第31話 再び騎馬武者に取り囲まれた
振り向くと、そこにユミさんが立っているではないか。
「結翔さん、大丈夫でしたか?」
「あ、えっ、ユミさん!」
「結翔さん、タイムマシンに無理やり座らせてしまって、すみませんでした。こんなことになるとは……」
思わぬユミさんの登場に、おれは完璧に面食らっていた。だけど、タイムマシンに座ったのはおれも少なからず興味が有ったからだ。ユミさんに無理強いされた訳ではない。
「そんな事より、一体ユミさんがどうしてここに居らっしゃるんですか?」
「結翔さんを送り出した後異変に気付き、すぐに救出しようとしたんですがうまくいかず、大変な騒ぎになりました」
「…………」
「ところがタイムマシンの時代設定のレバーを見ると、印のしてあるところで止まっていたのに気が付いたんです」
そうか、それでおれが、とんでもない時代に行ってしまったと分かったんだな。
「だけどユミさんがここに居るのは――」
「結翔さんを送り出した責任は私にあります。救出がうまくいかないのであれば、私が同じ時代に行くしかない。そう決心したのです」
なんちゅう乱暴な。ふたりとも帰れなくなったらどうするんだよ。
「帰る手段はもちろんしっかり有ります」
そう言いながらユミさんは周囲を興味深げに見渡した。野次馬がかなり集まってきている。
「少し歩いて静かな所に行きましょう」
ユミさんの提案でおれ達は川の近くまでやって来た。
その時またおれの腹が鳴ってしまう――
ユミさんはかすかに笑い、
「結翔さん、おなかが空いているのではないですか?」
「えっ、あっ、いや」
「大丈夫ですよ」
ユミさんはポケットから何やら取り出すと、ぽきっと折るような仕草をした。
「はい」
「えっ、これは?」
「携帯の食糧ジェルです。栄養や水分とエネルギーが補給出来て、丸1日これで持ちます」
「へえ」
さっそく頂いてみる。
「旨い!」
「おなかの中で適度に膨らみます。量は少なく見えますが、これ1本で暫くはしのげますよ」
「もしかして、これユミさんの会社が作った製品ですか?」
ユミさんは笑って、
「そうではありませんが、優れものですよね」
やっと腹が満たされたおれは、昨日からの顛末を話してあげると、
「そうだったんですか」
そう言いながら、ユミさんがタイムの首をなでるのを見て、おれは今最も気になっている事を聞いてみた。
「あの、ところで、元の時代に帰ると言うのは……」
「あっ、そうですね」
ユミさんはまたポケットから携帯のような物を取り出すと、
「これで私たちの今居る位置と時代などの情報が、研究所で正確に分かります」
「…………」
「すぐに帰りますか?」
そう聞かれて、おれは躊躇した。ユミさんの自信にあふれた態度を見ていると、帰るのは確かに出来そうだ。そうなるとおれは気持ちが揺らいだ。せっかくこの時代に来たのだから、もう少し様子を見てみてもいいのではと、思い始めたのだ。何しろ帰るのをあきらめ、この時代で生きてゆく決心をしたばかりだからな。それに何より、あの安兵衛に会えるかもしれないという期待がある。
「ところで、その機械で今の年代が分かるんですか?」
「もちろんです」
ユミさんはアイフォーンのようなものを操作すると、現在の年代をディスプレイに映し出してくれた。
「1642年」
表示された年代はそうなっていた。
人は過去には戻れない、それが常識だ。しかし、人類の歴史で初めて電気や映画が発明された時の事を想像してみよう。目に見えない電気の存在など、人々の理解を全く超えた物だったに違いない。活動写真を始めて見た人達は、スクリーンを驀進して来る機関車に驚き、椅子から立ち上がって逃げよとしたらしい。
今ドローンを奈良の上空に飛ばして地上を撮影すると、太古の道が浮き出て見えるという。もちろん地上には、普通に家が有り車の走る道や田畑がある。太古の道などどこにも見当たらないのは当たり前だ。それでも太古の道そがこに存在していた事を、写し取られた映像がアピールしているのである。
同じことが時間でも起こり得る。今普通に暮らしている人々の隣に、別な時代が存在しているなど、理解しがたい事だ。だが、ドローンで空を飛ぶように、異次元の世界に入り込めば別な時空が見えてくる。そしてそこに移動することも、物質の壁を乗り越えれば可能となる。それで時空移転を理解できるのだ。
正確な年代を知ったおれは、興奮を抑えきれずに言った。
「1642年って」
「ヤスベさんがモルダビア公国にやって来た翌年です」
「じゃあ、安兵衛に会えるという事ですか?」
おれの興奮は一気に高まったが、ユミさんが冷静に状況を説明してくれた。
「今の時代このモルダビア公国は、オスマン帝国の支配下にあるはずです」
「…………」
「でもオスマンからは自治を認められていると思われます」
大貴族によって選挙された公がオスマン政府の公認のもとで統治を行い、紛争の元になっているルーマニア人貴族の勢力も依然残っていると言う。
「ムラト4世の後を継いだ、オスマン帝国の第18代皇帝はイブラヒムのはずです」
「イブラヒム」
おれも何となくだが、聞いた事がある。
「狂人イブラヒムとして後の世には知られているのですが、実際は良い事もしたのです」
「それで、あの、安兵衛は――」
ユミさんももちろんそれを気にしているはずだ。
「それがどうもヤスベさんに簡単には会えないかもしれません」
「えっ」
ユミさんはこれまでずっとヤスベと言っていたのに、ヤスベさんという言い方に変わっている。安兵衛が歴史上の人物から、ユミさんにとっても身近な人物にと変わり始めたのだ。
「この時代の詳しい地図が無いんです」
「という事は」
「ラウラ・アレクシアの住所が分かりません。ですからヤスベさんの居場所を探すのも難しいかもしれないですね」
なるほど。
「でも、ラウラさんは貿易の仕事をしているはずですし、船も持っているようですから、港に行けば何かわかるかもしれません」
「では帰るのは後回しにして、出来るだけヤスベの――」
おれがそこまで言った時、ふたりの周囲を昨日と同じように、再び騎馬武者に取り囲まれた。
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