第10話 旅立ち

 それから月日が流れて、リオン達は十五歳になっていた。

 リオン達が住む『レーツェル王国』では、十五歳になった貴族の子女たちは王都近郊の学園に通う習わしとなっている。

 その学園こそがゲーム本編の舞台『シュベルト学園』。

 リオンの生き死にがかかっている場所である。


 ガタンゴトンと列車に揺られながら、リオンは窓の外を眺めていた。

 緑の草原に伸ばされた石造りの街道。その上を車が走る。

 リオンの故郷であるアーバンモルト領では、車はまだ珍しい。

 しかし王都では徐々に馬に代わる乗り物として、徐々に浸透している。

 街道を走る車を見て、故郷を離れて王都に近づいていることを感じた。


(なんとか、本編開始までは生き残れたな……)


 リオンは前を向く。

 対面の座席には、リオンと同じ制服を着た少女――ノエルだ。

 列車の揺れが眠気を誘うのか、うとうとと目をつむっている。


 幼いころの少年のような面影はどこへ行ったのか、ノエルはすっかり女の子らしくなっていた。

 お兄ちゃんとしては、愛する妹に変な虫が付かないか心配だが。


 ふと、リオンは視線を感じた。

 目線だけを動かしてチラリと見回すと、同じ制服を着た女子生徒たちがリオンを見て、ひそひそと内緒話をしていた。


(ふっ、モテ期が来てるのかもしれないな)


 リオンは心の中でほくそ笑む。

 ゲーム本編ではぽっちゃりとしていたリオンだが、メイドの教育……訓練によってすっかり体が引き締まっていた。

 痩せたリオンは思いのほか美形。これならば、学園で彼女の一人でも作ることも夢じゃない。

 せっかくなら青春を楽しむかとリオンは企んでいる。

 まず手始めに、こちらを見ている女子たちに声をかけてみるのも――などと考えていたのだが。


「……お兄ちゃん?」

「あ、お、起きたのか? まだ着かないから寝てても良いぞ?」


 ぱちりとノエルの目を開いた。

 ノエルはチラリと女子たちを見ると、おもむろに立ち上がる。

 そしてリオンの隣に座りなおすと、その腕に抱きついてきた。


 ギュッと抱きしめられる。ちょっとだけ骨がミシミシと悲鳴を上げた。

 しかし振り払うことはできない。

 なぜなら彼女は主人公。

 メイドとの訓練に参加したノエルは、メキメキと実力を付け、今ではリオンよりも強くなっている。

 端的に言うと、ノエルの方が力が強い。


「ど、どうしたノエル?」

「お兄ちゃんには私が居ればいい。そうだよね?」

「…………はい」


 リオンたちの様子を見て、女子たちは残念そうに顔を逸らした。

 二人が付き合っていると勘違いしたのだろう。


(なんか、思ってたよりも仲良くなってしまった……)


 ゲーム本編で死ぬ運命を回避するために考えた『妹よしよしプラン(仮)』は順調に進んだ。

 むしろ進み過ぎた。

 気づけばノエルはリオンに懐きすぎてブラコン状態だ。


(まぁ、本編が始まれば落ち着くか?)


 ゲーム通りの展開なら、リオンとノエルは別のクラスに配属される。

 ノエルに友人が出来れば、ブラコンも緩和されるはずだ。

 なんなら、彼氏が出来るかもしれない。


(心境的には受け入れがたいが……ノエルほど可愛い子を男が放っておくわけがない。彼氏ができれば俺への執着は無くなるはず)


 そうなると彼氏が束縛されそうだが……頑張ってとしか言えない。

 なんにしても、ノエルとは一番仲の良い時期は今なのかもしれない。

 そう思うと少し寂しくなったリオン。

 なんとなくノエルの頭を撫でると、ノエルは『えへへ』と嬉しそうに微笑んでいた。

 普通にしていれば、犬みたいで可愛い妹だ。


 そんな風にじゃれていると、列車にアナウンスが流れた。

 もう少しで目的地に着く。

 リオンは新しい生活に胸を躍らせながら、降りる準備を始めた。

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