其の三 サムライ、化鳥に跨がる。
「はッ!? えッ!? なん……だ、これは?」
オレは、財宝あさりに迷宮へ潜った粗忽な探検家を、今まさに飲みこまんとする
チオンター川に架かる石橋の南端。昇ったばかりの朝陽が、まだ辺りに立ちこめる霧を追い払いきれぬ、
「あら、ご存知ないのですか。これは
「いやいやいや! 見ればわかるよ、斧嘴鳥くらい! オレは、この
「目的地までの、乗騎とするに決まっているじゃないですか」
フン、そんなこともわからないのですか察しが悪いですねと、ベリルは得意げに胸をそらした。契約を交わす前の
やはり、この女――とても厄介で面倒な奴だった。
見れば馬具を流用したと思われる手綱や鞍が、すでに二羽の化鳥たちに装着されている。ベリルが用意した現地までの移動手段とは、
「たしか馬術はお得意のはずでは。数々の武芸に通じているというのは、ハッタリでしたか。あぁ、誇り高きサムライ殿は、この鳥を乗りこなす自信がないのですね」
「……いや、そうはいっていないだろう」
ベリルはオレの自尊心をくすぐり、たきつけ、あおってくる。北方の
それにしても、この巨鳥である。姿形は
巨体を支える足も太く、大きく、爪も鋭い。しっかりと大地をとらえた
羽毛は一羽が濃紺色で、もう一羽が山吹色の個体であるが、それぞれの頭部に装着された
「
ベリルはそう厳かに、宣言するようにいった。どこからか「なにゆうとんねん!」と、ウィーゼルの駄目だしが聞こえた気がしたが、それはもちろんオレの空耳である。
「いや、待ってくれ。オレは冒険者を名乗ったことなどないが……」
「そうなのですか!?」
ベリルは、さも意外であるという顔で驚き、ぴくぴくと長耳を動かした。なんとも感情豊かなことである。ウィーゼルのいう兎耳とはこういう意味だったのか。
「冒険者なんて良くいって向う見ず、悪くいえばただの
「ずいぶんないいようですね。私が知る冒険者はみな、高い志と鋼の意志、そして優しき心を持つ者ばかりですよ」
「ふうん。そんなもんかねェ」
冒険者といえば、乞われて辺境の村を小鬼の襲撃から守ってやったり、自ら進んで古代遺跡に潜るお調子者で――いや、それはオレも変わらぬか。〈
それにオレは――子細に観察するにつけ、この大きな生物に少々興味が湧いてきてしまったのである。
オレはゆっくりと、山吹色の羽毛を持つ個体に手を伸ばした。斧嘴鳥は大きな頭に比して小さくつぶらな丸い目で、興味深げにこちらを見てくる。野生の個体は凶暴であるが、この鳥たちは人型種族に慣れた印象がある。首筋に手を押し当て、撫でてみるが嫌がる素振りはみせない。
そしてオレが垂れ下がった手綱を握ると、足を折って地面近くまで腰を落とした。やはり相当に訓練されている。
「……わかったよ。馬ならぬ鳥を駆るのは初めてだが、なんとか乗りこなしてみせよう」
ベリルはオレの言葉に満足そうに首肯した。常人であれば
ベリルは颯爽と濃紺色の個体に
*
斧嘴鳥の乗り心地といえば最悪のひとことである。片側の足を前後同時に繰り出す
ベリルはというと、この巨鳥を駆るのに慣れているのであろう、涼しげな表情である。よく訓練された乗用馬に揺られているかのような優雅さと余裕がある。
「肩の力を抜け」とか「腰で乗れ」とか「もっと斧嘴鳥を信頼しろ」とか、鞍上からアレコレと指示を飛ばしてくる。まったく雇用主殿はいい気なものだ。
ベリルの鳥を信頼しろとの意味がわかりかけてきた。
馬術の極意は「人馬一体」であり、ヒトとウマとの相互の信頼関係が肝要であるが、同様に「人鳥一体」がこの生物を乗りこなす極意であると感じる。
オレにも少しづつ周囲の風景を眺める余裕がでてきた。日々、多くの人々が行きかう大街道は道もなだらかで歩きやすい。
くわえて雲ひとつない空と穏やかな
「そろそろいいでしょう。予定よりだいぶ遅れています。ここからは急ぎますよ」
「えっ、何が」
揺れる鞍上で、オレは舌を噛みそうになりながらそう疑問を口にした。
ベリルはふいに手綱引いて馬首ならぬ鳥首を右にめぐらすと、一直線に南西方向に駆け始めた。巨鳥は大街道を外れ、草原へと勢いよく蹴爪を踏みだす。オレの個体も自然と後を追って駆け始める。でこぼことした不整地に揺れも振動も大きくなり、必死になって姿勢を保とうとすると、尻がとてつもなく痛い。
「ちょっとまて、アテッ。なんでそっちに行く!?」
「知らないのですか? 現在地と目的地、その二点間を結んだ直線の距離、これを最短距離と呼びます。我々は真っ直ぐに最短路を走るのです。その為にこのコたちを連れてきたのですから」
「イテッ! それはそうかもしれんが、街道があっちこっちに曲がっているのは、丘があったり川を越えたりと、自然の要害を迂回しているからだろう!」
つまり真っ直ぐ進むのが困難だからだ。オレの「なんで一直線に進まなきゃならんのだ!」という叫びに、ベリルはつとめて冷静にこたえた。
「それが一番、合理的だからです。不整地の走破性が高いから、わざわざこのコたちを育て、訓練をしてきたのです」
「嘘だろう! そんな手間のかかることを……」
合理性を追求した挙句の果てに不条理の沼に陥っていると思ったが、オレが上げた抗議の叫びは、草原を渡る涼風の音にかき消された。
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