユミさん達スタッフはその歴史の変化を追跡し、元に戻る方法を確立していたのだった。

 結菜さんが泣きそうな目でおれを見た。

 ゆっくり説明してあげたいが、今はそれどころではない。


「ユミさん」

「結翔さん、ラウラさんの居所なんですが、船の軌跡を追ってみます」

「…………」

「ラウラさんの持ち船は、モルドバでも最大規模の船だったと聞いております。ですから、黒海の船の軌跡を全て追えば何か分かるかもしれません」


 なるほど、そう言う事か。

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