第5話 弟子入り
「本当に上手くいくものでしょうか?」
「大丈夫だ。俺に任せておけ!」
リオンとメイドは街中を歩いていた。アーバンモルト領で最も栄えた街であり、屋敷からすぐ近くに位置している。
リオン達はとある人物に接触しようと、この街に足を運んでいた。
「ダイン氏は王国でも随一の魔導技師です。そう簡単に受け入れて貰えるとは思えませんが……」
『ダイン・ローゼンベルグ』は、ゲームに登場したサブキャラだ。
魔法を使った道具――魔道具を製造している技師であり、王国では右に出る者は居ないと言われている。
ゲームでは最強装備を作るにあたって関わって来る人物だった。
なかなか偏屈な性格をした頑固爺であり、装備を作って貰うにはサブイベントをこなさなければならなかった。
「まぁ見とけって」
リオンは小さな工房に到着するとドアを開く。
なんともごちゃごちゃした店だった。あちこちに魔道具が並べられている。
さながら、街の電気屋さん。個人経営らしい雑さがにじみ出ている。
店の奥にはカウンター。そこで小太りの男性が、時計のような魔導具をいじっていた。
男性はリオン達に気づくと、柔和な笑みを浮かべる。
「いらっしゃい。今日はどうされましたか?」
「俺を弟子にしてくれ」
「……はい?」
リオンがカウンターに近づくと男性は苦笑い。
子供の冗談かと思ったのだろう。
しかしリオンと共に入って来たメイドを見ると、不思議そうに首をかしげた。
「……あ! もしかして、アーバンモルト伯爵家のご子息ですか?」
「そうだ。ダイン氏に弟子入りしたい」
「だそうだけど、どうするんだ。父さん?」
男性はさらに店の奥を覗き込んだ。
店の奥は作業スペースらしい。白いひげを貯えた老人が、デスクライトの明かりに照らされて何やら魔道具をいじっていた。
まるで偏屈な画家のような見た目の彼こそが、リオンが弟子入りしたいダイン本人だ。
ダインはギロリと鋭い眼光をリオンに向ける。
その瞳はゾッとするように怪しく輝いていた。一つの物事に執着する奇人の目だ。
「うせろ」
たった一言。
リオンに言い放つと、ダインは興味を無くしたように魔道具に向き直った。
しかし、リオンも『はいそうですか』と帰るわけにはいかない。
リオンは自身の身を守れるように、魔道具が作れるようになりたいのだ。
リオンには剣の才能が無い。魔法の才能が無いことも分かっている。
最後にすがりたいのが魔道具だ。なんとか弟子入りしなければならない。
「そうは、いかないな!」
「あ、ちょっと!?」
リオンはカウンターを軽々と乗り越える。
剣術の特訓で身に着けた身体能力が役に立った。
そしてダインの前に躍り出ると、ガツンと床に頭をこすりつけた。
土下座である。
ついこの間、妹にも下げた頭だ。大安売りである。
しかし、ダインは興味を示さない。
リオンが存在しないかのように、カチャカチャと作業を続けている。
しばしの間、沈黙が流れた。
それを破ったのは、リオンの呟きだ。
「……真夜中にゃんにゃんクラブ」
どんがらがっしゃん!!
ダインがいじっていた魔道具が床に転がった。
今までよどみなく精密な作業をしていたのが嘘のように、ダインの手がぶるぶると震えている。
「父さん?」
男性は不思議そうにダインを見る。
リオンの呟きは男性やメイドには聞こえていない。
ダインだけに聞こえるように、わざわざ近づいたのだ。
土下座はダインに近づく口実である。
ダインは錆びついたロボットのように、ギギギと首を動かした。
震えた瞳をリオンに向ける。
その額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいた。
「な、なにを言ってるんだか……」
とぼけたように、目をそらすダイン。
リオンは顔を近づけると、そっと囁いた。
「いやいや、責めてるわけじゃありませんよ? お酒を飲んで、女の子と楽しくお話しするのは楽しいですからねぇ……でも奥さんには禁止されてますよね」
「ッ⁉」
『真夜中にゃんにゃんクラブ』は会員制のクラブである。
女の子に接待されながらお酒を飲むタイプのアレだ。
ダインはそこに、結構な頻度で通っている。
もちろん大人の男性であれば、そういったお店に行くのも珍しい話ではない。
しかし、ダインの場合は奥さんに禁止されている。
しかもダインの奥さんは、普段は柔和な笑みを浮かべている優しいおばあさんだが、怒ると麺棒を振り回してブチギレる。
バレてしまえばひとたまりもないだろう。
(ゲームのサブイベこなしといて良かったー!!)
なぜリオンがこのことを知っているかといえば、ゲームのサブイベントで出てくるからだ。
夜な夜な出かけるダインを心配した奥さんが、ノエルたちに調査を依頼する。
調査の末に奥さんにバレて怒られても良い感じにまとまるのだが、ダインにはそんなことは知る由もない。
キョロキョロと目を泳がせているダインの頭の中では、奥さんが鬼の形相で追いかけていることだろう。
ダインはごくりと唾を飲み込んで、リオンの肩に手を置いた。
「分かった! お前を弟子にしてやる。だから……」
「はい。もちろんですよ。師匠」
こうして、リオンは国一番の魔導技師に弟子入りすることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます