第12話 イスファハーンへの反攻


 サファヴィー朝ペルシャは、軍事力を頼る経緯があるなど、周辺の遊牧民族と関係が深い王朝であった。1629年にアッバース1世が亡くなった後は、孫のサフィー1世が即位した。その後10歳のアッバース2世が即位すると、辺境の遊牧民族が相次いで反乱を起こし始めていた。

 そんな時期、パインはたったひとりでペルシャの国境から少し離れた地にやって来た。そこに潜伏するムラト4世を訪れたのだった。


「我が王朝を滅ぼしたイングランドの商人が、何用で参った!」


 低い椅子に足を交差して座る、眼光鋭い若者が言い放った。亡命中とはいえ、身にまとう衣装やターバンには、大粒の色鮮やかな宝石が光っている。

 ムラト4世は言葉を続け、「返答次第で、お前の首は直ちに胴と離れるだろう」と言った。横には数人の家臣達が並んで立ち、やはり立ったままのパインを見つめている。

 

「東方に御座います日本の国王から、親書を預かって参りました」


 パインは秀矩から託された親書を、立ち並ぶ家臣のひとりに手渡す。

 だが、渡された親書を開き、秀矩によって書かれただろう文字を一瞥したムラト4世の顔色が変わる。それを見たパインは、すぐに言葉を添えた。


「日本の文字とこちらの文字とでは違いすぎて、書面では無理ですので、私が内容を代弁する事をお許し願います」


 この若者の、次に発せられる言葉次第で自分の首が飛ぶ。パインは周囲の誰もが沈黙している時間を耐えた。ムラト4世はしばらくの間パインを見ていたが、やがて指先を伸ばし、わずかに上げる仕草をして見せた。許可を得たとパインは理解する。


「その親書には、偉大なるオスマン帝国の皇帝であらせられ、世界の皆から神と崇められて、さらには父とも慕われる貴方様に対し、尊敬と称賛の言葉が書かれております」

「…………」

「さらに今回の訪問では、日本で開発された機関銃と言う武器を贈呈致したしますので、お納め下さいと承ってまいりました」


 賛美には無表情だったムラト4世の目が、武器と言う言葉を聞いて光った。


「その武器と言うのは何処に有る」

「中庭に用意させて御座います」


 と、家臣のひとりが答える。

 中庭に皆が出ると、鉄片を硬い石に打ち合わせて火花を飛ばし点火しようとするが、慣れないパインは何度目かの打撃でやっと火口に点火し火種が出来た。

 火縄に火を点けると、家臣のひとりに差し込まれた弾丸のカートリッジを下に押すように言って、自ら引き金を引いて見せた。標的には兵士を模した人形を幾つも並べて置いてある。続けざまに発射される弾丸により、次々と人形が砕け散ると周囲から驚愕の声が上がった。

 先の戦では、イングランドやペルシャの新式火縄銃の威力に翻弄されたオスマン帝国だ。銃の脅威は知り尽くしている。だが、この機関銃と言う武器にはムラト4世も驚きを隠せなかった。


「パイン殿」

「はい」


 いつの間にかパイン殿と呼んでいるムラト4世だ。


「この武器をもっと手に入れる事は出来ないか?」

「1年ほどの猶予を頂ければ、多くの機関銃をご用意出来ます」

「よし、分かった」


 パインはムラト4世から歓待され、日本の王に対して返礼の親書を託されるのだった。




 約1年後、九州の港から船出した交易船には、40丁の機関銃と、2百を超える弾丸カートリッジが積み込まれていた。木箱の上には偽装の為のくさやが満載されている。これで略奪や港での検問にも効果を発揮するに違いない。

 交易船にはパインの他に、安兵衛や10数人の侍も乗り込んでいた。機関銃を積んだ交易船は紅海を目指していたのだが、途中に立ち寄った港では、香辛料と違い誰も注意を払おうとする者は居なかった。

 実際、海路だけでなく陸路でも、くさやは簒奪者の難から逃れる事を助けた。誰もがその異臭に顔をしかめ、木箱に近づこうとはしなかったのだ。そして幾多の苦難を乗り越え、パインは商隊に姿を変えた侍達と共に、機関銃をムラト4世の下に届けた。



 盛大な歓待を受けたパイン達だが、皆からサムライと呼ばれ、多くはそのまま機関銃の射手として、また安兵衛も傭兵としてムラト4世の下に留まる事になった。


「安兵衛殿、留まるのですか?」

「その覚悟で船に乗りました」

「腕が鳴るという訳ですか」

「天下泰平の世では、私の生きる場が有りません」


 そう言うと、涼しく笑って見せた。安兵衛だけではない、この時代、多くの武士が戦場を求め東南アジアに進出していたのだった。




 ムラト4世の家臣達は、サファビー朝ペルシャの首都イスファハーンへの反攻の機会を伺い、協議を重ねていた。ムラト4世自身は直接イスファハーンを攻略しようと考えている。だが家臣達は、西方の都市より順に攻め落として行き、最後にイスファハーンに迫ろうと言う者が多くまとまらなかった。


「やはり今すぐイスファハーンへの攻勢は、時期尚早ではないかと考えます」

「イスファハーンにはペルシャの最強軍団が控えているはずで御座います。ここは西方より順に都市を落として行くのが賢明な策ではないかと存じます」


 だが意見を聞いているムラト4世の表情が、次第に険しくなっているのを皆は見逃していた。


「たとえ機関銃というあの武器が強力だとしても、敵を侮ってはなりません」

「西方には攻めやすい都市が御座います。そちらから先に手掛けてはどうでしょうか」


 ペルシャの首都イスファハーンは敵の主要軍需基地でもあり、最も手ごわい反撃が予想されると言うのだ。だが、ついにムラト4世が立ち上がると、脇に控える太刀持ちの方を見る。すぐさま差し出される剣の柄を握ると、一気に引き抜き刃を家臣達に向けた。


「お前達が腰に携える物は剣なのか、それとも敵から逃げる為の靴なのか」

「――――!」


 その一言で周囲の者達に戦慄が走る。


「イスファハーンに背を向けると言う者は前に出ろ。今この場で切って捨てる!」


 ムラト4世の発した言葉の前に大臣達がひれ伏した。




 イエニチェリの元軍団はペルシャ(現在のイラン)の北方に位置するカピス海沿岸に散らばり潜伏している。そしてムラト4世の号令の下、全軍が終結するとイスファハーンに迫った。

 ペルシャのスルタンは討伐軍を派遣して来たが、対峙した両軍はサファヴィー朝軍の方が数において明かに勝っている。サファヴィー朝軍の15から20万に対してオスマン軍は4万に満たなかったのだ。大臣たちが反対するのも無理はなかった。

 

「鉄砲隊前に」


 ムラト4世は、比較的少人数で、しかも旧式の鉄砲隊を前面に押し出し射撃を命じた。ペルシャ側も鉄砲隊が出て来るのだが新式火縄銃だ。数も少なく旧式の火縄銃隊に勝ち目はない。すぐ劣勢となったオスマン軍に撤退命令が出される。

 最初は慎重だったペルシャ軍も、オスマン軍が退却し続けるのを見て、全軍に命令が出た。


「突撃!」


 ペルシャの大軍が押し寄せて行く先には、オスマンの騎兵と槍兵が1列に並んでいる。ペルシャ軍は鉄砲の射程範囲に来ると突撃を停止し、全ての新式火縄銃2百から3百丁ほどを前に並べて一斉射撃の用意を始めた。


「騎兵、槍兵は後ろに!」


 ムラト4世の命令が響く。

 そこに並んで姿を現したのは、既に火縄に火を点け、引き金を引くだけになっている40丁の機関銃だった。

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