第五話 現状

 痛いっっっ!!!!!!


 無理、血が、私の足が.....そんな、こんなのは....


 千切れた足が、動いてる。


 断面が、もしかしてこっちもかよ。


 丸い筒が私の足の中に入ってる。


 私の両手と同じ?


 だめだあいつらの攻撃が来る。とりあえず防御に徹する。


 足か。足も動くんだろ。


 

 できるのか?瑠奈は体中全身から生やしてた。というより変化してた。変化?変化じゃなくて、私の足を見る限り元から、皮膚の中身は筋肉と骨じゃなくてもともと気色悪い陰茎、いやこれはもう陰茎の役割”も”担ってる何かだろう。


 切られたけど、別の片方の足なら。



 できた。これでこっちは三手。


 切られた足はどうにかなるか?


 なんとか這いずり手を伸ばして切られた足を拾う。こんなに不思議なことが起こってるんだ。くっつくだろ流石に。


 

 .........できないのか。



 千切れた触手同士を結んで力んで無理やり固めて、義足代わりに使う。痛い。痛いけど、とりあえず今はこれでゆっくりではあるが歩けてる。


 足だけじゃない。体全部使える。強い。強くね私?


 私が邪魔だからと大勢やってきて集まってくれたおかげで三階は一層


 できたのかまだわからないか。全部の教室見て回らないとな。


 死んだ同種の顔をなんとかして見ないように。目を逸らさないと。だって知り合いが、友達だった人がさっき視界に入ったんだ。


 まったく。イライラするし、泣きそうだし、死にたい。情緒不安定か。病みってやつか、くだらないよ。何が病んでるだよそんなんじゃない。誰が知るかこの苦しみを。


 なんで私が同級生を、顔見知りを殺さなきゃいけないんだよ。


 



 校舎内はこいつで最後か。


 変形した触手を切り落とした、がやっぱし動くか。それに、腕を切り落とされたっていうのにまだ抵抗する。


 こいつ、二年のとき同じクラスで、話したことがある。


 首を掴んで壁にぶつける。何度もぶつける。もうかつての同級生とは違う。


 浩美「何をしたんだ。答えろ。」


 「......やめろって。私たち仲間でしょ。なんでこんなことしてんの。」


 浩美「お前は。人を殺した。何人も強姦した。合ってるか?違うか?」


 「だって、βは邪魔だし、Ωは子供を」


 素手で殴った。人の顔を素手で殴る感触。普通の人と変わらない。柔らかかった。


 「痛いよ......」


 は???

 

 なんで泣いてんの?こいつ?


 ダメだ。考えちゃだめだ。考えすぎたら、精神的に狂う。


 こいつの切り落とした腕の断面、まだ例の触手があるけどどっちも動いてない。


 こいつだけ殺さないってのは、おかしいじゃないか。


 

 そういや、警察はこの学校に来てるのか?来てても対応できるのか知らないが



 「そこの二人、止まれ!」


 

 やっとだ......



 もう後のことは、全部任せたい。私は疲れすぎた。







__________________






 



 

 


 

 おそらく私の体内は全部触手なんじゃないかな。


 怪物を殺すのにしか使ったことないけど、分厚いガラスと金属の重そうなドアを破壊できるほど強いのかな。




 警官が来てくれたとき、ほっとした。私はもう頑張らなくていいやと思った。心の底から安堵した。だが日本の警察でまだ校舎の外にいるやつらをどうにかできるのか、正直無理そうだと思った。けどそれが警察の仕事だし、だから安心した。


 校舎内は、教員も生徒も、凶暴化してる人たちは全員殺しましたと報告。外はまだなので気を付けてくださいと注意喚起。そして私が片手で持っているこいつは武器を切られた”敵”、つまりは捕虜ですとお土産を与える。


 その女性警官は、私がどう見えたのだろう。単身で学校に入り込み既にネット上で情報が広がりまくってる”触手を振り回す人間の怪物”を、大量に殺害。


 私が普通の人間ではないことは予想がつくだろう。


 私のことについて、時間をかけて話し合える人間が欲しいとは言っておいた。



 難しい判断は警察に任せる。私はまだ高3の、女子校生だからできない。



 

 警官に案内された。どっかに収監されるだろうか。それがいい。生体実験?それは断りたい。少しでもそんなこと言ってきたら、逃げようかな。


 「緊急事態だ。不測の事態だから君が確実にやれるならやってほしい。やれるか?既に警官の死者数が八名。一瞬で死んだ。拳銃持った警官なんかじゃ相手にならない。」


 大きな溜め息をついた。


 だが自分の意思でやるよりはよっぽどマシだった。







 そして今やっとこの一連の事件を、”かつて”受け持っていた人たちのところで自ら収容されて休んでいる。自分から最も頑丈な独房みたいなのに入ったのは自分が味方だとアピールするためだ。せめてものアピール。それと、休みたいから。


 


 「そろそろ話したいが、いいかな。」


 現在、麗美も家族も厳重な警備下にある。少なくともそれはしてくれと頼んだら、通った。


 浩美「大丈夫です。話せそうです。」


 心がくたくた、という表現で済むくらいマシになった。


 分厚いガラス越しに私に話しかけてくる。


 真紀「私は刑事の恒河沙真紀。まずそちら側の事情を知りたい。」


 そう言われて、私はこれまでの経緯を話した。


 やっと安心して話せる人がいてほっとした。


 信じてくれる。実際に見てるし、それに私に理性があることもわかってくれてる。味方だって信じてくれてる。


 真紀「......次は、私の話、というより警察側。今はもう国際単位での事件になってるが、その辺の事情の話をする。」


 浩美「はい.......」


 真紀「君にとって残念な情報がある。」


 浩美「え?......」


 ダメだ。もう無理。


 真紀「いいか須藤くん。今、日本の警察は君の処遇について、わかりやすく言うならグレーゾーンでギリギリ白よりってところだ。もし君が感情的になってしまったりとか、どんなに悲しい理由があろうが君の行動は、君にとっていい人とは言えない人たちにとって有利になる可能性が十分にある。何がいいたいか分かるか?」


 浩美「は、はい......とにかく、私はあの触手を使う気はないしもう見せたくないです。」


 真紀「...触手のあれじゃなくても攻撃的になるだけで面倒かもしれないぞ。それくらい、今厄介な状況だ。私はできれば君を信じたいし、味方したい。」


 やっぱ警察に頼るのは間違いだったのかな。心を殺して涙だけ流せば、可哀想アピールでもすればいいんだろ。


 真紀「まず、今から辛いことを言う。」


 浩美「はい......覚悟はできてます。」


 真紀「君の父は例の怪物になっていた。そして母が死亡。西江麗美は怪我はなく無事。現在警察の保護下にある。β性の警官のみに監視を任せてる。」


 え?


 私の両親が?


 もう会えない?


 少しは休めたと思ったのに、意味ないじゃないか。


 なんでだよ。


 浩美「......それで、父さんは......」


 真紀「君の父、須藤佐那は会社から帰宅中の最寄り駅にて変異したと考えられている。そのまま数人の強姦被害者を出し、何人かの死傷者を出しながら家に到着。君の母はβ性のため、やつらの性質であるβ性は性別関係なく殺害するということから殺害される。家に向かってる途中で警察が駆け付けていたが全員殺害されている。」


 真紀「一応、西江麗美が警察に通報した履歴がある。麗美が無事だったのは、その後も警察が家に押し掛けようとしたことにより須藤佐那は家の外に出て、その間に警官の一人がパトカーで突進し、気を失っている隙に全身を何度も銃撃して死亡したから。その後君の伝言である、家にいる家族と西江麗美という少女の保護の要求を元に無事保護することが完了。」


 浩美「その殺し方は......ありですね。自動運転とかで制御すれば、殲滅しやすくなると思います。」


 

 真紀「.......泣くのは問題ないぞ。」


 浩美「......もう十分涙を流したので、これ以上はもう、めんどくさいです。」

 

 真紀「じゃあ今度は国際的な事情、政治事情、奴らについて我々や上層部が知っていること、考えていることについて話す。」


 

 彼女が話してくれた内容は、難しくてよくわからないところがあったがあまりいいことではなさそうだった。


 ”α性の人々が凶暴化”という事実は、政治家や偉い人たちにとってはいろんな意味で厄介らしい。α性=危険という印象がついてしまうかもしれない。つまり、”危険人物だから冷遇する”という習慣ができてしまう可能性がある。


 だからそれぞれで意見が対立してしまい議論は泥沼化してるそうだ。


 β性で高い地位にいる人たち、Ω性で高い地位にいる人たちの意見も混ざってくる。


 世界単位で発生している時点で組織的に行われているからテロ組織やどこかの国のウイルスでも漏れたんじゃないかという疑惑も出てくる。


 

 そして、α性の人達を変化させてる特別なタイプのやつら、瑠奈みたいなのは、人間社会に溶け込むことができる。


 思い返せば、瑠奈は学校ではいつも通りだった。他のバケモンはβ性を見つけるとすぐに殺す、Ω性を見つければすぐに孕ませるという性質があるが瑠奈はそういうことをしていない。


 そして瑠奈みたいなタイプのやつらが複数人、世界各地で起こってるから数十人以上はいることになる。怪物を作る主みたいなのは、社会に溶け込めるほど自制心でもあるのだろうか。


 勝手に変異させられた側は理性と本能のバランスが常に極端になっている。


 

 そしてさらに厄介なのは、それまで事件は私の住んでる県内でしか起こってなかったということ。


 昨日、私が学校から瑠奈を引き連れて急いで校舎から出たあたりの時間から始まった。


 まだ24時間ほどしか経ってないわけだ。対策も今後の見解もまだ出ていない。それぞれの国ごとになんとかその場しのぎで食い止めてる状態。


 そして大事になりすぎてしまったこの件は地方の県警の管轄からより全国規模での対策本部が作られそちらが引き継いだ。


 真紀「α性という今まで社会的に優位だった人間が、突然豹変する可能性がある危険なやつらじゃないかという印象、イメージ、事実。これの影響が予想以上に酷くてな。一部じゃ、α性の尊厳の問題だから放置だなんて声も聞くくらいだ。”やつらの行動を妨害しなければいつも通り”、という性質が分かってるせいでな。」


 浩美「......大元の、組織がいるはずです。それについてわかってることはないんですか?」


 真紀「西江瑠奈という人物が他のとは違う特殊なタイプだという事実、君がどういうわけか私らの味方をしてくれる特殊なタイプの中の更に特殊なやつだということ、そして西江瑠奈の両親の女性二名の確保。この三つは既に伝えてある。」


 真紀「そして西江夫妻の最後の消息は、一週間前に中国へ行った。今のところこれしか分かってない。」


 真紀「彼女ら夫妻二人についてだが、どちらも学者で研究分野は分子生物学や遺伝子工学の横断分野、分かりやすく言えばα、β、Ωという性別に関する研究だ。過去の論文では歴史的な観点から研究しているものもある。判別方法から遺伝子レベルでの研究まで様々な観点から結果を出している。」


 浩美「それの知識を利用して、私と瑠奈は改造された?」


 真紀「曖昧な記憶だから証拠としては不十分だが手がかりではある。」



 これからどうなるんだろうか。けど、銃火器とかを使えば流石に対応できるはず。いつかは、時間が経てば警察や、そもそも外国なら軍が動いてくれる可能性だってある。


 相手は少数でちまちまと一人ずつ仲間を増やすやり方だし、私はもう、疲れすぎてしまったから関わりたくない。ただ家に引きこもって、麗美と一緒に安全にしていたい。それに何か来ても私は麗美のことを守れる。

 

 

 そういや、切られた足、無理やりくっつけてるけど痛みがもうないな。やっぱり私の身体は人間とは全く異なるものになってる。

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