其の八 サムライ、奮戦する。

 耳をろうする爆音がこだまして熱風が吹きすさぶ。

 火焔が渦を巻き全てを焼き尽くす。

 白熱し膨張する魔力の集中点。

 その中心にオレはいた。

 死んだと思った。

 これでお終いだ。

 故郷くにを出奔したのは世界の果てに辿り着くのが目的だった。

 この場所がオレの〝果て〟だったのかと、改めて思った。

 なんてあっけない人生の結末なんだ。

 幸いにして、さほどの苦痛はない。

 これが甘やかなる死か――。

 うん? なんだか、少し焦げくさいな。

 ああ、なんだ。髪の毛が焦げているだけか。

 あれッいやまて、オレはまだ生きているのか!?

 両手の愛刀にも具足にも焦げ跡ひとつみあたらない。


「なにぼおっとしてんのよ! いまが好機よ!」

「とどめを! お早くッ!」


 辺りを見渡せば、黒く焼け焦げたハーピーどもが二羽、地面に膝をついている。喉まで爆炎に焼かれたのか、口をぱくぱくとさせるばかりで声を発せないようだ。

 まさに好機。

 まずは右側にいる凶鳥を刀で横に薙ぎはらった。

 弧を描くように首が吹き飛ぶ。

 すかさず左側にいるハーピーへ、回転しながら斬撃を見舞う。

 今度は腕が飛ぶが、致命傷にはいたらない。

 オレは逆手の脇差で、首を突いてトドメの一撃を与える。

 敵は音もなく崩れ落ちた。

 

「ふう、あぶなかったぜェ……じゃない、なンでオレは傷ひとつ負っていないんだ!?」

「元素を操る秘術呪文が得意なのだといったじゃないですか。私は力術を修めた魔術師ウィザード力術士エヴォーカーなのです。呪文の効果範囲を操るなど造作もないこと」

「生憎と魔術師の知り合いがいないもんでねェ。それならそうと、事前にいっておいて欲しいもんだ」


 そうオレが至極当然の不満を垂れると、「怪我したわけじゃないんだから、別にイイじゃないの!」とヴィヴィが余計な合いの手をいれてきた。ベリルは「実際に試したのは初めてですが……」なんて恐ろしいことをボソリとつぶやいている。

 まったく、酷い連中だぜ。体を張ってるのはこっちだというのに。

 女子おなごってのはこういう時すぐに結託するんだよなァと、心中で更なる不平を垂れるオレの顔は、さながら石の人造兵ストーン・ゴーレムのような仏頂面であったことだろう。

 緊張から解放された直後の気の緩み。こういう油断が大いなる隙を生んでしまうのだ。


     *


 バサリバサリと空を叩く羽音が聞こえたかと思うと、オレは両肩をがっしりと巨大な鉤爪によって掴まれて拘束された。またしても不意打ちをうけてしまったのだ。喰いこむ鋭い爪よって動き制限されたまま、オレの体は空中に浮かんでいく。

 いったい、何者の仕業だ? 顔を上げ、オレを掴んで飛び去ろうとする主の姿を確かめた。体に突き刺さったままの矢と、焼け焦げた翼の一部が目に入る。

 こいつは最初に射落としたハーピーだ! まだ生きていやがったのかッ!

 鳥には擬傷ぎしょうという、怪我を装って注意を引き、巣から捕食者を遠ざける習性があると聞く。この凶鳥にはさながらとでも呼ぶべき、死を装い油断を誘う本能があったということか。あるいは邪悪な知性かもしれぬ。たかが半人半鳥の怪物と侮っていた。なんたる不覚。

 オレが後悔する間にもパーピーは空高く舞い上がっていく。足をジタバタと動かしてみるが、力強い羽ばたきを妨げることはできない。すでに恐怖を感じる高さであるが、凶鳥はさらに海の方へ向かっているようだ。

 このままでは、まずい。それも、かなり。


「オイッ、傍観してないで助けてくれッ! 魔法があるンだろ」

「……残念ながら今日は、〈飛行フライト〉呪文の準備はしていません」

「穏やかな顔して冷酷なこといってんじゃないよッ! なんとかしてくれェ」


 オレの悲痛な叫びは虚空にこだました。


「仕方ありませんねェ……ヴァイオレット?」

「しょうがないわねェ、ベリラス・ムーンライト」


 そういって二人は澄まし顔を見合わせた。ベリルがうなずいて合図をすると、ヴィヴィは片目をつぶって返答した。その阿吽あうんの呼吸が、オレをとても不安にさせる。

 ベリルは細杖を振るって得意とする〈火の矢ファイアー・ボルト〉の呪文を紡ぎ出し、迷いなくハーピーへと投射キャストした。

 負傷した上、オレという荷物が重荷となったハーピーに魔法を避けることは到底できず、矢は見事命中したようである。オレに当たらなかったのは僥倖ぎょうこうといってよい。しかも脂が染みた体に火がついて悶え苦しんいる。肉や羽毛が焼け焦げる臭いが鼻をつく。耐えがたい臭いだ。

 そしてハーピーはついに重さに耐えられなくなって、高所からオレを取り落とした。地面までほんの数秒ほどの猶予しかあるまい。まさか一日に二度も、しかもこんな短時間のうちに死を覚悟する羽目になろうとは。

 抗えない自由落下に身をまかせながら、オレは自らの不運と迂闊うかつさを呪って、そっと目を閉じた。


「あたしがに感謝なさい?」


 ヴィヴィがそういって、ぱちんと指を鳴らした――ような気がする。目を閉じているオレには様子がまるで判らない。全身に風圧を感じながら身をこわばらせる。すると、ぐしゃっと何かが潰れるような音が下方でした。きっとハーピーだ。

 次はオレの番か。

 できればあまり痛みを感じない、穏やかな死を迎えたかった――穏やかな春の季節、良く手入れされた草花の咲き誇る庭を眺めながら、最愛の伴侶に手を握られて、清潔なベッドの上でそっと静かに、これまでの人生を振り返りながら――って、あれ。

 いつまでたっても地面に激突しない。どういうことだ?

 恐る恐る目を開けると、眼前には草地が広がっている。鼻先に触れそうなヒースの花から、羽虫が迷惑そうにぶうんと飛び立っていった。オレは地面に激突する寸前でふわふわと空中に浮かんでいたのだ。輝く燐光がオレの体にまとわりついている――これは、いったい。


「それは〈小妖精の粉ピクシー・ダスト〉っていうの。あたしの羽根から落ちたものね。本当は自由に空を飛べるようになるんだけど、あなたに振りかかった鱗粉の量は十分じゃなかったみたいね」


 そういってヴィヴィがもう一度ぱちんと指を鳴らすと、オレはふわりと地面に着地した。すぐ隣では、かつてハーピーだったモノが今度こそ生命活動を止めている。

 ハァ、助かったぜ。大爆発に巻きこまれたり、高所から落とされたり、命がいくつあっても足りやしない。酷い仕事を請け負っちまったもんだ。

 オレは相当に情けない顔をしていたに違いない。冷や汗を垂らして安堵するオレを見てふたりは、大声で笑いだしたのだ。

 まったく、本当に酷い連中だな――と思いはしたが、なぜかオレも釣られて、つい声を上げて笑ってしまった。

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