第12話 楽しい火薬庫建設

「やっと終わったか」


 リオンがうんざりと首を回すと、こきりと音が鳴った。

 入学式に時間がかかるのは異世界でも共通らしい。


 特にシュベルト学園は、元は貴族が通う学校。

 招待された人たちの『ありがたいお話』が長々と続き、式が終わったのは二時間後だった。

 途中に休憩が挟まれたとはいえ、キツイ時間である。


「お兄ちゃん。教室に案内して貰えるみたいだよ?」


 袖を引かれると、ノエルが指を指していた。

 教師が教室へと案内してくれるらしい。

 しかし、式をしていたホールの入り口は生徒たちで詰まっている。

 焦って行く必要もないだろう。


「すぐに行っても進まなそうだし、少しゆっくり行こう」

「うん。そうだね」

「――あなた……リオンよね?」

「んぁ?」


 リオンがあくびを噛み殺しながら振り向くと、そこに居たのは美少女。

 緩いウェーブがかかった金髪をサイドテールに結んでいる。

 気が強そうな猫のような目で、ジッとリオンを見詰めていた。

 リオンは彼女を知っている。


「おお、シェリルじゃないか。久しぶりだな」


 彼女は『シェリル・ブライト』。

 ゲームのメインヒロインで、『大企業の社長令嬢』。

 何年か前にアーバンモルト領でリオンとも出会っている旧知の仲だ。

 アレ以降は特に交流も無かったが、仲は悪くない相手だ。


「久しぶりだな……じゃないんだけどぉ?」


 シェリルはニコニコと笑顔を浮かべながらもリオンに詰め寄って来た。

 見上げて来る瞳には怒気が含まれている。

 どうやら、お嬢様はおブチギレになっておられるようだ。


「な、なんだ!? 俺が何かしたか⁉」

「あなたに何通も手紙を送ったんだけど!? 一通も返事しないじゃない。どうなってるの!?」

「て、手紙⁉ なんだそれ、俺は知らないぞ!?」


 そういえば、リオン当てに届いた手紙は、お付きのメイドがノエルが持ってきてくれていた。

 ノエルなら何か知っているかと顔を見るが……ノエルは我関せずとばかりにそっぽを向いていた。

 リオンは知っている。これはノエルが何かを隠している時の癖だ。


「ノエル、何か知ってるだろ」

「知らない」


 ノエルは冷たく言い放った。

 こうなっては追及もできない。

 兄妹の関係性は妹の方が上。ノエルが知らないと言ったら、もう受け入れるしかない。


「と、ともかく!! 何かの手違いで俺のところに手紙は届かなかったみたいだ。許してくれ!!」

「……分かった。信じるわ」


 納得はしていないようだが、シェリルは引いてくれた。

 リオンはホッと息を吐くと、ノエルの背中を押した。


「それでさ、シェリルって零組だろ? 妹も零組だから仲良くしてくれないか?」

「せっかく同じクラスになったんだもの。私も仲良くしてくれると嬉しいわ」


 ゲームでは二人は主人公とヒロインの関係だった。

 ノエルの性格はゲームから大きく変わってしまったが、仲良くやってくれるだろう。


 リオンはそう楽観していたのだが――なぜかノエルはリオンの腕に抱きついてきた。

 もはや慣れた動作なので違和感はないが、どうしてこのタイミングなのかリオンは首をかしげる。

 これではまるで、シェリルに見せつけるような状態だ。


「なっ!? あなた達、兄妹にしては距離が近くない!?」

「そんなこと無いですよ。私たちは生涯一緒に居ることを誓い合った仲なんです。これくらい普通です」

「生涯一緒に……⁉」


 そんな約束をしたことが有っただろうか。

 リオンがよくよく思い出すと、いつだったかに『お兄ちゃん。私と一生一緒に居てくれる?』と聞かれて安易に答えた気がする。

 契約はちゃんと確認しよう。ヨシ!

 いや、ヨシじゃねぇんだわ。


「だ、だけど、それは妹としてでしょう? リオンはいつか結婚してしまうのだから、実現は難しいんじゃないかしら?」


 シェリルはまさかの挑発。

 リオン、結婚。という単語を聞いてノエルはリオンの腕を絞めた。

 ミシリと骨からは鳴って欲しくない音がなる。

 あまり煽るとリオンの腕が粉砕されるので止めて欲しい。


「お兄ちゃんはシスコンなので、私しか見えていないので大丈夫です」

「それはどうかしら? さっきから私の胸をチラチラ見てたけど?」


 シェリルは学生に上がったばかりとは思えないほど立派な物をお持ちだった。

 これが異世界クオリティ。

 数年前はクソガキだったのに、人の成長とは早いものである。

 ちなみにノエルは発展途上。腕を抱きしめられて、ちょっと分かるくらい。

 この勝負は分が悪いだろう。


「お兄ちゃん。どういうこと?」


 深淵から声が響いた。

 ノエルのニコリとした笑顔の隣には、銀色の刃が輝いている。

 ここでまさかの武力行使。

 リオンは冷や汗をかきながら、なんとか事態が収まるのを祈るしかない。


「ちょ、ちょっと!? なんで刃物を持ってるのよ⁉」

「これは家族間の問題です。他人のシェリルさんには関係ありません」

「こいつ……どこまでも煽って来るわね……!!」


 ノエルとシェリルの間は一触即発。

 ただ友人として仲良くして欲しかっただけなのに、リオンはいつの間にか火薬庫を建設してしまっていた。

 もはやこれまで、学園を巻き込んだスプラッタエンドでリオンの人生は幕を閉じるかと思われたその時――。


「楽しそうにしてるところ悪いんだけど、そこの二人は零組よね? これから楽しいオリエンテーションがあるから、私に付いてきて欲しいんだけど?」


 救いの女神が現れた。

 割って入ったのは零組の担任教師。

 二人は休戦をすることになった。

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