第4話 才能が無い

 肌寒い朝。

 コン、コン、コン。

 アーバンモルト家の中庭に、木を叩く音が響いていた。


「もうちょっと手加減してくれよ⁉」

「無理です」


 中庭に居たのは、リオンとお付きのメイド。

 二人が手に持った木剣が打ち合い、軽快に音を鳴らしていた。


「こんにゃろぉぉぉ!!」


 突撃するリオン。

 メイドの方は一歩も動いていない。

 大地に根を張った大樹のように、どっしりと構えている。


 それに木剣を打ち込むリオン。

 しかし軽く受け止められると、反撃の一撃。リオンは呆気なく吹っ飛ばされてしまう。


「ぐぇ⁉」


 リオンはカエルのような声を上げて地面に転がる。

 息も絶え絶え、汗を垂らしながら地面に大の字を描いた。


「つ、強すぎだろ……」

「元冒険者ですので」


 メイドを見ると、長いスカートの隙間から棒きれが見えた。

 彼女は片足を無くしている。

 モンスターとの戦闘中に失ったらしい。

 それが原因で冒険者を引退。

 なんだかんだでアーバンモルト家でメイドをすることになったらしい。


「ただまぁ、俺も多少は剣が扱えるようになってきたな……!」


 こうしてリオンが剣術の特訓を始めてから、一月が経過した。

 ぽっちゃりとしていた体型もシュッとしてきている。

 振るう剣筋も鋭くなっている気がする。もしかしたら才能があるかもしれない。

 リオンは自信ありげにニヤリと笑った。


「どうだ。俺に剣の才能はあると思うか?」

「普通です」

「バッサリ行くな!?」


 そんな自信はあっさりと切り捨てられてしまった。

 無慈悲なメイド様である。


「このまま特訓を続ければ、そこそこの冒険者くらいには強くなれるのではないでしょうか」

「そこそこかぁ……」


 リオンが特訓を続けている理由は自己防衛のためだ。

 妹と仲良くなってゲームのストーリーを生き抜く計画『妹よしよしプラン(仮)』が失敗した時に、自分一人でも生き残れるくらいの力は付けておきたい。

 そう考えての特訓だった。


(そこそこじゃあ厳しいよなぁ。なんだかんだ、ゲームの登場キャラたちは強い奴が多かったし……)


 妹やラスボスに襲われても、逃げられるくらいには強くなりたかった。

 しかし、剣術では厳しいらしい。

 リオンはため息を吐いた。


「……止めますか?」

「いや、特訓は続けよう」


 リオンはよっこいしょと立ち上がると、木剣を構えた。


「そこそこでも身に着けておいて損はない。それに体は資本だ。剣術で体力を鍛えておけば、なにをするにも役に立つ」

「分かりました。リオン様が満足するまでお相手しましょう」

「よろしく頼むよ」


 そうして朝ごはんの前には特訓が終わる。

 終わると同時に、白いタオルを持ったノエルが駆け寄って来た。


「お疲れ様です。お、お兄ちゃん……」

「ありがとう。ノエル!」


 お菓子をプレゼントしてから、ノエルとは少しだけ距離が縮まった。

 食べている途中に泣き出した時は、マズかったのかとリオンは焦った。

 しかし、あの後もせがまれて、何度かお菓子を作っているため気に入ってはもらえたようだ。


 おかげで、最近はお兄ちゃんと呼んでくれるようになった。

 呼び方にぎこちなさはあるが、仲良くなっている証拠だろう。

 このままいけば、破滅する運命も回避できるかもしれない。


 そんなことを考えながら、リオンがタオルで汗を拭いていると、メイドがそっと耳打ちをしてきた。


「リオン様、ノエル様の変化に気づきませんか?」

「うん?」


 リオンはノエルをジッと見つめる。どことなく恥ずかしそうにしているが、特に変化は――いや、一つだけ見つけた。


「あ、今日のノエルは可愛い格好をしてるな。すごく似合ってる」


 ノエルは男の子と間違えるような、ズボンを履いていることが多かった。 

 どうやらリオンのおさがりを着ていたらしい。

 しかし、今のノエルはスカート姿。そういえば、髪も少しずつ伸びてきている。

 今なら弟と間違えることもないだろう。


「あ、ありがとうございます……」

「よくできました」


 恥ずかしそうにうつむくノエル。

 そんなノエルを見て、メイドは満足そうにうなずいていた。

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