其の七 ウィッチ、覚醒する。
四羽の飢えたハーピーたちが上昇気流にのって、次々と崖上の草地へと飛び上がってきた。その身は乾いた血と汚物に塗れ、その手にはかつての獲物であろう白い大骨が握られている。
「おのれッ! 汚らわしい
えエッ!? どうしたんだ、急に。
この激変ぶりは想像の
ベリルはこれまでの
帽子にちょこんと座っていたヴィヴィは、ベリルの剣幕に
「どうやら
「なんてこった。そりゃ同族嫌悪というやつじゃないか」
オレたちの囁き
「あんた、
「あら、知らなかったの? 墓の町の
「魔女ッ!?
「……
そういってベリルは短く呪文を詠唱し、手にした細杖を華麗に振るった。まるで楽団を率いる指揮者のように。すると杖の先から燃え盛る矢が出現し、空を飛ぶ一羽のハーピーに向かって一直線に放たれた。火矢は確かに命中してその体を貫き焦がし、地面へと落下させた。
「すっごい魔力ね! やったわ!」
「狙いたがわず、か。見事なものだな」
この魔法はオレも目にしたことがある。〈
オレも負けじと新しい矢をつがえて、地面を転げまわる手負いのハーピーに矢を射た。地に落ちた獲物を狙うなど造作もない。ぎょえええええ!と絶叫してパーピーは動かなくなった。まず、一匹。
群れの一匹が倒されると見るや、ハーピーたちは警戒を強め、オレたちから距離をとって旋回飛行をはじめた。
「アレが来ます! 気をしっかり持って!」
「例の〈歌〉かッ!」
「耳の穴に指をつっこんで、あーあーあー!って声をだすと良いわよ」
「両手が塞がってるんだよ、そんなことできるわけないだろッ!」
ベリルの端的な警告はともかくとして、ヴィヴィの的外れな助言など悠長に聞いていられない。
オレは少しでも奴らの〈歌〉を妨害しようと、続けざまに二の矢、三の矢を射かけた。しかし、第二射は羽根を貫通してたいした傷を負わすことができず、三射目は足先をかすっただけにとどまった。なんたる無様。――そして、オレの焦りを嘲笑うかのように、奴らの〈歌〉が辺りに
その〈歌〉は――。
甘美な声音と、優雅な抑揚をもって耳をくすぐった。
心地良い海風を
三羽の鳥たちが奏でる
〈エルフ語〉とも〈共通語〉とも似て非なる詩と音。
オレは何故かとても、その意味が知りたいと思った。
手にした弓矢を投げ捨てて、
あのものたちは知っている。
あのものたちなら答えをくれる。
胸を焦がし続ける
オレは知りたい、答えが、その答えを――。
「ちょっとッ! しっかりしなさいよ、あんたッ!」
「いッててててててててててててッ、いてぇッ!!」
肩に乗っていたヴィヴィが、オレの
こんなにもあっさりと、敵の術中に陥るとは。なんたる未熟。
「すまない、助かったぜ」と、ヴィヴィに礼をいうやいなや、今度は羽ばたく音が頭上で聞こえた。凶鳥の襲撃を予感したオレは、攻撃を避けようと咄嗟に身を屈めた。その一瞬の後。鋭い鉤爪が虚空を切り裂き、とおりすぎていった。まさに間一髪。
ハーピーはすれ違いざまに汚物を垂れ流しており、かろうじてその直撃はまぬがれたが、吐き気をもよおす臭いに不快感と苛立ちがました。ぎゃぎゃぎゃと嘲笑うような声がこだまする。ベリルが激しい嫌悪をぶつけるのも止むなしだ。
どうやらベリルもヴィヴィも、〈歌〉の影響はうけていないようだった。
乱暴なお姫様のおかげで〈歌〉による魅了からは何とか脱したが、弓矢は遠くへほうりだしてしまった。さて、どうしたものか――。
「私があのものたちを大地へ叩き落とします。とどめをさしていただけますか」
「協力してやっつけるってワケね!」
「……なるほど、わかった。やってくれッ!」
ベリルが戦力になるならば、協力して敵に対するべきだ。魔法という使い勝手の良い攻撃手段があるならば、遠距離戦は任せておこう。オレは、大小両刀の鯉口を切り、すらりと
両刀を構つつ
スーーーーーッ、コォオオオオオオオオオオッ。
深く吸いこんだ空気を、ゆっくりと口から吐きだす。
全身に血を巡らせ、内なる
これぞ〈
「きやがれ凶鳥ども、刀の
「やっちゃえ、やっちゃえッ!」
「では、いきますッ!」
オレの挑発を合図にして、ベリルは再び〈火の矢〉の呪文を詠唱し、宙を舞うハーピーに向けて投射した。魔法の火矢は一羽のハーピーに命中して、今度はその翼を燃やした。犠牲となった獣の脂に火がついたのか、大きな翼を焦がしながら地面へと落下してくる。言うは易し、行うは難し。宣言どおりに怪物を射落とすとは、やはり確かな魔法の腕前である。
オレは予測される落下地点へ素早く移動すると、地面に激突し、その衝撃で跳ね上がったハーピーに向けて、刀を一閃した。
「せいやあッ!」
手応えあり。間髪入れず、返す刀で怒涛の斬撃を見舞う。
「とうッ!」
ぐぎゃあ!と苦痛の悲鳴を上げる凶鳥にむかってオレは、逆手に構えた脇差を突き刺した。すると、ご、ごげぇえええ!と、まるで家禽のような断末魔のひと鳴きをして、ハーピーは絶命した。
ふたつ。残るはハーピーは二羽。上空にいた、そのものたちは――。
「あッ危ない、気をつけてベリル!」
「避けろっ!」
同時に仕掛けたならばと示し合わせたのか、ハーピーたちは的をベリルにしぼり、急降下してきたのだ。かすめ飛ぶような鉤爪の攻撃をまともに浴びては、華奢なエルフ娘が無事ですむはずもない。しかし、ベリルは慌てることなく、再び呪文を詠唱し、軽やかに細杖を振るった――すると、である。
ベリルの体が瞬間光ったかと思うと、その姿が四つに分身したのである。なんとッ! どれもが同じ容姿をしており、同じ動きをする。オレたちですら見分けがつかない。
「〈
突如として現れた分身の姿に戸惑いながらも、ハーピーたちが急降下を止めることはない。二羽の凶鳥は別々のベリルに攻撃をしかけた――しかし、である。
一羽の鉤爪はベリルをとらえたが、触れた途端にその姿は霧のように消えた。〈鏡像〉で作られた幻だったのだ。そして、もう一羽はどのベリルを目標にするか迷いが生じたからか、鉤爪自体が大きく外れて空を切り裂いた。それぞれに目標を外した二羽は、悔しそうにひと鳴きすると、再び大空に舞い上がった。
ヴィヴィがいうとおり、魔女の二つ名はハッタリではないようだ。攻撃魔法だけでなく、敵を欺く補助魔法にも通じている。やはり、見かけでヒトを判断してはならないのだ。特に女は。
「私の矢は決して狙いを外さないわ」そういってベリルは、先ほどとは違う呪文を詠唱しはじめた。手にした細杖が複雑な印形を宙に描く。すると、杖の先から白く光り輝く三つ矢が出現し、ハーピーを狙い撃ちする。
「次は〈
「……さっきから解説してもらえるのはありがたいんだがよう、お前は何もしないのか」
「だって、あたしは姫ですもの。それに、〝お前〟なんて呼び方やめてちょうだい。
「……へいへい。わかりましたよ、姫殿下」
ヴィヴィは殿下という呼び名が気に入ったのか、肩の上でぴょんぴょん飛び跳ねた。まったく、その様は姫君らしからぬ。
〈魔法の矢〉は宣言どおり狙いを過たず、一羽のハーピーに命中した。しかも三本ともが翼を射ぬき、姿勢を崩したハーピーは木の葉のように落下し、地上へ着地せざるをえなかったのである。
さァ、ここからはオレの出番だ。
素早く近づいて打刀の一撃を見舞う。
凶鳥は手にした大骨でオレの刃を受けた。
飛び立つ
鋭い鉤爪が使えないぶん地上ではこちらが有利。
オレは両手に持った大小を連続して打ちこんでいく。
大骨一本では
半分はヒトの姿といえ大骨を振り回すだけの乱暴な戦術。
所詮は邪悪なだけの怪物よ、このまま手数で押し切ってやる。
――と、勝利を確信したその時だ。
仲間の窮地を見て取ったもう一羽のハーピーが、オレを背後から襲ってきたのである。避ける間もなく大骨の一撃を受けて、背中に激痛が走った。
ぬかった!
オレは前後をハーピーに挟まれる形となってしまったのだ。
素早く体の向きを変えて構えなおす。
左右の凶鳥に向かって両刀を向けて牽制した。
両方向に油断なく気を配るが、数の不利はいかんともしがたい。
先ほどまでの優勢はどこへやら。
オレは、ハーピーが振るう大骨をかろうじて弾き、いなすだけの、防戦一方に追い込まれてしまったのだ。肩にいたはずのヴィヴィも、いつのまにか飛び去って退避している模様である。
なんと逃げ足の速い!
「よくぞ敵を一箇所に集めてくださいました。これで一掃できます」
「この状況で、なにを暢気なこといってやがン……なんだとッ!」
ベリルが振るった細杖の先から
オレの眼前で一点に集中した魔力が、超高温の
「いっけーッ、〈
「嘘だろうッ!?」
ヴィヴィがなぜか楽しそうに、そういいはなった。
オレの悲鳴が彼女らに届いたかどうかはわかない。
完成した〈火球〉の呪文が大爆裂したからである。
オレもろとも、ハーピーどもを焼き尽くすように。
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