第15話 坊主とメスガキ

「リオン様、おはようございます!!」

「え、なに……誰だ?」


 翌朝。

 教室に入ったリオンを待っていたのは、ツルリとした頭の青年だった。

 深く頭を下げているため、そのテカリ具合がよく見える。

 まるでお坊さんみたいであるが……こんな人に覚えがない。


「嫌ですね。俺ですよ。モーガンです」

「え、えぇ……」


 言われてみれば見覚えのある顔だった。

 つい昨日は取り巻きを連れて悪態をついてきたモーガン。

 しかし、一晩で何があったのか。まるで毒気を抜かれたように爽やかに笑っている。


「その……頭はどうしたん?」

「自身の愚かさに気づき、丸めてまいりました!」

「あぁ、そうっすか……」


 どんな心境の変化か分からないが、もはや不気味である。

 周囲を見ると、モーガンの取り巻きたちも困惑した表情を浮かべていた。

 マジで、なにがあったんだろうか。


 モーガンの変化には驚いたが、その後は普通に授業が始まった。

 貴族クラスでは国の歴史、領地経営、戦術の授業など、なんだか貴族っぽい授業を受けることになる。

 そしてなんやかんやと四時限目は魔法の授業。

 訓練場にて実技の授業をするらしく、リオン達は教室を出て移動していた。


「いやぁ、リオン様の魔法が楽しみですなぁ!」

「俺、魔法は苦手なんだよなぁ」

「はは、なにをおっしゃいますか!」


 なぜかモーガンがくっついてくる。

 別に拒む理由もないので、リオンは当たり前に受け入れていた。


「謙遜とかじゃなくて、マジで苦手なんだが……」


 ぼやきながらも、リオン達は訓練場に向かう。

 すでに生徒たちは訓練場に集合済み。ほどなくして授業が始まった。

 魔法の授業を受け持つのは、老齢の男性教師。

 抑揚のないモゴモゴとした話し方をするので、座学の際には地獄のような眠気に襲われることだろう。


「ワシの授業で、君たちは魔法の使い方を学ばなきゃならん。なぜなら貴族とは魔法の力を使いこなす尊い存在のことだからだ。近年では魔道具の発達に寄って、ワシら貴族の権威がそがれているが――」


 残念ながら実技の授業でも変わらないようだ。

 校長先生のお話よりも、長々と喋る老齢の教師。

 そのありがたいお話が終わったころには、生徒たちはうんざりと空を眺めていた。


「それでは実技に入る。あそこに並べてある鎧に向かって魔法を放つのだ。今回、使う魔法は炎の初級魔法『ファイアボール』。詠唱呪文は――」


 教師の指示に従って、生徒たちは列を作る。

 鎧に数発魔法を撃ったら交代だ。


「おお、次はリオン様の番ですな!」

「……マジで期待するなよ?」


 流れた列の先頭に立ったリオン。

 呪文を詠唱すると、指先から巨大な火球を生成。

 それは勢いよく鎧に向かって突撃すると、大爆発と共に鎧を消し飛ばした。

 『ほらな、しょぼいだろ?』と苦笑いをするリオン。

 それを他の生徒たちは呆然と見つめていた。


(なんて展開になったら異世界転生っぽくて良かったんだけどなぁ……)


 実際にリオンの指先から放たれたのは小さな火球。

 それは鎧にぶつかると小さな爆発を起こした。

 ちなみに対魔法用に作られた鎧には、少し汚れが付いた程度で無傷である。

 他の生徒と比べて普通に弱い。残念ながらリオンに魔法の才能は無かった。


「アハハハハ!! なにそれ、しょっぼぉーー」


 響き渡った笑い声は隣の列から響いていた。

 いくら何でも笑いすぎだ。

 一言くらい文句を言ってやろう。

 しかし、隣を見ると誰も居なかった。


「下だよ。バカ野郎!!」


 視線を下げると、そこに居たのはピンク髪にツインテールの女児。

 いや、リオン達と同じ制服を着ているのだから同い年なのだろう。

 リオンはその女子に見覚えがあった。


「お、メスガキ」

「誰がメスガキだ。この落ちこぼれがぁ!! 私には『リゼット・メイスガーデン』って名前があるんだよ!!」


 レーツェル王国には四大貴族と呼ばれる有力な貴族家がある。

 その一つが『メイスガーデン侯爵家』。リゼットはその家の娘だ。

 ちなみにモーガンの実家も四大貴族の一つである。


 リオンはこのリゼットのことを知っていた。

 ゲームの序盤で彼女が活躍するイベントがあるからだ。

 イキリ散らした後にノエルたち零組に助けられるという、見事なメスガキ分からせムーブをキメてくれる。


「落ちこぼれに見せてやるよ。本物の魔法を!」


 そう言って詠唱を始めるリゼット。

 作られた火球はリオンの比ではないほど大きい。

 巨大な火球は鎧に向かって飛ぶと、爆発と共に鎧を吹き飛ばした。


「どうだ落ちこぼれ。私の魔法は凄いだろう!!」


 そう言って腰に手を当てるリゼット。

 ゲームではうざいメスガキくらいにしか思えなかったが、こうして見ると褒めて欲しくて吠えている子犬のように見えて来る。

 なんだか、リゼットの背中でぶんぶんと尻尾が振られている気がした。


「そうだね。リゼットは凄いね偉いね。だからさっさと後ろに並んでもう一度魔法を見せてくれるか?」

「良いよ。何回でも見せてやるよ!」


 いつまでも喋っていても後ろに並んでいる生徒に迷惑だ。

 リオンはリゼットをてきとうにおだてて、列から出て後ろに向かう。


「お待ちください。リオン様!! それがしの魔法も見てください!!」

「お前、キャラ作りすぎて一人称が変なことになってるぞ……あと四大貴族様の魔法なんて見なくても凄いことは分かってるから別に良いよ」 

「そんな殺生な⁉」


 モーガンの叫びを無視して、列の後ろに並びなおしたリオン。

 なぜかすぐ前に並んだリゼットは、リオンの方を振り向きながらしゃべり続けていた。


「落ちこぼれと違って、私は魔力量があるからな。お前みたいなのじゃどう逆立ちしたって私の魔法には敵わないけど――」

「……なんで俺は、コイツ等に絡まれてんの?」


 なぜか授業中は騒がしい二人に絡まれ続けるリオンだった。

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