第28話 タイムマシン
本当の事って――
「タイムマシンは完成しているんですね」
「は!」
タ、タイムマシン……
「結翔さんからヤスベのお話を伺っていて、確信しました」
「…………」
「結菜さんのインスタグラムで、もしやと思って日本に行ったんですが、やはりそうなのですね」
おれの頭の中は混乱していた。タイムマシンってどういう事だ。だがユミさんはそんなおれの疑問にも気が付かない様子で話を続けた。
「わが社のYASUBEでも世界に先駆けて時空移転の研究は続けていたのですが、今一歩のところで日本の研究者に先を越されてしまったんでしょう」
「あの――」
もしかして、もしかして、戦国時代から帰って来たこの社会は、タイムマシンまで開発が進んでしまっている?
おれが過去を変えた結果が、そこまで未来を変貌させてしまったのか。
「やはり結翔さんは過去にいらして、ヤスベに会っていたんですね」
「あ、はい、その、確かに会いました」
「やっぱり!」
おれが観念して4百年前の時代に行った事を正直に話すと、ユミさんは目を輝かせた。
「だけど、タイムマシンなんかじゃなくって――」
「結翔さん」
「はい」
「一度わが社の研究成果を見て下さい」
ユミさんがおれと結菜さんをYASUBEの研究施設に連れて行くという事になった。実は研究成果ではなく、トキという不可思議な方から転生されただなんて、どう説明したらいいんだろう。
墓参を終えると、おれとユミさん、結菜さんを乗せたシルバーメタリックのリムジンが、日が落ち始め周囲を紫色に染めた安兵衛の墓の前から静かに走り出した。深々とした本革シートに腰を下ろすおれに、ユミさんは身体の向きを変える。
「結翔さんが何処の研究機関や企業に所属していようと、当然守秘義務はあるでしょから、話して頂けない事も承知しております」
「…………」
「ただ、私はこの事業に社の命運をかけているのです」
おれの隣で結菜さんが何か言いたそうにしている。
「海運から陸運と空運に進出して成果を上げて来ましたが、これから世界の経済を左右するのは間違いなく時空移転業界で、どうしても早く名乗りを上げる必要が有るのです」
「あの、ちょっといいですか?」
ついに結菜さんが声を出した。
「ひょっとしてユミさんは何か誤解をしていらっしゃ――」
「結菜さん!」
おれの頼りない頭の中はフル回転をしていたが、ここはもう少し様子を見た方が良いと感じた。今転生やトキの話をしても、ユミさんは信じないだろう。肝心なトキは既に居ないんだし、話がややっこしくなる。
「結菜さん、もう少しユミさんの話を聞いてみようよ」
「ええ……、だって」
おれは結菜さんに目で、ここは俺に任せてと合図を送った。
その後ユミさんからはYASUBE研究所の時空移転装置の開発と進み具合を聞かされて、おれも結菜さんもうなってしまう。人を自由に時空移転させる事が出来るのは、もう秒読み段階まで来ていると言うのだ。
一見おれが居た当時と変わりない日常生活のように見えた社会も、その中身はとんでもなく変貌を遂げていたのだった。
モルドバに着いた最初の夜はユミさんの所持する豪華なゲストハウスに泊めてもらう。花で飾られたディナーテーブルに着くと、御馳走を前に結菜さんはにこにこ顔だ。ただ食事をしている間もその後もタイムマシンの話は一切なく、もっぱら日本とモルドバのファッション事情に、女性ふたりの関心が集中していた。
そして翌日はいよいよ研究施設に案内される。
施設は深い森の中にあり、大きいが古風な建物に拍子抜けしてしまう。だが、内部に入ると印象は一変する。大きな空間が幾つもあり、間仕切りの壁は全て透明でガラスのような素材で出来ている。研究者らしい人達がその透明な壁に直接文字を書いて何やら議論をする姿が印象的だ。
「結翔さん、こちらです」
ユミさんはさらに奥まった空間に、おれと結菜さんを案内してくれる。通路の壁も全て透明で、周囲で働く人達の様子が全て見えている。着いた先は明るく開放的で、まるで空港のラウンジを思わせる空間だ。
ただ、
「なんだこれは!」
巨大なマッサージ機のような椅子が中央に設置してある。
「詳細はお話しできませんが、これがわが社が開発したタイムマシンです」
その言葉を聞いておれは、つい口を滑らせてしまった。
「やはり反物質へ転換するんですか?」
「えっ」
反物質という言葉を聞いたユミさんの表情が変わった。実はおれもトキから時空移転の仕組みを何となく聞いてはいたのだ。断片的ではあるが、知識もある。言ってしまったものは仕方がない、おれは先を続けた。
「反物質に転換してプラスとマイナスの中間を目指すのでしょうか?」
「…………」
「いわば物質と反物質との隙間です」
トキから聞いていた話では、時間も空間も超越した次元をまたぐ存在で、人間には全く感知できない世界がそこにあるというのだ。時間の概念が無い場所だという。だから2百年前も4百年前も現在と隣り合わせでもあると言える。時空移転もその延長線上で出来る事らしい。
ユミさんはおれの顔を凝視していたが、暫くして口を開いた。
「その通りです。結翔さんの関わっていらっしゃるマシンも、やはり同じ原理のようですね」
「……あの、ユミさん、実はその事でお話があるん――」
その時、後ろから研究員らしい方が声を掛けて来た。
「準備が整いました」
「結翔さん、ご覧になって下さい。始めます」
ひとりの若者がマッサージ機のような構造物、いやタイムマシンに座った。トキの話をする前に、タイムマシンが稼働し始めてしまう。ユミさんはおれが過去に行ったのはマシンによる時空移転だと確信しているようだ。
やがてタイムマシンは透明なカプセルに覆われ、内部は虹色の靄に包まれる――
結果はあっけなかった。
「結翔さん、後ろをご覧になって下さい」
「後ろ……、あっ」
今椅子に座ったはずの若者がおれの後ろに立っている!
「まだ実験段階で、用心のためこの程度なんです」
「…………」
「ですから結翔さんが4百年前にまで遡る事が出来たのは素晴らしい成果ですね」
もうここで話さなくってはいけない。おれは覚悟を決めた。
「あの、それなんですが、タイムマシンなんかじゃないんです!」
「えっ、何をおっしゃってるんでしょう」
やっとおれはトキの話を話しだした。
「えっとおれが過去に行ったのはタイムマシンなんかじゃなくって、トキという不思議な方のせいなんです。あの、よく言われる転生ってやつで、古いパソコンをいじっていたらいきなり戦国時代に行ってしまったわけです」
「…………」
「その後はもう大変で、何しろ秀吉の嫡男に転生なんてとんでもない事が起きてしまったんですからそりゃあもう――」
ユミさんはじっとおれの顔を見ている。
「……それで実は安兵衛ともその時代に出会い、最初はおれを殺しに来た刺客だったのですが――」
「…………」
「あ、そうそう、その時空移転は、トキの作り出した泡のようなもので移動するんです。なんと安兵衛もひょんな事からその洗礼を受けてしまい、現代のおれのアパートにまで来て、警察の職務質問を受けるなんて事態に……」
「…………」
それまでおれの話をじっと聞いてくれていたユミさんなんだが、ことさらやさしく声を掛けて来た。
「仕方ないですね。守秘義務は重要ですから、そんなに気になさらないで下さい」
いや気になさるとかじゃなくって……、ふう、やっぱりな、信じてもらえないか……
だけど、研究が進んでいるのは日本の方のようだからと、ユミさんはこれまで培ってきた成果の全てを隠すことなく見せてくれると言うのだった。
という事はだよ、日本でもタイムマシンの研究が進んでいるというのか。えらい世界になっていたんだな。おれが戦国時代に現代の知識を入れてしまった事で、ここまで状況が変わってしまうのか。そんな思いを巡らしている時に、ユミさんから思わぬ提案がなされた。
「結翔さん、座ってみますか?」
「えっ!」
ユミさんはおれの動揺も知らずに、
「結翔さんはもうベテランでしょうから、是非日本のマシンとの違いを教えて頂きたいのです」
「えっ、あっ、いやベテランって、あの、だから違うんだってば――」
ユミさんはおれの返事も聞かず、スタッフに指示を出し始めてしまう――
「結翔さん、どうぞお座り下さい」
「ええっ、そんなっ」
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