第19話 負けイベって勝ちたくなるよね
「ギャオォォォォォン!!」
金属を擦ったような耳障りな雄たけびが響く。
ジャイアント・ロックタートルを噛み砕いたワニがノエルたちを睨みつけていた。
「なるほど、あのデカい亀はコイツに住処を追われて街道まで顔を出し始めたわけか!!」
「皆様、注意してください。対象は『キャノンダイル』。水棲の亜竜に分類されるモンスターです。現状の私たちの戦力では勝算は低いです」
「それなら、逃げる隙を伺いながら戦いましょう!」
武器を構えるノエルたち。
シェリルがリゼットたちに叫んだ。
「あなた達は先に逃げなさい! ケガ人が居るんだから」
「わ、分かってる!」
リゼットは取り巻きに肩を貸して走り出した。
しかし、急に動いたのが良くなかったのだろう。ワニの目がぐるりと動き、リゼットたちを捉えた。
「マズい⁉ 避けてください!」
「え――きゃあ!?」
その巨体からは想像できないほど、ワニは俊敏に走り出した。
向かう先はリゼット。巨体を生かしたシンプルな体当たり。
間一髪でリゼットたちは避けるが、体当たりによって倒れた木がリゼットたちを襲う。
「ッ!? あ、足が……!!」
転がった木にリゼットは足を挟まれた。
必死に足を引き抜こうとするが抜けないようだ。
「マズい。こっちに気を引かないと!」
「デカいトカゲが、こっちを向け!」
ノエルとジーク王子が走り出す。
ワニの横腹を切りつけるが――刃が通らない。
ノアからのバフは残っているのに、ワニの鱗一枚を切り裂くこともできなかった。
「なんという硬さだ……全身がロックタートルの甲羅並みに固いのか!?」
「避けて!!」
ワニはぐるりと体をひるがえす。
その巨体は動くだけでノエルたちにとって脅威となる。
サッと避けたノエルたち。
そんなノエルたちを、ワニは睨みつけるとバクリと大きな口を開けた。
「危険です! 皆様、横に飛んでください!」
ノアの叫び声に、反応するノエルたち。
ワニの開いた口。その車線上から避けるように飛んだ。
ズッドォォォォォン!!!!!!!!
ワニの口から、膨大な量の水があふれ出す。
それは光線のように森を貫いた。森の木々はなぎ倒され、地面がえぐれる。
攻撃が終わったときには、大きな道のように森が切り開かれていた。
「なんとも……悪夢みたいな威力だな……」
「まともに食らったら、消し飛びますね」
ノエルたちの額に冷や汗が浮かぶ。
ちらりとリゼットたちを見る。まだ倒れた木に足が挟まれて動けていない。
見捨てるわけにはいかない。しかし、このワニと戦いを続ける自身もない。
その迷いは、最悪の形で消え去ろうとしていた。
ワニが再び大きな口を開く。リゼットたちに向けて。
青を過ぎて真っ白になった顔で、リゼットがノエルたちを見た。
目から涙を浮かべて、助けを求めるように手を伸ばした。
ぴちゃり。ワニの口から水があふれ出す。
ズッドォォォォォン!!!!!!!!
爆音と共に、リゼットの姿が消し飛ぶ――ことは無かった。
ワニは天に向かって水流を放っていた。
まるでアッパーカットでも食らったように、目を丸くして空を見上げている。
「あっぶねぇぇぇぇぇぇ!? ギリギリ間に合って良かった……」
ワニのすぐ下には人影が居た。
天に振り上げた拳には、籠手のような魔道具が付けられている。
ノエルは目に涙を浮かべて叫んだ。
「お兄ちゃん!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ノエルたちと別れた後。
リオンは寮に戻る途中で、心臓が飛び出るかと思った。
零組の担任教師が居たからだ。
別に担任教師が居たことは問題ない。
だが、時間が問題だ。
本来のストーリーなら、彼女は隠れてノエルたちに付いて行き、その戦いを見守っているはずなのだ。
そのはずの彼女が、この時間に街に居る。
という事はノエルたちを見守っていない。
それはとんでもなく問題だ。この後のストーリーがヤバいことになる。
ノエルたちはモンスターを退治しに行った。
結果として討伐対象は無事に倒すことができる。しかし、直後にもっと強いモンスターに襲われる。
そのモンスターにノエルたちは敗北。ピンチになった所で、担任教師が助けに入るはずだった。
いわゆる負けイベント。
零組の担任教師がこれくらい強いですよ。と説明するためのイベントなのだ。
このままではヤバいと気づいたリオンは全力ダッシュ。
ノエルたちを追いかけて湖に向かい、間一髪でリゼットたちを助けることが出来た。
リゼットが驚いたようにリオンを見つめる。
「お、落ちこぼれ。なんでココに……⁉」
「俺も、なんで自分がここに居るのか分かんねぇよ……」
本来ならモブとしてひっそりと学園生活をやり過ごすつもりだった。
なのに、どうして自分は主人公であるノエルたちのピンチに駆けつけているのだろうか。
(まぁ、お兄ちゃんだから仕方ねぇか……)
ワニはリオンを睨みつけると、口を開いて襲い掛かった。
自慢の顎で食い殺すつもりらしい。
ガシャン!!
リオンが籠手を着けた左右の拳を打ち付ける。
それを合図としたように、籠手からSFチックな鎧が生成されていく。
それは魔力によって作られた疑似的な鎧。一時的なものだが、一発殴る反動からリオンを守ってくれれば十分だ。
「俺の妹と学友をいじめてくれたみたいだし、ちょっとしたお礼をさせてくれ」
リオンは拳を振りかぶり、目の前に迫ったワニの下顎を殴りつけた。
ズッドォォォォォン!!!!!!!!
渾身の右ストレートが決まった。
殴られたワニの体が宙に舞う。バシャンと湖に落ちると、プカリと仰向けに浮かんできた。
脳まで決まった一撃。見事にノックアウトだ。
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