第27話 碑文


「そのユキさんなんですが、何故海に乗り出したんでしょう?」

「ヤスべが知り合ったラウラ・アレクシアはベネチア商人の娘で、ヤスべの死後ユキは彼女の養子になったんです。当時の海運は商売の王道でしたから、海に出てゆくのは自然な流れだったと思います」


 治安の悪い命懸けの外洋交易に乗り出したのだが、ユキの商船団は安定した実績を積んでいたという。


「なにしろユキの交易船には、イングランドの海賊ウィリアム・ハックと3百人の部下達が乗り組んでいたのですよ」

「海賊ですって!」

「そうです、面白いでしょ」

「いや、面白いなんてもんじゃないでしょう」


 その後はユミさんから、ユキがどうして海賊と知り合ったのか、詳しく話を聞かせてもらった。

 だから掠奪をもくろみ停船命令を出して商船に横付けなどした海賊は、驚愕の展開を目にする。普通の交易船だと思っていたのに、海賊が乗り組んでいるではないか。もちろん油断して近づいて来た海賊達は皆ハック達手練れの者の反撃に驚き、なすすべなく切られたり捕らえられたりして、ユキの船団が基地とするワラキア公国に連行されるのだった。

 ユキの名がヨーロッパ中に響き渡ると、もうユキの交易船を掠奪しようなどと試みる海賊が居なくなってきた。

 ところがある時、旗からユキの船と分かっていて手を出して来た海賊が居た。いきなり大砲を撃ち込んで来たのだ。海賊船は1隻なので、ハックは商船4隻を連携させ対処した。海賊を警戒するユキの指示で、常に複数の船で交易をするようになっていたのだ。


「舵を切れ。回り込むんだ!」


 旗で仲間の商船に合図を出すと、やがて海賊の撃った砲弾が商船に当たり始める。


「包囲しろ、奴は1隻だ。ぐずぐずするんじゃねえぞ!」


 ハックの号令が甲板に響き渡っている。

 船首と船尾に設置された、大口径の機関銃の覆いが外されて、銃弾が差し込まれる。鉄砲鍛冶の仁吉が、フリーターから提案されたアイディアを元に考案した機関銃で、見事に進化していた。1隻当たり4丁、4隻で16丁の機関銃の銃口が海賊船に向けられた。

 海賊船の撃ちだすのは大砲と言えども接近戦用だから距離は近い。十分機関銃の射程範囲でもある。

 やがて凄まじい数の銃弾が海賊船の横腹や甲板に当たり始め、大砲の開口部が大きく防御もないから砲手は次々とその場に倒れていく。

 だが商船側も至近距離で大砲を撃たれて、かなりの被害が出てくる。


「突っ込め!」


 剣を抜いたハックの命令で、1隻の商船が海賊船にほぼ体当たりをした。


「野郎ども、やっちまえ!」


 こうなるともうどっちが海賊なのか分からない。甲板上で血みどろの戦闘が開始された。その内に反対側にも別の商船が横付けされ、新たなハックの仲間がなだれ込んで来ると、これで流れは変わった。

 残った海賊は甲板の片隅に追い詰められたのだが、仲間を大勢やられたハックの手下は頭に血が上っていたのか、降参する海賊全員を切り殺して海に投げ込んでしまい甲板は血の海。

 この話が伝わると、もうユキの商船に手出しをする海賊は全く居なくなってしまったという。



 その後ユミさんとは安兵衛の話でいつまでも盛り上がった。

 もちろん時空移転に関しては話さなかったから、辻褄を合わせるのに苦労した。うっかり現代人が知り得ない事まで話してしまいそうになる。


「ヤスベってそんなに強かったんですか?」

「ユミさん、彼の剣術は特別なんです。最初の一撃で相手を必ず倒すという、必殺の剣法で、目の前で見るとその凄さは信じられないですよ」


 おれは夢中で話しているから、ユミさんが「えっ」って顔をしたのに気が付かなかった。


「何しろ安兵衛があの狭いアパートで刀を抜いた時は……、あっ、その……」

「…………」


 しまった。やっちまったな。これはどう説明したら良いんだろう。


「お話を伺っていると、何かヤスベが前の前に居るようじゃないですか。そこまで彼にのめり込んでいるなんて……」

「あっ、はい、その、すみません、安兵衛の話になるともう見境が無くなるんです」

「そんなに熱心でお詳しいのなら、一度ヤスべのお墓詣りをされてはいかがでしょう」


 なんとかなったか。それになんと、ユミさんがおれ達をモルドバに招待してくれると言うではないか。彼女は日本に自社のプライベート・ジェットで来ているらしい。おれは興奮して即答した。


「あっ、はい、行きたいです」


 こうしておれと結菜さんは、モルドバに眠る安兵衛の墓参りに行ける事となった。





 数日後、空港のプライベートジェット専用ターミナルに来ている。一般の利用客は居ないため、人混みも無くスムーズに搭乗出来るという。確かに大きく豪華なラウンジには他に誰も居ない。結菜さんとハーゲンダッツのアイスを食べながらくつろいで、搭乗の時間になりユミさんの後に付いて行く。もちろんプライベートジェットであるので出発時間は自由に決められるのだが、すでにフライトスケジュールは空港に提出してある。そしてリムジンに乗せられ、着いた先に待っていたプライベート・ジェット。


「ぐわあーー」


 おれは素っ頓狂な声を上げた。


 タラップの下まで来るとRR社製のエンジンが目の前だ。それにしても飛行機がでかい!

 だが俺はすぐある事に気が付いた。


「YASUBE!」


 機体にはローマ字でYASUBEと書いてあるではないか。


「ユミさん、このヤスべの文字は……」

「気が付かれましたか。そうです、会社の名前をヤスべにしてあるのです」


 もちろんユミさんは大の親日家でもあった。


「これでもプライベートジェットなんですか?」

「旅客用にすれば300人以上は搭乗できるサイズです」


 もう隣に居た結菜さんも「アウアウ」っと、初めて秀吉の大阪城を見上げた時と同じに圧倒されて声を詰まらせているみたいだ。おれはプライベート・ジェットというから小型のせいぜい十人か十五人乗りくらいの飛行機を想像していた。

 

「日本まで来るには航続距離の関係で、このくらいのサイズでないと給油とか都合が悪いんです」

「そうですか」


 機内に入ると、これはもうホテルだ!

 アイボリー・ホワイトの制服を着た女性が笑顔で声を掛けてきた。


「お飲み物はいかがですか?」


 ウエルカム・ドリンクを聞かれたのだ。おれはコーヒーで結菜さんはジュースを頼んだ。

 すぐチョコレートのスイーツがケースに入って運ばれて来た。


「モルドバまでは15時間くらい掛かります」


 なんと途中軽食やおやつは除いて、正式な食事は3回も出るらしい。それに寝る時はフル・フラットになるベットをスタッフが準備をしてくれて、しかもシャワー付きの個室だ!

 もちろん結菜さんも飛行機以上に舞い上がっている。




 機内では何もやる事が無いから、散々飲み食いして、モルドバに着いた。もっと乗っていたかった……

 空港を出ると、静かでお落ち着いた綺麗な街という印象だ。この世界でもさほど豊かな国というわけでは無さそうなのだが、YASUBEは欧米中に営業所が点在しているグローバル企業で、その資本力は突出しているようだ。

 さっそく安兵衛の眠るお墓に案内してもらうことにする。場所は丘の上という話だったが、どこまで行っても緑豊かな住宅街が続いている、

 

「着きました。ここがそうです」

「えっ」


 確かに墓らしい公園になっているのだが、周囲を住宅が囲んでいる。


「ヤスべが葬られた時は、ただの丘でお墓以外に何も無い場所だったそうです」

「そうですか」


 墓は石造りで周囲も綺麗に整備されていた。おれと結菜さんは、途中の花屋さんで買ってきた花を手向けて手を合わせた。


「安兵衛、おぬしの活躍は大したもんだったんだな」


 思わず声が出た。それはおれの本音だった。ところが、墓石をよく見てみると、名前などの下に、なにやら碑文が刻まれているのに気が付いた。


「ん、なんだろう?」


 近寄って読んでみると、ローマ字で書かれている。何度か読み直して、息をのんだ。


「まさか!」

「どうしたんですか?」

「結菜さん、これを読んでみて」


 指差された碑文を結菜さんが読んでいる間に、ユミさんに聞いてみた。


「ユミさん」

「はい」

「この碑文は初めから書かれていたものですか?」

「それは死期を悟ったヤスべ自身が、墓石に刻むようにと書いたものらしいのです。その後も立て替えるたびに同じ碑文が刻まれました。私には意味が良く分かりませんが、何かとても重要な言葉なのでしょうね」


 おれは改めて安兵衛を思い、墓石に手を添えた。


「安兵衛、未来ではきっとおれが来ると信じていたんだな。お前って奴は……」


 宇宙を構成している正物質と反物質との間に微妙なゆらぎが有り、トキはその隙間に入り込んで超自然な存在になったと聞いている。そのような人知を超えた能力が、フリーターのおれを戦国時代に転生させたのだ。

トキが何故そのような時空移転で違う世界に行けるのかは、いまだに分からない。だが時の旅を何度か経験した安兵衛は、おれより時空移転を小気味よく感じて四百年の旅を楽しんでいたのかもしれないな。墓石の碑文はオランダ式ローマ字で書かれていて、お会いという言葉が、うお会いになっていたから戸惑った。


「TONO MATA UOAISIMASITANA YASUBE」


 フリーターだったおれは時の支配者トキの手を借りて戦国時代に行き、江戸城を攻略し、さらには外国勢力と戦った後で現代に戻って来たが、何かが変だ。社会がおれの元居た時代とは違って来ていた。さらに戦国時代に出会った剣豪安兵衛の子孫だという外国人の女性ユミさんが現れ、成り行きからそのユミさんに誘われて、安兵衛の墓参りをしようとモルドバまでやって来た。しかし墓には約4百年前に生きた安兵衛からの伝言が刻まれていたのだった。


「結翔さん」

「はい」


 ユミさんがおれを見つめ、改まって聞いて来た。


「この碑文の意味は何ですか?」

「えっと……」

「結翔さん、私に本当の事を話して頂けますか」

「えっ、本当の事!」


 まずい、これはまずいぞ。4百年も前の安兵衛がおれに声を掛けて来ているなんて、どう説明したらいいんだ。

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