第3話 甘い思い出

 ノエルは自室の布団にくるまって、びくびくと震えていた。

 窓の外からは絶え間ない雨音。

 大砲のような轟音と共に雷が落ちると、ノエルは大きく体を震わせた。


 ノエルは雷が嫌いだった。

 人生の何もかもを奪われた、悪夢の始まりの日を思い出すから――。


 ノエルは山間に位置する小さな村に住んでいた。

 街では魔法による産業革命によって、大きく暮らしが変わっていたが、ノエルが住んでいた村は別だった。

 交通の悪さもあって、開発は後回し。

 良く言えば昔ながらの質素な暮らし。悪く言えば貧乏だった。


 しかし、ノエルにとっては幸せな暮らしだった。

 両親が居る。友だちが居る。食べ物は少なくても、ノエルにとっては十分だった。


 だが、そんな暮らしは呆気なく終わりを告げる。

 強い雨が降っている日だった。


 ノエルの住んでいた村が襲われた。

 泥だらけの服を着た彼らは、一様に鉄の筒を持っていた。


 ノエルは後から知った話だが、彼らは隣国の戦争によって住む場所を奪われた難民だったらしい。

 彼らは生きるために人から奪うことを決意し、魔法によって開発された銃という武器を手に入れてノエルたちの村を襲った。


 起きたのは虐殺だった。

 小さな村中に悲鳴と、雷のような炸裂音が響いた。

 錆臭い血の匂いと、焦げた木の匂いが村を包んだ。

 両親はノエルを部屋に隠した後、姿を見ていない。

 父の怒号と、母の悲鳴。その後に響いた炸裂音だけが最後の情報だ。


 もちろん子供一人で隠れキレるわけもない。

 ノエルも襲撃者に見つかった。

 どうやら、彼らは子供が欲しかったらしい。

 ノエルが髭を生やした小汚い男に見つかると、男はにたりと嬉しそうに笑っていた。


 その後は――。


 コンコン。

 部屋のドアがノックされた。

 ノエルがドアを見ると、向こう側からくぐもった声が聞こえてくる。


「おーい。ノエル居るか? ……返事が無いな」

「寝ていらっしゃるのでは?」

「そうかもなぁ。どうせなら出来立てを食べて欲しかったんだが……」


 ドアの外では義理の兄とお付きのメイドが話しているようだ。


 ノエルはこの兄――リオンのことがよく分からない。

 出会ってすぐのころは、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらノエルに嫌がらせを繰り返していた。


 しかし二日前から変わった。

 ノエルがリオンの頭の上に落ちてから、まるで人が変わったように優しい言葉をかけて来る。

 突然の変わりように、どう接したらいいのか分からず、つい避けてしまっていた。


 しかし、このまま無視をするわけにもいかない。

 行き場のないノエルを引き取ってくれた家の人だ。

 失礼なことをするのは良くないだろう。


「あ、お、起きています。入ってください……」

「おお、良かった!」


 ガチャリと扉が開かれる。

 リオンが入ってくると、部屋の中にほんのりと甘い香りが広がった。

 リオンが持つ皿には見たことのない金色の食べ物が乗っていた。


「ノエルのために俺が作ったんだ。食べてみてくれ!」

「私のために……ですか?」

「兄妹だからな。これくらいは普通だろう」

「は、はぁ……」


 ノエルが住んでいた村では、兄弟姉妹に料理を作るのは珍しくなかった。

 リオンのような貴族様もそんなものなのだろうかと納得すると、おずおずと皿を受け取った。

 皿に置かれていたフォークを掴むと、金色の食べ物を口に運んだ。


 ノエルの口に広がるのは優しい甘み。

 匂いからも分かっていたが、芋を使ったスイーツのようだ。

 そして、この味はどこかで覚えがある。似たような物を食べたことが有る気がする。

 そう、これは確か――。


「うぇ!? 泣いてるのか!? マズかったか⁉」


 ノエルの瞳から、ポロリと涙が落ちた。

 思い出した。これは母が作ってくれていた、ふかし芋に似ているのだ。

 母が作ってくれた物は、こんなに美味しくは無かったはずだ。

 それでも、一度似ていると感じると、懐かしくて涙が止まらなくなった。


「いえ、とっても美味しいです」


 なんとか絞り出した声は、情けなく震えていた。

 それでも食べる手は止められなかった。

 かつての思い出にすがるように、一口一口を噛みしめた。

 気がついたときには、皿の上は空っぽになっていた。


 顔を上げると、リオンがおろおろと困っていた。

 隣に立っているメイドに突かれて、ハンカチを渡されている。

 そのハンカチを使って、そっとノエルの涙をぬぐった。


「ありがとう、ございます」


 ノエルは泣いてしまったのが気恥ずかしくて、顔を落とした。

 視界に入るのは空っぽの皿。

 もらったおやつはとても美味しかった。

 きっと、食べる人のことを思って作ったものなのだろう。

 目の前にいる義理の兄が、ノエルを喜ばせるために作ってくれたのだ。


「……また、作ってくれますか?」

「お? も、もちろんだ! いつでも言ってくれ!」

 

 そう考えると、もう少しだけリオンと仲良くしようと思えた。

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