第13話 サムライとイェニチェリ
「撃て!」
40丁の機関銃が火を吹くと、数の優位が逆転した。発射される弾丸の数とスピードが違い過ぎる。オスマン軍の機関銃射手は、撃たれて倒れると、すぐ後ろに代わりの者が控えていている。弾丸カートリッジを押し込めながら、後は引き金を引くだけだ。誰でも出来る。
旧式銃は普通の兵士で1分間に2発程度。後込めの新式はその倍で4発は撃てる。さらに狙撃の上手い兵士に、複数名が装填役としてチームを組んだりしていれば、8発は撃てるだろう。そのかわり銃を交換して撃つから、射手の頭数は減って半分という事になる。そう考えると、どちらの方式でもあまり差は無い。
一方機関銃の方は、1秒間に1発以上は撃てた。時計の振り子が1往復する間に1発だ。1分間に60から70発も撃てる。40丁の機関銃なら2千4百から2千8百発も撃てる勘定になり、約3倍となる。さらに機関銃は銃座で支える方式で、銃身が長く造られている為、新式火縄銃よりも射程距離が長い。
ペルシャ軍側の鉄砲隊がたちまち全滅し、後ろに立つ兵士もバタバタと倒れていく。始めて見る機関銃の威力に、ペルシャ軍は腰が引けてなすすべもなく敗走を始めた。
「突撃せよ!」
ムラト4世の命令が下る。
騎兵に続く歩兵、槍兵が残った敵を倒す。安兵衛や他のサムライ達も、刀を振るって縦横無尽の活躍をした。逃げて行くペルシャ兵に対して、進もうとする後陣の兵士がぶつかり、大混乱となって包囲され壊滅した。こうなると数の多さが裏目に出る。
首都より迎え討って出たペルシャ軍は、数の優位にもかかわらず惨敗する。
騒然とする雰囲気の中ですでに即位していたサフィー2世は、政治への関心を持たず、軍を統率する力は無い。迫りくるオスマン軍を前に大宰相が実権を掌握したが、混乱状態の国内で暗躍する政敵に暗殺される。
そしてついにイスファハーンは包囲されてしまう。弱腰のサフィー2世はいつの間にか逃走して、スルタンは消えて大宰相さえいなくなってしまったペルシャ軍は、降伏せざるを得なくなる。ここに至り、まだ首都の陥落だけではあったのだが、サファヴィー朝ペルシャは事実上滅亡する。
ムラト4世は、次はコンスタンティノープル奪還をめざすと宣言した。
大阪城の一室に幸村はゆっくり歩いて来ると、秀矩の前に顔を出した。
「秀矩様」
「これは幸村殿、どうしましたか?」
幸村のほうから秀矩に声を掛けて来る時は、必ず何か重要な話が有るのだ。
すでに腰が少し曲がっているが、その声にはまだまだ張りが有る。
「実はパイン殿より連絡が御座いました」
「おう、パイン殿から」
「はい。ムラト様から機関銃の弾丸を至急送って欲しいと、要請が有ったとの事で御座います」
ムラト4世からは、代金として大量の銀が送られて来たのだった。
「仁吉殿と太郎兵衛殿に連絡をして下さい」
「分かりました」
「それから、製鉄所の建設は今どうなってますか?」
秀矩の指示を待つまでもなく、全国の大名は製鉄所の建設を検討し始めていた。
国外を見れば新式火縄銃の需要が有り、引き合いが多い。だが弾丸の増産にしても鉄が無くては始まらない。
「砂鉄の産地近くですでに数カ所建設されて、試験的な生産も始まっております」
「そうか、だが、鉄の生産が軌道に乗っても、鉄そのものは輸出を禁ずる事にする」
「…………」
鉄は必ず銃や弾丸に加工して輸出すると言うのだ。その方が当然高値で取引できる。日本は輸出する物があまり無い。だから武器や弾丸はこれから貴重な輸出品になるだろう。
「代わりに海外からは保存できる食料を輸入しよう。飢饉で人口が減ってしまう事は何としても避けたい」
「分かりました。太郎兵衛殿にも伝え、そのように致します」
但し、武器の輸出は当分の間、新式火縄銃のみとする事が決められた。機関銃を今輸出するのは影響が大きすぎる。オスマン帝国にのみ、追加するのはかまわないだろうと。
一方ヨーロッパは混乱の極みだった。国内問題で手一杯となるイングランド軍が去ったコンスタンティノープルは、ハンガリーが一時的に支配していた。その奪取にも意欲を燃やすムラト4世は、7万のオスマン帝国軍を率いて包囲した。
この優美な都市をムラト4世の祖先が包囲したのは、15世紀の中頃だった。メフメト2世が、10万のオスマン帝国軍を率いて包囲した。オスマン側は大型の大砲を用いた。ハンガリー人の技術者ウルバンが売り込んだ新兵器ウルバン砲。それは長さ8メートル以上、直径約75センチという巨大なもので、5百キロ以上の石弾を1.6キロ先まで飛ばすことができた。東ローマ帝国にも提案したのだが断られて、オスマン帝国に売り込んだとされている。ただし、ウルバン砲は命中精度が極めて低かった。さらに1回発射してから次の発射までに3時間もかかる。さらに6週間使うと壊れるという始末であった。このため、その破壊力をもってしても城壁を完全には破壊できなかった。しかし艦隊を陸越えさせるなど、大規模な攻囲作戦を行なったが、東ローマ帝国軍はわずか7千の兵力だったにもかかわらず2か月に渡って抵抗を続けた。
そしてオスマン軍の総攻撃の前には、ついにコンスタンティノープルは陥落。東ローマ帝国は滅亡した。
ムラト4世も大型の大砲を用意して、大規模な攻城作戦を行う。だがコンスタンティノープルの堅固な防壁は今も健在であり、立てこもるハンガリー部隊はわずか6千の兵力だったにもかかわらず抵抗を続けていた。
城壁は内壁と外壁の二段構えとなっていて、内壁は厚さ5メートル、高さは12メートル。外壁は基礎部分が厚さ2メートルほどで、高さは9メートル、さらに外壁の外には濠が掘られていた。幅は20メートル以上、深さは10メートルほどもあった。
城内に向かうトンネルを掘るなどの攻城戦の続くある日の事だった。オスマンの兵舎でサムライとイェニチェリのどちらが強いかという話題が出た。いかに戦場とはいえ、日夜の分け隔てなく戦闘をしているわけではない。数カ月も続く内には、こんな暇な日もあるのだ。
「ヤスべ(安兵衛)、お前はイェニチェリよりも強いのか?」
「…………」
「どうだ、一対一でやってみようではないか」
周りに集まったイェニチェリ兵士達が盛んにはやし立てている為、言い出した男も引っ込みが付かなくなった。
「やれやれ!」
「そうだ!」
もう周りは勝手なものだ。いい暇つぶしではないかと喜んでいる。
「お前が死んでしまっては、ムラト様に申し訳がない」
「なに!」
安兵衛の返事を聞いた男の顔に怒気が浮かぶ。
だがそこに、騒ぎを聞きつけたムラト4世が現れると、周囲を埋め尽くした兵士達が一斉に膝を折り、ひざまずいて頭を下げた。
「何を騒いでおる」
「は、この両名、どちらの方が強いのかと揉めております」
周囲を見回していたムラト4世は安兵衛を見ると、
「その方の剣技をまだ直接見てはおらぬな」
「…………」
「丁度よい機会だ、今ここで見せてはくれぬか」
「しかし私が刀を抜けば、この者が死ぬ事になるやもしれません」との安兵衛に、
「かまわぬ、やれ」
「はっ」
一礼した安兵衛は、男とムラト4世の前で対峙する。大柄なイェニチェリの男が剣を抜くと、安兵衛も刀を抜き正眼に構えた。示現流の構えではない。
しばらくにらみ合いが続いたが、やがて男が奇声を上げて切り掛かって来た。
安兵衛は一歩前に出ながら、すっと刀を横に引き寄せ、
「イエッーー」
次の瞬間、男は剣を振り下ろす間もなく絶命。ムラト4世は安兵衛の無駄のない動きと、剣さばきのあまりの速さに驚愕した。これでオスマン陣内でのサムライヤスべの人気は、一気に高まる事になった。
コンスタンティノープルではその危機を知り、キリスト教国を守るべく周辺のヨーロッパ諸国も救援に駆けつけて来る。だが、機関銃の敵ではない。オスマン軍は総攻撃を行い、ついに城内へと侵入した。コンスタンティノープルは陥落し、ムラト4世は帝国西領土の主要都市を取り戻したのだった。
ムラト4世はここで西への侵攻を止め、今度は東に目を向けた。サファビー朝に従っていた小国を次々と降して行く。最後の野望はインドのムガール帝国を攻略し、アジアの一角をも手に入れる事だった。
日本では戦も無くなり、平和な世が訪れているようにも見えるが、飢饉等による人身売買の話が後を絶たなかった。
「殿」
「なんですか」
「パイン殿が参っております」
ムラト4世が追加の機関銃と弾薬を希望していると言う話で、再び大量の銀を預かって来たのだ。仁吉に問い合わせると、来年までにはさらに40丁くらいは出来ると言う。
「パイン殿、では来年までに、あと40丁の機関銃と弾丸を輸出しましょう」
「有難う御座います」
「ところで、ムラト4世の次の目標はムガール帝国だとの噂ですが、本当ですか?」
「はい、そのように伺っております」
ムガール帝国はイングランド商人が出入りして綿製品交易を盛んにしている今のインドだ。このままオスマン帝国が進出して来れば、イングランドとも交易している日本の立場は微妙になるだろう。どちらに肩入れしても、面倒な事になるやもしれない。それにムガール帝国と同じくイングランドと交易していたサファビー朝ペルシャは既にオスマン帝国によって滅ぼされている。いずれイングランドもその詳細を知るだろう。そうすれば戦いの転機となった機関銃の話が出て来るのは時間の問題だ。
秀矩から相談されたパインは頭を抱えてしまった。機関銃の件はともかく、あのムラト4世の気質を思うと、ムガール帝国攻略に異議をとなえる事は間違いなく死を意味する。現にコンスタンティノープル侵攻に反対した重臣は、処刑されているのだ。
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