第7話 観光案内
「はぐれてしまった……」
雑踏の中でリオンは呟いた。
周りにはいつも付いてきているメイドも居ない。
ノエルと遊びに来たのに、はぐれてしまったのだ。
「まさか、ここまで混雑するとは思わなかったな……恐るべし百貨店……」
屋敷から近い街に、百貨店が出店することになった。
この世界では百貨店自体が珍しい。
産業革命によって市場が発達したおかげで生まれてきた新しい店舗形態だ。
そんな革命的な店が街に出来たため、街中どころか近隣の街からも人が押し寄せている。
そのため街はいつもより混雑。まるでお祭りのような状態。
おかげでノエルともはぐれてしまった。
「とりあえず二人を探さないと――うぉ⁉」
ドシン!
リオンの背中に衝撃が走る。
混雑のせいで誰かに押されたようだ。
リオンは日ごろから鍛えているが、まだ子供。押された衝撃によろめく。
しかも悪いことに、倒れた先には同い年くらいの子供。
リオンは子供を押し倒すように倒れ込む。
しかし倒れる先は石畳の硬い道。このままでは子供が危ない。頭でも打ってしまえば、流血沙汰もありえる。
リオンはとっさに子供を抱きかかえると、自身が下になるように滑り込んだ。
「きゃあ!?」
「うぉぶ!?」
背中が硬い床に打ち付けられる。
しかし、日ごろからメイドに転がされていたおかげだろう。受け身だけは見事なものだった。
幸いなことに大きな怪我はない。
しかし、事態はこれでは終わらない。
「な、なにするのよ⁉」
胸元に抱きかかえていた子供が乱暴に起き上がった。
見ればフード付きのマントを被っている。
マントの隙間からスカートがちらりと見えた。女の子だろう。
フードに隠れているが、キレイな金髪がきらりと光っていた。
どうやら、大変ご立腹のようだ。
彼女からしてみれば、リオンが押し倒してきたのだから仕方がない。
顔を真っ赤にして、猫のように鋭い目でリオンを睨みつけている。
(うん? この子、どこかで見たような……気のせいか?)
ふと、リオンは少女の顔に見覚えがあったような気がした。
しかし、記憶を掘り起こしてみてもピンと来ない。
気のせいだろう。
それよりも、今は言い訳をしないと痴漢に間違われそうである。
「迷惑かけたのは悪かった。でも、俺も誰かに押されただけで……」
「うっさいわね。どうせ、私が可愛くて押し倒したんでしょ⁉」
「いや、別に子供に興味ない――」
「はぁ⁉」
「すいませんでした……」
言い訳として、子供に興味は無いと言おうとしたが、火に油だった。
少女はさらに顔を赤くすると、拳を振り上げた。
現在、彼女はリオンの腰の上。殴りつけるには絶好のマウントポジションである。
しかし、少女の拳が振り下ろされることは無かった。
少女の腕が、大きな手によって掴まれていた。
ギョッとした少女が後ろを振り向く。そこに居たのは筋骨隆々の大男。
しかし、その雄々しさは鳴りを潜め、申し訳なさそうに眉を八の字に下げていた。
「すまねぇ。俺がその兄ちゃんにぶつかったんだ。そのせいで、嬢ちゃんにまで迷惑をかけちまった。悪かったな……」
「……え?」
キョロキョロと男性とリオンを見回す少女。
彼女はバツが悪そうに口をとがらせて、リオンの上から立ち退いた。
そしてリオンへと手を差し出す。
「……ごめんなさい。早とちりだったわ」
「分かってもらえれば、それで良いよ」
リオンは少女の手を取って立ち上がる。
その後、男性は謝りながら立ち去って行った。
残されたリオンと少女の間には、気まずい雰囲気が流れる。
ところで、リオンには気になっていることがあった。
少女の格好は小綺麗すぎる。
細やかな白い肌、輝く金髪、肌触りの良い服。
産業が発展し豊かになっている現代とは言え、平民と貴族の間には経済的な格差がある。
彼女の格好からするに、貴族か良い所のお嬢さんだろう。
ならば、なぜ護衛もつけずに一人でふらついているのか――答えは簡単だ。
「お前、迷子だろ?」
「はぁ⁉ ち、違うけど!?」
少女は顔を赤くすると、ぶんぶんと首を振った。
どうやら図星だったようだ。
「た、ただちょっと気ままに見て回りたかっただけで……」
「その結果、迷子になったんだろ?」
「違うから! 一人でホテルに帰れるもの!」
少女の目がキョロキョロと泳いでいた。
恐らく帰れないのだろう。
リオンはため息を吐いた。
「まぁ、こうやって会ったのも何かの縁だから、観光案内ぐらいはしてやるよ」
ノエルと合流したかったが、彼女だってこの街には慣れている。
なによりもメイドが付いているのだから心配はないだろう。
それよりも問題なのはこの少女だ。
迷子で帰れないのはもちろん、こんな小綺麗な格好で歩いていては自分は金づるですと公言しているようなものだ。
放っておけば余計な事件に巻き込まれかねない。
(プライドが高いようだけど、観光案内って体にしてやればホテルまで案内できるだろ)
リオンの言葉を聞いて、少女はパッと顔を輝かせた。
先ほどから怒っている顔ばかり見ていたが、笑うと可愛い顔をしている。
少女は弾むように口を開いた。
「それじゃあ、スイートポテトが食べてみたい!」
「いや、ホテルまで送ってもらえよ⁉」
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