第9話 バッドエンド

 チンピラたちをぶっ飛ばした後。

 現場はガヤガヤと騒がしい。

 リオンがチンピラたちを倒したときの爆音を聞きつけて、衛兵や野次馬たちが集まっていた。


「リオン様、やりすぎです」

「面目ない」


 リオンの前では、ひげ面の衛兵が顔をしかめていた。

 その背後では縄をかけられたチンピラたちが連行されている。

 ひげ面はチラリとチンピラたちを見た。


「リオン様なら、もっとスムーズに解決できたはずです」

「いやぁ、どうせなら新しく作った魔道具の調子を確かめたいなぁ……と思ったわけで……」

「そういうのは街の外でやってくださいと、何度もお願いしているでしょう!?」


 リオンが魔道具を使って街を壊したのは初めてではない。

 以前にも何度かトラブルを起こしている。

 始めは街灯を壊す程度だったが、その被害規模は徐々におおきくなっていた。


「また、お付きのメイド殿に報告するしかありませんな」

「いや、待ってくれ……アイツに知られると凄く怒られるんだ!!」

「怒られて当然でしょう!! いくらアーバンモルト伯爵のご子息でも看過できません!! 反省をしてください」

「はい……申し訳ありません……」


 ひとしきり怒ったひげ面は、ガシガシと足音を鳴らしながら去って行った。

 残されたリオンはしゅんとしている。

 自業自得である。


「貴方、あの悪名高い『リオン・アーバンモルト』だったのね」


 腕を組んだ少女が、カツカツとリオンに近づいて来た。

 なぜか薄っすらと顔を赤くしている。プイッとそっぽを向いて、目が合わない。

 なにか怒らせるようなことをしただろうか。リオンは首をかしげる。


「悪名ってなんだよ……」

「アーバンモルト家の息子は、わがまま放題のバカ息子。社交界じゃ有名な話よ?」


 それは前世の記憶を取り戻す前の、リオンのことだろう。

 少しはイメージを変えられるように行動してきたつもりだ。

 しかし、テレビもネットも存在しないこの世界。噂のアップデートは遅い。

 社交界とやらでは、今でもリオンは以前のままなのだろう。


「それは以前の俺だ。人間は変わるんだよ」


 少女がチラリと街を見た。

 リオンがやらかした惨状を、衛兵たちが必死に立て直そうとしている。

 しかし、元の状態に戻すには数日かかるだろう。まるで災害が起こったようだ。


「胸を張れるほど変わってるかしら? むしろ、悪化してるんじゃない?」

「うぐぅ……」


 そう言われると、リオンはうめくしかない。

 実際にやらかしているのだから。


「お嬢様! ご無事ですか⁉」


 野次馬の中から、老人が飛び出してきた。

 きっちりと執事服を着こんでいる。

 その目線はリオンの隣に居る少女へと向けられていた。


 リオンが衛兵に言って、彼女が泊っているホテルに連絡を入れていた。

 無事にお迎えが到着したようだ。


「ごめんなさい。勝手に飛び出しちゃって……今日だけでも自由に回りたかったのよ」

「いえいえ、お嬢様がご無事なら私はそれで良いのです……しかし、御父上からのお叱りは避けられないでしょうな」

「仕方がないわね」


 少女はリオンに背を向けると、執事と共に歩み出した。

 しかし、ふと立ち止まる。


「『シェリル・ブライト』!」

「は?」

「私の名前よ」

「はぁ…………はぁぁぁぁぁ!?」


 突然の自己紹介に、困惑したリオン。

 しかし、その名前と彼女の容姿が合致して驚きの声を上げた。

 シェリルはゲームのヒロインだ。

 その容姿に見覚えがある気がしたが、ヒロインの幼いころの姿とは思わなかった。


 さらに、シェリルの家は国内随一の大企業。

 魔道具の製造を手掛けているブライト工房の社長一家だ。

 技術力ならローゼンベルク工房は負けていないが、事業規模は月とすっぽん。もちろん、リオン達がすっぽん側である。

 その経済力は、そこらの貴族家を超えている。

 産業革命によって、国の支配者が貴族から経済に移り変わろうとしているのを象徴しているような会社だった。


 シェリルはグッと拳を握ると、首筋を赤くしながら声を上げた。


「次もデートに誘うときに、名前くらい分からないと不便でしょう? ちゃんと覚えておきなさいよ!」


 シェリルはそう言い放つと、カツカツと行ってしまった。

 取り残されたリオンは、それどころではない。

 いきなりの急展開にグルグルと頭を回していた。


 しかし、リオンへの攻撃は終わらない。


「へぇー。デートしてたんだぁ?」


 まるで地の底の極寒から這い出たような声が響いた。

 リオンの背筋がゾッと震える。

 グギギギギ。錆びついたロボットのように首を回すと、悪魔がほほ笑んでいた。

 ノエルである。


「私のことは放っておいて、他の女の子と遊んでたってこと?」

「いや、違うんだノエル。これには深い事情があって――なんで包丁なんか持ってるんだ!?」


 ノエルがどこからか包丁を取り出す。幻覚ではない。残酷な現実だ。

 真新しいそれは、買ったばかりの新品だろうと分かる。


「お兄ちゃんも来ると思って、百貨店に行ってたんだよね。私もお兄ちゃんに料理を作ってあげたいと思って買ったんだけど……初めて調理するのはお兄ちゃんになりそうだね?」

「止めておけ愛しの妹よ! お兄ちゃんは調理しても美味しくないから! 筋張ってて食用には適してないから⁉」


 このままでは美味しくいただかれてしまう。

 リオンは冷や汗を流しながら、妹の後ろに佇んでいるメイドに助けを求めた。


「助けてくれ! 俺はまだ死にたくない!」

「自業自得です」

「ぐぉ⁉」

「それと、街を壊したことに対する『教育』は後ほど行います」

「ぐへぇ!?」

 

 助けを求めたらダブルパンチを食らった。

 もうリオンの体力は残っていない。終わりである。


「さぁお兄ちゃん、大人しくまな板の上に乗ろうね?」

「止めろぉ⁉ 死にたくなぁぁぁい!?」


 ゲームオーバー。バッドエンドである。

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