第5話 28人の傭兵


 バルクはタタール人傭兵集団のボスで、ラウラは彼らの元雇い主だったと分かったが、男達は一旦ユキの前を離れた。


「どうする。あいつもおれ達を雇用したいんだろ」

「だが金がねえじゃねえのか」

「船を取り戻せば金が手に入るんだ、奴の話じゃな」


 店の隅で男達が輪になって相談している。


「信用するのか?」

「やらなきゃ、食い扶持が手に入らねえ」

「おれはここんとこもう、ろくなもん食ってないんだ」

「…………」


 バルクは一緒にいた若者に、「皆を店の前に呼べ」と指示して、ユキの所に戻って来た。


「ユキさんと呼べば良いんだな、おれ達はあんたを信用することにした」

「だけどバルクさん、お金は――」

「それは後でいい。おれが一度信用すると言った以上二言は無い」

「分かりました」




 酒場の外に出ると、そこにはいつの間に集まって来たのか、馬にまたがる男達の集団が居る。


「これからはこの傭兵28人があんたの部下だ」


 そう言ったバルクが男達を見回した。


「船は多分コンスタンチノープルに向かったんだと思います」

「…………」

「そこで売るつもりなんでしょう」

「よし、先回りしてやる」


 ユキと28人の傭兵達は、馬を飛ばして南に向かった。コンスタンチノープルまで6日くらい掛かるだろう。海上もほぼ同じ距離で、順調に風が吹けば馬と同じ日数で着くと考えていい。

 途中夜は野宿になる。夕食は街の路上で業者が解体していた獣のもも肉を買った。焚火で炙ると、皆でそぎ落として食らう。後は酒を飲むだけだ。ユキは肉を手で持ち食べるのも、酒を回し飲みするのも気にならなかったが、着たきりで何日も衣服を着替えられず、湯あみも出来ないのがつらかった。

 しばらく焚火を囲んでいると、バルクがユキの側に来て振り向き声を上げた。


「クイナ!」


 呼ばれて若い男がやって来る。ところがバルクはいきなり剣を抜くと、その男に襲い掛かった。

 その男もすかさず剣を抜き応戦する。激しい切り合いが始まりユキは呆然と見守るしかない。何が起こったのか。刃の触れ合う音が響くのだが、誰も止めようとはしない。


「おおう」

「やれ!」

「そこだ」


 ユキが思わず止めようとした時、後づさったバルクは剣をはじかれ倒れてしまう。さらに若い男の振るう剣が、地面で仰向けになり無防備となったバルクの首に落とされた。


「キャーー」


 ユキが思わず悲鳴を上げる。

 だが、刃は首の寸前で止まり、バルクに若い男は笑って手を差し出す。

 起き上がったバルクは、渡された剣を受け取ると、ユキの前にやって来た。


「ユキさん、ご覧の通りです。この男が剣を抜けば、かなう相手などひとりもおりません」

「…………」

「これからは、このクイナを貴方の護衛に付けます」


 そして次に呼んだのはタリウトと呼ばれる男だった。


「この者は年寄りですが、誰よりも知恵のある男です」

「…………」

「私の居ない時など、何時でも良い相談相手になるでしょう」


 ふたりはユキに会釈をする。

 夜は皆がそれぞれ布で身体を覆って寝た。




 南下を始めて3日目の夜。さすがに野宿はつらくなり、宿に泊まった。1階が酒場で、2階は幾つもの小部屋になっている。ユキはタリウトに「皆さんで飲んで下さい」と、金貨を数枚渡した。

 クイナはユキの部屋の前に居るので、「貴方も」と言ったのだが、行こうとしない。


「私なら部屋の中だから大丈夫よ」


 クイナはそれを聞いて、やっと下がって行った。

 


 


 翌朝は早く出立したのだが、バルクがユキの側に馬を寄せて来ると、


「ユキさん、貴方が女性だという事は、もう皆が気づいている」

「…………」

「貴方の身を守るのも我々の仕事です。この先も宿に泊まるなどして、なるべく野宿など無理をしないで下さい」

「…………」

「それから、私は部下ふたりを連れて先を急ぎます。船の方が早く着くかもしれませんので」

「それでしたら船でマラトという水夫頭を探し出して下さい。私の信頼する部下ですから、事情を言えば協力してくれるはずです。船長や上級船員より、一介の水夫の者と話す方が暴徒達に怪しまれずにすむでしょう」


 そう言うとユキは金貨を一握り渡した。


「分かりました。では」


 バルクは部下ふたりを連れ駆けて行った。





 ユキ達が南下していたワラキア公国は、北西のトランシルヴァニア公国、北東のモルダビア公国、南のオスマン帝国などに囲まれている。


 ワラキアのヴラド3世、通称ドラキュラ公は、15世紀にオスマン帝国と対立した。ユキの時代から2世紀も前の話だ。オスマン帝国はワラキア公国に使者を派遣して貢納を要求して来たのだが、ヴラド3世は帽子も取らない横柄な態度の使者を前にすると、


「何故帽子を取らない?」

「我が国では皇帝の前であろうと、帽子を取る必要はありません」

「ならば2度と取れないようにしてやろう」


 帽子を使者の頭にクギで打ち付けてしまった。さらに生きたまま串刺しにする。

 その後の戦いでもオスマン帝国軍の兵2万人を串刺しにした。皇帝は大量のオスマン兵が串刺しにされた林を見ると戦意を失い、ワラキアから撤退する事になった。

 しかしオスマンは通貨制度の完成やコーヒー豆やチューリップの欧州諸国への輸出などを経て、東西貿易の中心地として機能していた帝国だ。独特の建築様式を生み出し、鮮やかな彩色陶器が生産され、文学でさえ評価されている。円滑な税回収やインフラの整備などを行うことで繁栄しており、当時としては世界に誇る先進国であった。




 ユキと傭兵達はコンスタンチノープルに向かい、ワラキアの土地を南下しているところだった。


「あの声は何?」


 ユキは女性の悲鳴を聞いたのだ。すぐ声のする方に馬を走らせると、馬車の側で、数人の男達が家族ずれのような者達を囲んで騒いでいる。


「何をしているの」


 馬を降り傍に行くと、女性は泣いている赤子を抱いているではないか。


「よしなさい!」


 取り囲んでいた男達は突然の来訪者に驚いたようだが、すぐそう言ったユキをにらんだ。


「ふん、そよ者だな」

「行け行け、お前なんぞに関係ない事だ」


「その手を放しなさい」


 ユキは毅然として、女性の腕を掴んでいる男に向かって言った。


「この野郎」


 向きを変えた男達が身体をゆすりながら無遠慮に近づいてくる。


「クイナ!」


 ユキが叫ぶと、横から前に出て来るクイナが剣を抜いた――


「野郎!」

「若造だ、やっちまえ」


 4人の男達がそろって剣を抜いたが、クイナの足は一歩も止まらない。剣を2振りすると左右の男が倒れ、振り向いた時は、3人目の男の腹を切り裂いていた。

 4人目の男は両手を広げ、逃げて行ってしまう。

 ユキの後ろに並んでいた傭兵の男達は、その成り行きを当然だとでもいうように、馬を降りようともしないで見ていた。

 ユキは女性の側に行くと、


「お怪我は有りませんでしたか?」

「有難う御座います」


 そう礼を言った女性は、ワラキアの貴族カンタクジノ家のエヴァ・イオネスコと名乗った。あの言いがかりをつけてきていた男達は、対立するバレアヌ家の者だと言う。大土地所有者であるボイェリ(封建貴族階級)のバレアヌ家とカンタクジノ家との血なまぐさい衝突が続いていたのだった。女性の館はここから半日ほど西に行った処らしい。逃げて行った者はきっと報告しているだろう。また襲われる危険がある。


「どうしましょう」


 ユキはタリウトに相談した。護衛して行ってやりたいのはやまやまなのだが、行きに半日では、丸1日費やしてしまう。


「では5人ほど選んで護衛に付けてやりましょう」


 タリウトの提案を受け、ユキは女性に訳を説明して、護衛を残し先を急ぐ事にする。女性から次の機会には、ぜひ館にいらして下さいと言われ、その場を離れた。






 馬を飛ばしていたバルク達3人は、コンスタンチノープルに着いた。


「モルダビアから来た船はいるか?」

「パルパテチオ号だ」

「モルダビアから来たばかりの船は何処だ?」


 バルク達は港に来ると聞いて回った。港といっても広い範囲に何カ所も点在しているし、船は何隻も停泊している。中には沖に停泊したままなのもいる。どれがそうなのか分からない。何しろここは東西交通路の要所で、海路の要所でもある。オスマン帝国がヴェネツィアと始めた、ダルダネス海峡を挟んだ戦いの影響がまだ続いている。ヴェネツィア艦隊による海上封鎖を受け、物流が滞り物価が高騰した首都コンスタンティノープルだ。暴動と反乱の危険にさらされている。港の雰囲気も殺伐として皆殺気立ち、人の質問にまともに答える者は居ない。


「くそ、これじゃあ分からんぞ」

「だがな、良い事もある」


 バルクが自信を持って言った。


「何ですかそれは?」

「ダルダネスの海峡が封鎖されているって言ってるだろう」

「…………」

「という事は、ここから地中海には出て行けないって事だ」


 ダルダネス海峡はボスポラス海峡と共に黒海から地中海に行く時は、必ず通らなくてはならない海峡だ。そこをヴェネツィア海軍が封鎖しているというのだ。船はきっと近くに居る。じっくり探す事だ。バルク達はまた精力的に探し出した。

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