第2話 意外な特技

「マズい……非常にマズい状況だ……」


 リオンは自室の机に向かって唸っていた。


 前世の記憶を取り戻してから二日が経過した。

 前世を思い出したばかりのころは、リオンとしての記憶と混ざってごちゃごちゃとしていたが、それも整理された。

 もう妹を弟と間違えることもないだろう。


 しかし、記憶が整理されると別の問題が浮かび上がって来た。


(ノエルと仲良くなれる気がしない……!!)


 実はノエルは、この屋敷にやって来たばかりの新参者だ。

 養子となってから一週間程度しか経っていない。


 しかし、その短い期間でもリオンはしっかりとやらかしていた。

 持ち前の性格の悪さを発揮して、ノエルをいじめまくっていた。

 まだ子供ということも幸いして、せいぜい嫌がらせ程度だ。

 だがノエルからの印象を悪くするには十分すぎる所業だろう。


 実際にノエルからは露骨に避けられている。

 話しかけようとする間もなく、どこかに走り去ってしまうのだ。

 これでは仲良くなりようがない。


「リオン様、どうかなさいましたか?」


 涼やかな声で話しかけてきたのは、リオンについているメイドだ。

 ドアの傍から冷たい目をリオンに向けている。

 嫌われている気がするが、勘違いではないだろう。

 リオンはクソガキ成分を濃縮したようなクソガキオブクソガキだった。

 スカート捲りくらいは何十回もやった記憶がある。


 嫌われている彼女に相談するのは気が引けるが、他に当てもない。

 リオンは思い切って話してみることにした。


「ノエルと仲良くなりたいんだが、避けられてるみたいでな……どうしたら良いんだろうか?」


 メイドは目を細める。

 リオンが他人を気に掛けるなんて、今まで無かったことだ。

 どういう風の吹き回しかと疑っているのかもしれない。


 だが、彼女はビジネスライクな冷たいメイドだ。

 それ以上は詳しい話を聞く気もないらしい。

 興味もなさそうにサラリと答えた。


「プレゼントでも贈れば良いのではないでしょうか」

「……プレゼントねぇ」


 なんとも安直な発想である。

 それに親しくもない相手からのプレゼントに喜んでもらえるだろうか。

 ああいうのは親しい人が、もっと親しくなるための手段な気がする。


 そもそも、目の前のメイドが対人関係に優れているとは思えない。

 いつもぶっきらぼうだし、誰かと親しくしているところなど見たことが無い。

 やはり相談する相手が違っただろうか。

 リオンが内心で首をひねっていると。


「なにかご不満でも?」

「あ、いえ、無いです……プレゼントを贈ります……」


 メイドの冷たい目が、氷柱のように尖った。

 内心でバカにしていたことがバレたのかもしれない。

 リオンは慌てて取り繕った。


(……そう言えば、ゲームでは甘いものが好きって言ってたような気がする)


 ゲーム中ではいろいろなサブイベントが発生していた。

 ノエルが甘いもの好きが原因となって、スイーツ大会の審査員を務めるイベントがあった気がする。


(よし、とりあえず準備してみるか)


 スイーツプレゼント作戦を決めたリオンがやって来たのは、屋敷のキッチンだ。

 どうせプレゼントをするなら、珍しい物の方が喜ばれるだろう。

 リオンはそう考えて、前世の記憶を活かしたスイーツを作ることにした。


「本当にリオン様が作るのですか?」

「まぁ、なんとかなるだろ」

「……」


 メイドは呆れたようにリオンを見つめている。

 顔に『無理に決まってるだろう』と書いてある。

 しかしリオンに不安は無かった。


(材料は……揃ってるな)


 リオンは大きな冷蔵庫を開く。

 中に必要な素材が揃っていることを確認すると満足そうに頷いた。


 この世界はファンタジーに良くある、未発達なヨーロッパ風の世界だ。

 しかし、いわゆる『中世風』ではない。

 約十年ほど前に魔法の発達による産業革命が起き、近代化への道を歩んでいる狭間の時代だ。


 そのおかげで物流も発達している。

 リオンが生まれた『アーバンモルト家』のような貴族の家には、最低限の調味料くらいは揃っていた。


 リオンは冷蔵庫から調味料を用意。

 さらに近くに置いてあった袋から芋を取り出した。

 それは『アーバンモルト領』で生産されている芋だ。

 甘みが強く、味としてはサツマイモが近い。


「じゃあ、さっそく作ってみるか」


 ――そうしてリオンが作ったのはスイートポテトだ。

 前世では弟たちに何度か作ったこともある手馴れたスイーツ。

 材料の品質こそ現代の日本には敵わないが、味は悪くないはずだ。


 メイドは金色に輝くスイートポテトを見て目を丸くしている。


「驚きました。まさか本当に作ってしまうなんて……」

「一つ食べてみるか?」

「……頂きます」


 メイドはスイートポテトをフォークで割ると、おずおずと口に含んだ。

 ピクリと目を開くと、薄っすらと口角が上がる。

 メイドは微笑むようにリオンを見つめた。


「とても美味しいです。まさかリオン様にこんな才能が有ったなんて……」

「『まさか』は余計だ。これならノエルも喜んでくれるだろう?」

「はい。上手くいくと思います」


 冷たいメイドからのお墨付きも貰った。

 リオンはスイートポテトを皿に乗せると、さっそくノエルを探し向かった。

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