第8話 やり過ぎ
「うーん!! これが有名なアーバンモルト領のスイートポテトね! 王都のスイーツにも引けをとらないわ!」
結局、リオンは少女の観光案内をすることになった。
と言っても、現在ではアーバンモルト領の甘い芋を使ったスイートポテトは名産品。
その辺のカフェで当たり前に食べることが出来る。
リオン達は近場のオープンカフェにやって来ると、紅茶と共にスイーツを楽しんでいた。
「実はそれ、俺が妹のために考案したやつなんだよ」
「あーはいはい。面白い冗談ね」
「本当なんだけどなぁ……」
自慢気に言ったリオンだが、少女には雑に処理されてしまった。
信じて貰えないだろうとは思ったが、案の定である。
ちなみにこの場は少女のおごりだ。
良い所のお嬢さんだとは思ったが当たっていたらしい。
彼女が支払いのために出した袋はズシリと重そうだった。中には銀貨や金貨が詰まっているのだろう。
「しかし貴方、バクバク食べるわね……」
少女から呆れたような目を向けられるが、リオンは気にせず芋のクリームを使ったタルトを口に運ぶ。
これもリオンが街の菓子職人と共に考案したものだ。
最近では芋スイーツが有名になっているため、我が領の芋の出荷率が上がっているらしい。
嬉しい話である。
「そりゃあ、奢りだからな」
別にリオンはお金や食事に困っているわけではない。
むしろ同年代の貴族と比較しても、お小遣いは多く持っている。
だがそれはそれ、これはこれ。
「タダの飯は美味い。当たり前だろう?」
「……あっそう」
少女からは憐みの目を向けられてしまった。
身なりだけは良い貧乏貴族とでも思われただろうか。
まぁ、彼女にどう思われようと関係ない。
どうせ今回だけの付き合いだ。二度と会うこともないだろう。
おやつタイムを終えたリオンたち。
オープンカフェから立ち去ると、街を歩きだした。
そろそろ少女も帰る気になったかと期待したが、残念ながら満足していないらしい。
「次はローゼンベルグ工房に行きたいわ」
「いや、帰ろうぜ……」
「お願いよ。お小遣いならあげるから!」
少女は一枚の銀貨を差し出した。
思わず受け取るリオン。
貰える物は貰って置け。それがお菓子でもスイーツでも変わらない。
「本当に帰れよ?」
「分かってるわ。ほら、行くわよ」
おそらく少女の中でリオンは下僕認定されていそうだが仕方がない。
子供の我がままに付き合うのもお兄ちゃんの役目である。
リオンは渋々ながら少女を案内することにした。
ローゼンベルグ工房――リオンも働いているダインの工房だ。
立地としては街の外れ。
もっと中央に店を移せば良いのに、ダインは騒がしいのは嫌だと拒否している。
なんとも偏屈な爺さんである。
街の外れということもあって、工房に向かうには人気の少ない道を歩くこともある。
なにか犯罪を犯しても、すぐに済ませれば人目に付かないような道。
街の治安は特別に悪いわけではないが、悪いことを考える奴はどこにでもいる。
「お坊ちゃんたち、デートか?」
路地裏からふらりと現れたのは、額に傷を付けた男。
腰からナイフを抜くと、それをゆらゆらと揺らし始めた。
「囲まれたな……」
「え⁉」
チラリと後ろを見ると二つの人影。
彼らも武器を取り出して、今にもリオン達に襲い掛かろうとしている。
少女は怯えたように、ギュッとリオンに体を寄せた。
「その通りだから、楽しいデートに水を差すのは止めてもらえるか?」
「なら、有り金を置いていきな」
そう言って、男はナイフの刃先を少女に向けた。
どうやら彼女が金を持っていることを知っているらしい。
彼女がカフェで支払いをしている所でも見ていたのだろう。
始めから狙いを付けられていたようだ。
少女はお金の詰まった袋を取り出した。
震える手で袋を差し出す。
「わ、分かったわ。お金なら渡すから……」
「分かってんじゃねぇか」
男はニヤリと笑う。
袋を受け取ろうと歩み出したのを見て、リオンは少女を守るように立ちふさがった。
「止めといた方が良い。お前みたいな可愛い子は、どうせ誘拐されて売り飛ばされる」
「か、かわ――⁉」
ボン! なんて音を立てたように、少女の顔が赤く染まった。
(なにそれ、どういう感情?)
リオンは首をかしげる。騙されたことに怒ったのだろうか。
「なんだ。分かってんじゃねぇか」
「俺みたいのはバラバラにして川にでも捨てるのか?」
「いやいや、お前も物好きな貴族に売れそうだ」
「そっちの方が嫌だな……」
げんなりとするリオン。
それを見て男はケラケラと笑った。
「利口で度胸のある坊ちゃんだが……残念ながらテメェの人生はここで終わりだ。おとなしく捕まりな!!」
ナイフを突き出して男が走り出す。
しかし、先ほどの言葉は嘘じゃなかったらしい。
リオンを無傷で捕まえようとナイフを引っ込めて、空いた手をリオンに伸ばす。
「悪いけど、人生のルートはお前なんかに決められたくないんでね!!」
リオンは逆に男の手首を掴む。
そして男が走っていた勢いを利用して投げ飛ばした。
見事な一本背負い。
男は背中から叩きつけられると、石畳の上でごろごろと悶絶していた。
剣術の才能が無いと言われたリオンだが、日ごろからメイドにボコボコにされている。
子供を襲う程度のチンピラに捕まるほど甘くはない。
「クソがぁ!? つけあがんなよ。クソガキがぁ!?」
男は立ち上がると、ナイフを構えた。
今度はお供の二人と共に襲い掛かって来るつもりらしい。
「むしろ、俺が思い上がらなかったのがお前らの運の尽きだな」
「あぁ!?」
リオンは腰のあたりから、ガチャリと何かを取り出した。
それは機械仕掛けの籠手。
右手にガチャリとはめ込むと、グッとその拳を握った。
「俺はいつだって、自分が生き残れるように準備をしている」
そして大きく振りかぶって、拳を突き出した。
まるで空中に右ストレートを決めるように。
ズドン!!
拳から放たれたのは不可視の衝撃。
衝撃の軌跡を見せるように。バリバリとめくれる石畳。民家のガラス窓が割れていく。
「ちょ、ま――⁉」
男の叫びは間に合わず。
衝撃波に吹き飛ばされると、民家の壁に勢いよく突っ込んだ。
あれでは病院送りはまぬがれないだろう。
しばらくは悪さもできないはずだ。
「ふっ――」
リオンは短く息を吐いた。
残されたのはリオンと少女。
そしてめくれて散らかった石畳に、割れた窓ガラス。なんとも悲惨な有様だった。
というか、やり過ぎである。
「ぐうぉぁあああ⁉ 威力出し過ぎたぁぁぁぁぁぁ!?」
リオンの絶叫が響いた。
魔道具を売って稼いだお金の使い道が決まった瞬間である。
つまり、壊れた街の修繕費。
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