其の三 サムライ、化鳥に跨がる。

「はッ!? えッ!? なん……だ、これは?」


 オレは、財宝あさりに迷宮へ潜った粗忽な探検家を、今まさに飲みこまんとする擬態怪物ミミックのように、大口を開けて驚いていた。

 チオンター川に架かる石橋の南端。昇ったばかりの朝陽が、まだ辺りに立ちこめる霧を追い払いきれぬ、払暁ふつぎょうである。約束どおりの刻限に、待ち合わせ場所へとやってきたオレの目に飛びこんできたのは、体長七、八フィートはあろうかという、二足で大地に屹立きつりつする巨鳥であった。それも、二羽である。


「あら、ご存知ないのですか。これは斧嘴鳥アックス・ビークという大型鳥です。このコたちは、私が卵の頃から育てあげたのです」

「いやいやいや! 見ればわかるよ、斧嘴鳥くらい! オレは、この化鳥けちょうを街中に連れてきて、どうするつもりだと聞いてるんだ」

「目的地までの、乗騎とするに決まっているじゃないですか」


 フン、そんなこともわからないのですか察しが悪いですねと、ベリルは得意げに胸をそらした。契約を交わす前の慇懃いんぎんな口ぶりからすれば、いくぶん打ち解けた――いや、雇用主と雇われ剣士のを知らしめんばかりの尊大な態度である。

 やはり、この女――とても厄介で面倒な奴だった。

 見れば馬具を流用したと思われる手綱や鞍が、すでに二羽の化鳥たちに装着されている。ベリルが用意した現地までの移動手段とは、普通ただの馬ではなかったわけだ。


「たしか馬術はお得意のはずでは。数々の武芸に通じているというのは、ハッタリでしたか。あぁ、誇り高きサムライ殿は、この鳥を乗りこなす自信がないのですね」

「……いや、そうはいっていないだろう」


 ベリルはオレの自尊心をくすぐり、たきつけ、あおってくる。北方の蛮族バーバリアンの中にはこの怪鳥を飼いならし、雪深い土地での騎馬がわりとする部族トライブもある――などという酒場の冗談話を昔聞いたような気もしたが、そんなことをする奴がまさか実在するとは思わなかった。なんと非常識で、なんという物好きであることか。

 それにしても、この巨鳥である。姿形は家禽かきんに似ていなくもないが、体長は小兵こひょうのオレが見上げるほど。長く太い首の先に大きな頭部があり、その名の由来ともなった巨大なくちばしを持つ。野生の斧嘴鳥は、縄張りに侵入した者を、この斧にも似た嘴を武器に追い立てるのである。

 巨体を支える足も太く、大きく、爪も鋭い。しっかりと大地をとらえた蹴爪ケヅメを一撃でも、昏倒してしまいそうである。その一方で、体格に比してはるかに小さな翼が、体側に器用に折りたたまれていた。

 羽毛は一羽が濃紺色で、もう一羽が山吹色の個体であるが、それぞれの頭部に装着された馬用鎧バーディングに長く白い冠羽が飾られており、なかなかの洒落者しゃれものぶりである。これはこの二羽が危険な野獣ではなく、飼いならされた個体であると強調するための工夫でもあるのかもしれない。


冒険者アドベンチャラーとは時に、えて危険を冒す選択をする者です」


 ベリルはそう厳かに、宣言するようにいった。どこからか「なにゆうとんねん!」と、ウィーゼルの駄目だしが聞こえた気がしたが、それはもちろんオレの空耳である。


「いや、待ってくれ。オレは冒険者を名乗ったことなどないが……」

「そうなのですか!?」


 ベリルは、さも意外であるという顔で驚き、ぴくぴくと長耳を動かした。なんとも感情豊かなことである。ウィーゼルのいう兎耳とはこういう意味だったのか。


「冒険者なんて良くいって向う見ず、悪くいえばただの無法者アウトローのことだろう」

「ずいぶんないいようですね。私が知る冒険者はみな、高い志と鋼の意志、そして優しき心を持つ者ばかりですよ」

「ふうん。そんなもんかねェ」


 冒険者といえば、乞われて辺境の村を小鬼の襲撃から守ってやったり、自ら進んで古代遺跡に潜るお調子者で――いや、それはオレも変わらぬか。〈世界の果てワールズ・エンド〉をこの目で、などという見果てぬ大望だけを持って故郷を出奔してきたのだから。他人のことをとやかくいえた義理ではないのだ。

 それにオレは――子細に観察するにつけ、この大きな生物に少々興味が湧いてきてしまったのである。

 オレはゆっくりと、山吹色の羽毛を持つ個体に手を伸ばした。斧嘴鳥は大きな頭に比して小さくつぶらな丸い目で、興味深げにこちらを見てくる。野生の個体は凶暴であるが、この鳥たちは人型種族に慣れた印象がある。首筋に手を押し当て、撫でてみるが嫌がる素振りはみせない。

 そしてオレが垂れ下がった手綱を握ると、足を折って地面近くまで腰を落とした。やはり相当に訓練されている。


「……わかったよ。馬ならぬ鳥を駆るのは初めてだが、なんとか乗りこなしてみせよう」


 ベリルはオレの言葉に満足そうに首肯した。常人であればとろけそうなその微笑ほほえみに、オレは高貴な猫を連想したが、同時に「好奇心は猫をも殺す」という故郷くにの格言も思い出した。見かけに騙されてはならぬ。油断するな、残心ざんしんせよ。

 ベリルは颯爽と濃紺色の個体にまたがった。続いてオレも、恐る恐る鞍へと腰を落とすと、二羽の巨鳥たちはすっくと立ちあがった。


     *


 朝靄あさもやの中、二羽の巨鳥に跨ったオレたちはコースト・ウェイ大街道をまっすぐ南へと向かった。

 斧嘴鳥の乗り心地といえば最悪のひとことである。片側の足を前後同時に繰り出す駱駝キャメルなどは、鞍上で左右の揺れを強く感じるというが、この巨鳥は前後左右上下に揺れまくって姿勢が安定しない。オレは手袋の中まで汗まみれになって、なんとか背にしがみついているようなありさまだ。

 ベリルはというと、この巨鳥を駆るのに慣れているのであろう、涼しげな表情である。よく訓練された乗用馬に揺られているかのような優雅さと余裕がある。

「肩の力を抜け」とか「」とか「もっと斧嘴鳥を信頼しろ」とか、鞍上からアレコレと指示を飛ばしてくる。まったく雇用主殿はいい気なものだ。

 常足なみあし速足はやあしを交互に繰り返しつつ、大街道を南下すること小一時間ほど。ようやく巨鳥の癖をつかみはじめ(あるいは巨鳥の方がオレの癖に慣れてきたのかもしれない)、無駄に手綱を引いたりあぶみを踏ん張ったりしなくなってきた。どうやらオレは緊張のあまり、全身に余計な力が入っていたようである。

 ベリルの鳥を信頼しろとの意味がわかりかけてきた。

 馬術の極意は「人馬一体」であり、ヒトとウマとの相互の信頼関係が肝要であるが、同様に「人鳥一体」がこの生物を乗りこなす極意であると感じる。

 オレにも少しづつ周囲の風景を眺める余裕がでてきた。日々、多くの人々が行きかう大街道は道もなだらかで歩きやすい。

 くわえて雲ひとつない空と穏やかな微風そよかぜ。遠出にはもうしぶんない天候である。


「そろそろいいでしょう。予定よりだいぶ遅れています。ここからは急ぎますよ」

「えっ、何が」


 揺れる鞍上で、オレは舌を噛みそうになりながらそう疑問を口にした。

 ベリルはふいに手綱引いて馬首ならぬ鳥首を右にめぐらすと、一直線に南西方向に駆け始めた。巨鳥は大街道を外れ、草原へと勢いよく蹴爪を踏みだす。オレの個体も自然と後を追って駆け始める。でこぼことした不整地に揺れも振動も大きくなり、必死になって姿勢を保とうとすると、尻がとてつもなく痛い。


「ちょっとまて、アテッ。なんでそっちに行く!?」

「知らないのですか? 現在地と目的地、その二点間を結んだ直線の距離、これを最短距離と呼びます。我々は真っ直ぐに最短路を走るのです。その為にこのコたちを連れてきたのですから」

「イテッ! それはそうかもしれんが、街道があっちこっちに曲がっているのは、丘があったり川を越えたりと、自然の要害を迂回しているからだろう!」


 つまり真っ直ぐ進むのが困難だからだ。オレの「なんで一直線に進まなきゃならんのだ!」という叫びに、ベリルはつとめて冷静にこたえた。


「それが一番、合理的だからです。不整地の走破性が高いから、わざわざこのコたちを育て、訓練をしてきたのです」

「嘘だろう! そんな手間のかかることを……」


 合理性を追求した挙句の果てに不条理の沼に陥っていると思ったが、オレが上げた抗議の叫びは、草原を渡る涼風の音にかき消された。

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