第13話 夜道には気を付けろよ!!

 その後、ノエルとシェリルの二人は零組の教師によって連れられて行った。

 今頃は学園の地下に広がるダンジョンに居るはずだ。

 そこで零組のメンバーと顔を合わせて、ゲームでのチュートリアルイベントをこなしているはずだ。


 一方のリオンは一年二組の教室へ。

 無精ひげを生やした担任教師から新入生への挨拶が終わった後、生徒たちの自己紹介が始まっていた。


「『リオン・アーバンモルト』です。よろしくお願いします」


 リオンが無難な挨拶を終えると、周囲からクスクスと笑い声が聞こえた。

 リオンを嘲るような、馬鹿にした笑いだ。


(なるほど……こりゃ『リオン』もぐれるわけだ……)


 聞こえてくる、こそこそ話。

 そこから単語を拾って推測するに、リオンは落ちこぼれのレッテルを貼られているらしい。


 名だたる要人の子供たちが所属する零組。

 そこに入ったのは実子であるリオンではなく、養子のノエル。

 アーバンモルト家はリオンに見切りを付けて、養子に跡を継がせる気らしい。

 なぜ養子に跡を継がせるのかと言えば、リオンがあまりにも落ちこぼれだから。

 なんて噂が流れているようだ。


 記憶を取り戻す前の、リオンの素行の悪さも影響しての噂だろう。

 社交界に出るのをサボっていたツケが回ってしまった。

 せめて悪いイメージを払拭できていれば、このような噂は流れなかったかもしれない。


(ま、下手に反論しても仕方がない。とりあえず大人しくしとくか)


 アーバンモルト領では跡取り息子の貴族様でも、この学校ではただの生徒。

 下手に悪目立ちをするのは避けたい。

 リオンは平穏な学園生活のためにも、しばらくは耐えることを選んだ。


 その後、入学直後のホームルームは終了。

 担任教師が忙しそうに教室を出ていき、残された生徒たちは学園の寮へと帰宅する準備を始めた。

 リオンもさっさと帰ろうと帰宅準備を進めていると、複数の生徒が近づいて来た。


「アーバンモルト。貴様、恥ずかしくないのか?」

「はぁ?」


 とんだご挨拶をかましてきたのは、生徒たちの真ん中に陣取っている、くすんだ金髪の生徒。

 イラ立ったようにリオンを睨んでいる。

 何か失礼なことをしただろうか。しかし見覚えが無い。

 


「……どちら様?」

「な⁉ どこまでも不勉強な奴だな……俺は『モーガン・ヴァルデック』。ヴァルデック侯爵家の跡取りだ!」


 そう言えば、そんな奴が居たなぁ。

 リオンのゲーム知識から薄っすらとモーガンの名前が浮かび上がってくる。

 たしか、ちょっと目立つモブくらいの立ち入りのキャラだったはずだ。


 正直言って、リオンはモブのことなど興味が無い。

 しかし相手はアーバンモルト家よりも高位の貴族。

 無下にするわけにもいかない。


「失礼しました。どのようなご用件ですか?」

「貴様は貴族として恥ずかしくないのか? 平民上がりの養子に、跡取りの座を奪われるなど……貴様のような愚かな奴が居るから、近年は貴族の品位が落ちているのだ!」

「はぁ……」

  

 どうやらモーガンは貴族主義的な思想の持ち主らしい。

 近年では産業革命によって、民間の企業や商人が大きな力を持つようになっている。

 それは相対的に貴族の力が落ちていることを意味する。


 そんな状況を憂いた貴族たちの中には、貴族の力を取り戻すべきだとして、貴族主義に陥っている者たちがいる。

 彼もその一人なのだろう。


 リオンにとってはクソどうでも良い話である。

 こちとら、常日頃から妹によってバッドエンドにぶち込まれるのではと不安になっているのだ。

 貴族の未来など考えている余裕はない。


「いや、それはただの噂です。アーバンモルト家の跡取りは私です……そもそも、零組に選ばれてないのはヴァルデック様も同じでは?」

「な⁉ 貴様ぁ⁉」


 リオンが少し反論をすると、モーガンの顔が真っ赤に染まる。

 この人、沸点がドライアイス以下なのでは?


「……せいぜい夜道には気を付けることだな!」

「はぁ……」


 いつも気を付けているので、今さらそんなことを言われても何も変わらない。

 こんなモブ貴族の脅しよりも、妹の凶刃のほうがよっぽど怖い。

 リオンが気の抜けた返事をすると、モーガンは顔をヒクつかせながら教室から出て行った。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その日の夜。

 モーガンは高級レストランで食事を終え、馬車に乗って帰路に付いていた。

 寮には食堂も存在し、そこで食事を取ることもできる。

 しかし食堂は平民の生徒と共同のスペースだ。

 そんな所で食事をするのはモーガンのプライドが許さなかった。


 食事を終えた満足感からモーガンが眠気を感じていると、馬車の揺れが止まった。


「どうした? なにかあったのか?」


 御者に声をかけるが返事が無い。

 モーガンは不思議に思いながら、外の様子を確認しようとドアに手をかける。


 バン!!

 勢いよく開かれるドア。外から何者かに掴まれると、モーガンは路上に転がされる。

 何者かに襲われている。


 周囲は薄暗く人気が無い。

 それでも民家には人が居るはずだ。モーガンは助けを求めるために、声を張り上げようとしたが。


「ぐぅ……かはぁ……⁉」


 ギュッと喉を掴まれる。

 まるで絞殺される鶏だ。

 声を上げようと必死に喉を震わせるが、かすれた息が吐き出されるだけ。


「誰だ……貴様……」


 襲撃者の姿が月明かりに照らされた。

 それは長く伸ばした黒い髪の美少女。

 振り上げた腕には、月明かりに照らされた刃が輝いていた。


「貴方、お兄ちゃんを襲うようなことを言いましたよね」


 モーガンの肌を撫でるように、冷えた声が響いた。

 襲撃者の腕が振り下ろされる。


 ザン!!

 モーガンのすぐ隣に敷かれていた石畳が、真っ二つに切れていた。


「お話が必要みたいですね?」

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