主人公のお兄ちゃん(闇落ち予定)に転生したので、破滅を回避するために妹を甘やかしたい
こがれ
第1話 マイナスな好感度
徹夜でゲーム。
眠気覚ましに飲んだエナジードリンク。
痛み出した心臓。
痛みにもがいていると気を失って――。
「うわぁ!?」
情けない叫び声とともに体を起こしたのは小太りの少年だ。
デブというほど太ってはいない。
しかし、その体についたぜい肉は、少年が裕福な家庭に生まれたことを示していた。
少年はキョロキョロと周りを見渡す。
少年が居るのは湖のほとり。足元には柔らかい草が繁っている。すぐ隣には立派な木が佇んでいた。
少年は這うように湖に近づくと、その水面に映った自身の姿を見る。
その瞬間、ふっくらと肉の付いた顎がガクリと落ちた。
「……『リオン・アーバンモルト』」
他人事のように呟いた。それが少年の名前だった。
しかし、リオンにとってはそれが自分の名である事が信じられなかった。
「俺は転生してたのか……?」
思い出すのは、つい先ほどまで見ていた夢。
リオンは日本に生まれた、冴えない普通の男だった。
趣味はゲーム。
しかし、ある日の朝。
ゲームを遊んでいた徹夜明けに、心臓が痛み出した。
その後の記憶は無い。
あの時点で前世は終わってしまったのだろう。リオンはそう推測した。
「それにしたって、リオンは無いだろう……」
『リオン・アーバンモルト』その名前は前世の時から聞き覚えがあった。
リオンはゲームに登場する悪役だ。
悪役と言っても強大な力を持つラスボスでもなければ、主人公に立ちはだかるライバルでもない。
リオンはクズな小悪党だ。
主人公の義理の兄。
養子として引き取られた主人公のことを、幼少のころからいじめていた。
まるで奴隷のようにこき使っていたらしい。
しかし、学校に入ると立場は逆転。
容姿も頭も良い主人公は頭角を現し、やがて学校の人気者となっていく。
一方のリオンは養子にも劣る兄として、後ろ指を指されるようになった。
その状況にリオンの不満が爆発。
リオンは闇落ちしてラスボス側に付く。
しかし、そっちでも役立たずの扱いを受ける。
最終的にはラスボスによって化け物に変えられて、主人公に呆気なく倒された。
「嫌だ……死にたくない……」
リオンは自身の未来を思い浮かべて、ぶるりと体を震わせた。
このままでは死ぬ運命。
それを回避するためにはどうするべきか。リオンが頭を働かせようとした時だった。
「あ、お、起きたんですね……」
怯えたように震えた声。
振り向くと、そこに居たのは黒い髪の少年だった。
(ノエルだ! うわぁ、本物だよ。すげぇ!)
彼の名前は『ノエル・アーバンモルト』。
とある理由からアーバンモルト家の養子となった少年だ。
年は同じだが、リオンの義弟にあたる。
リオンが登場したゲームの主人公。
ゲームでは主にノエルを操作することになるため、元プレイヤーとしては会えたことに感動すら覚える。
しかし、彼がリオンを倒す張本人だ。ある意味では一番危険な人物とも言える。
(待てよ。ノエルと仲良くしておけば、万が一の時に助けて貰えるかも……)
なにせノエルはゲームの主人公だ。
主人公に足りえるだけの精神を持っている。
ゲームでは何度も味方のピンチを救っていた。
彼と仲良くしておけば、リオンが死にかけても助けて貰えるかもしれない。
そうと決まれば行動だ。
リオンは立ち上がると、両手を広げてノエルに抱きつこうとした。
リオン達はまだ十歳にもなっていない。てきとうにスキンシップを取っておけば仲良くなるだろう。
リオンは浅い考えの元動き出した。
「ひっ……」
(おっとぉ……これはマズい雰囲気では?)
リオンが腕を広げると、ノエルはびくりと体を震わせた。
見るからに怯えている。
まるで捨てられた子猫のようにビクビクと震えていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――」
まるでうわ言のように、ノエルは『ごめんなさい』と繰り返す。
どうやら肉体的接触は逆効果なようだ。
リオンはスッと離れる。
「いや、こっちこそすまない。驚かせてしまって……」
「……怒ってないんですか?」
「怒るって俺が? なんでだ?」
「木を登ってるときに、リオン様の上に落ちてしまったから……」
「あぁ……そういえば、そうだっけ」
リオンは薄っすらと思い出す。
リオンがノエルに命令して、木を登らせた。
理由はただの嫌がらせ。
木に登って怯えているノエルを見て笑っていたはず。
しかしノエルが足を踏み外して落下。
そのすぐ下に居たリオンが踏みつぶされた。
なんとも自業自得な話である。
その時の衝撃で頭を打って気を失っていたのだろう。
そう考えるとリオンは頭の後ろがズキリと痛んだ気がした。
「まぁ、それは俺が悪かったから気にしてない。むしろ木登りなんかさせて悪かったな」
「は、はぁ……」
困惑するノエル。
リオンの態度が変わりすぎて、困っているらしい。
だがこれ以上、ノエルの好感度を下げるわけにはいかない。
今後は優しいお兄ちゃんとして頑張るので、慣れてもらうしかないだろう。
「ところで、ノエルはなんで汚れてるんだ?」
ノエルの着ている服は、リオンの母が用意したズボンとシャツ。
どちらもキレイな物を着せられていたはずだ。
しかし現在は土で汚れている。まさか、木登りでここまで汚れることもないだろう。
「あ、これを取って来てて……」
ノエルがスッと片手を差し出してきた。
その手のひらに乗っていたのは緑の葉っぱ。
「痛み止めの薬草です」
どうやら、頭を打ったリオンのために採ってきてくれたらしい。
嫌がらせで木に登らせたバカ野郎のために採って来てくれるとは、主人公だけあって心優しいノエルである。
「で、でも、いらないですよね……」
「いや、弟からのプレゼントだ。ありがたく貰っておこう」
「……え?」
驚いたように首をかしげるノエル。
その手のひらから薬草をつかみ取ると、リオンは口の中に放り込んだ。
途端に口の中に広がる苦味。
まるで凝縮したピーマンのコーヒー漬けだ。
とても人が食えたものじゃない。
「ぶえぇ!? なんだこの味……ぐわぁぁぁ!?」
「わ⁉ 食べるものじゃないですよ⁉ そ、そうだ。水でゆすいでください!!」
ノエルが湖を指さす。
リオンは慌てて湖に近づいたのだが、足がもつれて転倒。
それを助けようとしたノエルを道連れにして、湖へと飛び込んだ。
「……すまん」
「いえ、大丈夫です……」
幸いなことに二人が落ちたところは浅かった。
口の中の苦味は薄れたが、代わりに体がびしょびしょになってしまった。
二人は死んだ目で湖から陸に上がる。
ボカボカとした春の陽気に包まれているが、濡れた服を着たままでは風邪を引いてしまう。
リオンは上着を脱ぐと、バシャバシャと水を切った。
「ノエルも水を切っておいた方が良い」
「い、いや……私は……」
ノエルは顔を真っ赤にして腕を抱いていた。
人に肌を見せるのが恥ずかしいのだろうか。
「今は俺たちしか居ないから大丈夫だ。弟の裸を見ても何とも思わない」
「い、いえ……違います……」
「違うって、何がだ?」
ノエルは目を伏せて、耳まで真っ赤にして呟いた。
「弟じゃなくて……妹です」
「……え?」
その瞬間、リオンの頭に記憶が戻って来た。
そう言えば、妹だって紹介されてたかもなぁ……と。
前世の記憶との混濁によって、ノエルのことを弟だと思い込んでいた。
ゲームでのノエルは確かに男だった。
しかし理由は分からないが、ゲームとは性別が変わっている。
目の前で顔を真っ赤にしているのは妹だったらしい。
その上で今の状況を考えよう。
義理の妹の服を無理やり脱がそうとしている兄。
どう見たって犯罪だ。
リオンはスッと地面に膝をついた。
そして大地に頭を打ち付ける。
伝家の宝刀『DOGEZA』である。
「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!」
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